発電機を動かしに
話の並びを入れ替えました
あれから二日が経ち、俺の仕事はようやく一段落していた。
タブレットの画像は、満足とまではいかないものの、本人の希望に合わせてそれなりに美しく作れた。あまり美人過ぎても中に入る人格がだらしなくてはトラブルに成りかねず、まあ、80点といった感じだ。こんな所が正解だろうと、タブレットを机に戻し、すっかり存在に慣れた同居人の作業を確認しにいく。
「もうすぐ修復開始するよ」
ルネヴェラは水槽内に半身をいれて、ケーブルや酸素マスクを繋いでいる所だった。
それらが繋がれる水槽に浮く体は未だ頭の傷も生々しく、腐ることも無く腫れたままの左側は嫌っていた女といえども痛々しさに少し心が痛む。
そのまま作業を手伝い、いざ機械を稼働させるが、出力が安定せず、修復は遅々として進まない。
電圧が安定せず、館の発電設備が緊急停止してしまう。
色々と調べた結果、城の主発電機が止まっているのが原因のようだ。
館の発電機のみで出来ないか聞くが、肉体の修復は溶液だけでもゆっくり進むけど、記憶の書き換えや定着は電気刺激でリセットしないと混濁して肉体に残ってるキャッシュや女性用デフォルトモデルの性格が混ざってしまうとの事だ。
ちぐはぐで不安定な性格の人間になってしまえば、一緒に仕事する事も難しい。
可及的速やかに仕事を終わらせようと、二人で館を出、一部崩壊が始まっている城の外壁の前ならまでやって来た。
かすかにガス灯の光に照らされるだけの闇の中、体を傾けたルネヴェラの肩に手をかける。
馬の鐙に力を込めるがごとく、遠慮なく腰に足をつけてバランスをとるや否や彼女が急加速し、俺達は数メートルの塀を超え、城の中庭に音もなく着地した。
予想を裏切って、城の警備兵は周囲になく、地下への入り口にも誰もいない。
「あれ、誰もいやしないねェ」
「うまく言いくるめようかと思ってたんだが必要なかったな」
辺りを確認し、ルネヴェラから降りつつ持っていた蒸留酒をすぐそばの草むらに投げ捨てた。
俺が踏んでいた自身の腰をはたきつつ、勝手知ったる他人の家とばかりに地下の入り口に入っていくルネヴェラの後を追う。
「発電機の故障を直せるとしても、また城の奴らに止められてしまわないか?」
「しつこいねェ。私は直せるし、手が出せないように防護措置もしとくよ」
技術者をなめんじゃないよとばかりに背中越しにしっしっと手を払う様子を見せる彼女に一応の信頼を寄せつつ、運が良ければシステムへのアクセスも出来るかもなと思い、いくつか取りうる策を思い浮かべる。ひょっとしたら修復する前にルネヴェラを騙して管理者権限を使わせることが出来るかもしれない。
取らぬ狸の皮算用かもしれないが、こういう普段から計画を何通りも考えることで俺はそれなりに成功してきた。同期の中では大学も生まれも1ランクも、2ランクも下だが、学力や経済力・コネや家柄では対応できない複雑な変化に即座に対応できる人材として重宝されたのは、常に俺が頭の中で目的に向かう幾通りもの計画を立てる癖がついていたおかげだと思う。
『ここはこうすればよかったのに』
『この時点で契約をしてしまったから、本来の機会損益が大幅に悪化したんだよ』
『まあ、浅野君は100点とは言えないな』
後からわかりきった情報を元に分析する奴は俺の事をそう言う。
確かに俺は100点は取れない。だけどどんな不安定な地域の案件でも、70点以上の及第点を常に取ってくる人材は上司にとって使い勝手がよく(自分が改善できる部分が残っているという部分もあるが)俺は、学歴や家柄のわりに重用されてきたのだ。その成功体験からか、意識せずとも、複数の計画を同時に実行する癖がついていた。
職業病かもな。とさえ思う。
往々において、計画を大幅に変更する事態が起きることは稀だが、今回のように根本から計画が破壊されると、ストレスを感じながらも、気分が高揚し、仕事が楽しくなってくる。脳細胞が楽しいと叫び、快楽物質を放出させ、ワーカーホリックになってしまうのだ。
男の人生において最も楽しいものは何かと聞かれれば。
ヘビーな案件を捻じ伏せる楽しさ。
激変する世界情勢の中で利益を勝ち取る喜び。
難しければ難しいほど、案件を成し遂げた時の喜びは強く、自信にもつながる。
だから大宮のように働きたくない、という男の思考は俺には理解できない。
なぜ乗り越えれば、成長できて喜びを感じるものに立ち向かわないのか。
まあ、だからこそ大宮は俺の計画をいつも根本から崩してくれるのかもしれないが。
ふと、嫌がるあいつを説得した時の事を思い浮かべるとともに、暗い水槽の中で修復中の古い友人の姿を思い出す。今思ったのだが、少し顔の造形が自分好みになりすぎているから修正した方がいいかもしれない。
「いかんな。女の顔を作ると結局自分の好みになってしまうな」
この世界に来る原因となったゲームでもそうだった。
このような自分で意識していない嗜好の癖は気を付けた方がいい。
あいつの性格も女性らしく書き換えをすることを考えると、
もう少し普段からいろいろな女性を観察すべきだな。
そう考えながら、前を行く大女の後ろを歩いていると階段の下にたどり着いた。
停電しているはずなのに、明かりがともる廊下にいくつかドアが見える。
まっすぐに進んだ廊下の突き当たりのドアが開いており、テーブルに頬杖を付きつつ、椅子に座る黒髪の女性が見えた。
女性はテーブルの上に寝ている人を見ているようだった。
ずいぶん優し気な雰囲気を漂わせて、頬杖を付きながらもすっと背筋が伸びていた。
ああ、ああいう女性もなかなか気品があっていいかもな。
そんなことを思っていると、女性がこちらを向いた。
「あら、ルネヴェラ。」
声はずいぶんと落ち着きがあって、自信に満ちていた。
―――――――――
一番居て欲しくない方が来られていた。
「いらしてたのですかハニャ様」
なるべく好印象を与えようと、口にかすかに微笑を浮かべた表情を維持しつつ、慇懃に答える。
「ええ、とても好みの子がいたから」
ハニャ様は自分の胸元を指さすと、朝顔が咲いていくかのような笑顔を浮かべる。
「前回はあなたの見つけた子だったけど、今回はルルライラが見つけた子」
そう言ってテーブルに寝ていた女の子を笑顔のまま引き寄せる。
意識がないのか、女の子の首はぐらぐらと揺れていた。手足も力なく垂れ下がっていた。
揺れているのに、気にも留めずにそのまま自分の膝の上に座らせる姿は、屈託ない幼女が人形を扱うようで。
その笑顔が、昔の彼女のままなのに、昔の彼女なら考えられないような振る舞いをしている事に隠し切れない嫌悪感がこみ上げる。
そんな様子を確認し彼女は楽しそうに話し始めた。
ね。きれいな髪でしょ。銀色。
ブロンドがよかったけど、銀はアシャージャヤの第二色だし
それでも最初はこの子にするつもりなんてなかったのよ。
可哀想なことに、この子悪い人間に捕まって、
苛められてたの。
私、とても急いだのよ。
ルルライラに遊んでないで早くしなさいっていったのに
とっても急がせたのに間に合わなくて、
見て。口が裂かれてるでしょ。それに焼かれてたの。
助けた時にはもっとひどかったのよ。
鼻ももげて顔半分が大やけどなの。
ルルライラが遅いから!
ダンっとテーブルを叩かれると、最初からいたのか、視界の隅で怒鳴られたルルライラがびくっと体を震わせる。ボロボロの格好で媚びる笑顔を浮かべ、深々と頭を下げて何とか機嫌を取ろうとしていた。
なるほど『間に合わなかった』のですね。おそらく、わざと間に合わなくなるタイミングで指示しただろうにと不敬な考えをしてはいけないと思いつつも、そんな考えが溢れてしまう。
わたしね、顔がもうぐちゃぐちゃだから
やめようかなって思って
でも可哀想だから様子見ようかなって。
死なないように気を付けて生命力を維持してたんだけど、
この子いったいどうするのかなって。
それなのに、この子。お医者さんにね。
心の中で治したら負けだから
治さなくていいなんて突っぱねてててね。
誇り高いでしょ。
やったカスにもあの人は悪くないなんて弁護してて。
見てられなくて、わたし、涙が出てきちゃって。
見ててあげるから頑張れって思ったの!
それでもこの子、
友達のために治さなきゃなんて追い詰められちゃって
窓から、飛び降りたのよね。ルルライラ?
「あ、ハイ!窓から自分で飛び降りました!」
急に話を振られたルルライラがへらへらした笑顔で同調する。
『自分で』か。またやりやがったなコイツ。
糾弾するように睨めつけるが、小賢しくハニャ様が間に入るように移動されてしまった。
案の定、介入して手に入りやすいように忖度したようだった。
ルルライラの着ている少女趣味の服がボロボロなところを見ると、かなり催促されたようだから、それを指摘したところで何にもならないと悟り静かに心を落ち着かせる。
ね、私感動しちゃって。
いとおしくて、いとおしくて、
誇り高いこの子は私が後ろ盾になって
見てあげなきゃって思ったの。
でも、かおがぐちゃぐちゃでしょ?
ルルライラが遅かったせいでッ!
脈絡もなくいきなり怒気をぶつけられ、ルルライラの髪留めが弾け飛ぶ。ご自慢のツインテールがゆっくりとストレートヘアーに逆戻りしていって、泣きそうになっていた。まあ私を磔にしていたせいで全部自分がやらなきゃいけなくなったのだから、自業自得でいい気味だが。
でも治さないでと思ってても、
私が持つには顔が醜すぎるでしょ?
だから親切で鼻と火傷だけ治したんだけど
口は裂けてたままの方が、いいかなって
だってそっちの方がこの子の心を表してて美しいじゃない?
希望でもあるし。
綺麗な顔からむき出しの歯が見えて。
すごくこの子の内面の美しさを表現できてるわ。
体ももう少し背を高くして、ふくらみも増やそうかしら。
楽しみだわ。ニルノもきっと気に入るわ。
それにね、この子香水のセンスもいいのよ
ほら、すこし青リンゴのにおいがするでしょ。
寝ている猫を差し出すかのように乱暴に突き出された首筋に顔を近づける。
私の嗅覚なら廊下に入った時点で匂いに気づいているのもわかってるだろうが、なるべく機嫌を損ねないように言う通り匂いを嗅ぐ。
「はい…強すぎず、残り香がありますね。」
ねえ!そういうとこ!
派手にせず、一歩引いて私を立てる感じ!
出会う前から私の事を考えていてくれるっ!
もう可愛すぎるわ!
髪の毛に顔をうずめてクンクンしちゃいたい!
まだ眠ってるし少しぐらいならいいかしらね。
「いいと思います!」
ご機嫌取りが部屋の隅から間髪入れずに合いの手を入れる。アイツはこういうのだけ上手いのだ。
そうよね。ああ、もう我慢できないわ!
クンクンクンッ!
クンクンクンクンクンクンクンッ!
ふー。ダメダメ。
あんまりこういう事するとまた嫌われちゃう。
んもう。でもそうなったらそうなったで、
可愛すぎて食べちゃいたい。
ふう、早く目を覚まさないかしら。
一通り、自慢のお気に入りを披露して満足したのかハニャ様は女の子をテーブルの上に戻して、昔の彼女のような落ち着きを取り戻した。と思ったのもつかの間。
んで、さっきから気になってるんだけど。それなに?
と急に真顔で私に問いかけてきた。
――――――
まるで愛するつがいとの交尾を邪魔された獣がブチ切れる寸前のようだった。見られた瞬間の女の雰囲気の変わりように背筋が逆立つ。
俺はある意味、人を見るのが仕事だった。
仕事先は発展途上国もあれば先進国もあるし、社会主義体制がわずかに残る国の時もあれば自由主義が行き過ぎている国もあった。
でも、国や体制は国民全体の傾向を偏重させているだけだ。
どちらにも、誠実な奴もいれば、明るい奴もいた。ミスターブルーと言われるようなネガティブな奴もいれば、約束という言葉を知ってるのか怪しい奴もいた。国や体制や文化はその個人の性質にそれぞれのベールを被せて見えにくくしているだけで、あくまでも交渉相手の個人をよく見ることが重要だと知ったのは、商社で働いてすぐだった。
まともな経歴の人間が平気で村を焼いてたり、裏で麻薬を扱ってたりすることもあるのだ。
大体そういう人間は、どこか不安定だった。
今まで見た中で嫌な感じがする奴は大抵とんでもない異常者だった。
目の前の女はそれが極まってた。とんでもない暴虐のイメージを感じる。
発する一字一句が命がけのイメージを覚えた。
「私から名乗るには過ぎた方だと思います。よろしければこちらの方を紹介して頂けませんか。」
目下の立場から名乗るのが文化的に多いとは思ったが、主導権を握りたくてそういった。
俺の意図に気づき、ルネヴェラが空気を読んですぐ反応してくれた。
「こちらの方は三主神の一つロチェルナが当主ハニャ様。」
こいつが、これが、よりによってこれがロチェルナの当主。
軽くめまいがした。
今までの自分の考えが甘かったこと。性格がもう協力できるようなものでないことを把握し、即座に今までの計画を修正にかかった。
自分がアシャージャヤの使徒であり、高名なハニャ様の事は主人から聞いておりますと話すと、それまで虫を見るような雰囲気を出していたハニャの態度が、親しみを込めた声とバラが咲いたかのような笑顔に変わった。
「まあ、どなたの?」
「ナリナ様です。」
「まあニルノの三女ね。こちらに来ているの?お会いしたいわ。」
「残念ながら、ニルノ様には内密でこちらに来ておりますので、ハニャ様にお目通りしては失礼になります。」
「残念ですね。私の力が必要ならばいつでも仰ってくださいね。」
「はい。私はしばらくこちらで物品の調達と調査を命じられておりますので、ハニャ様も何かご入用であればお命じ下されば幸いです。」
とりあえず、今日のところは顔見せで終わらせるか。とお決まりの挨拶をして、ルネヴェラを伴い元来た道を引き返す。たがいに何も言わなかったが、もう発電機の件は触ってはいけないと、どちらもわかっていた。
階段を上がっている途中で、息を切らせてハニャが走ってきた。
「あ、お待ちになって。」
野菊のような自然な笑顔は街中の大人しい奥さんの様で先ほど垣間見た獰猛さがすっかり失せていた。
「アシャージャヤの方にご迷惑をおかけするのは心苦しいのですが、女性用の服を数十着と彼女の生活に必要そうな道具を集めてくださらないかしら?」
うちの子は気が利かなくて、と後ろで控える白髪の女を一瞥しつつそう頼まれる。
「ええ、数日いただければ、すべて用意いたしましょう。一部は明日にでもお持ちします。」
そう答えると、『これからは全部、あなたのところで調達することにするわ。』と嬉しそうに笑った。
―――――――――
「あんたがアシャージャヤで助かったよ。他の関係者だったら私ごと叩かれてた」
城の塀を飛び越えると、ルネヴェラがまじめな調子でそういった。彼女なりの礼のつもりだろうか?
「お前はあれとまともに接せるのか?」
「難しいねぇ。でもあれと交渉しなきゃあんたの目的はかなわないんだろ?私は生まれた時から知ってるけど、あれを逆なでするような事は遠慮したいけどねぇ」
「逆なでか。協力して行うのは無理そうだな。取引で行くしかないな」
そうは言いつつも、久しぶりのヘビーな案件に俺は逆に頭が冴えるような気分だった。
難しいからこそ、立ち向かわなければならない。男が仕事をするならそうあるべきだという信念が、俺を奮い立たせていた。
「まあ、私は約束通り渡りはつけたからさァ。あとはあんたがうまくやんなよ。」
ルネヴェラは一番大きな仕事が終わったとばかりに気の抜けた声だった。渡りどころか、仕事を依頼されたのは収穫だった。当面は他の仕事は後回しにして、物資の調達を優先した方がいいだろう。
「そういえば、ずいぶん気に入られてた、あの子はどうなるんだ?」
物資を必要とする相手の事を思い出してそう聞くと、ルネヴェラはぴく、と目を伏せた。
「…いま、ハニャ様が顕現してる体は前回私が担当してた子さ。」
話す声のトーンを聴いた瞬間、俺は胸ポケットから手帳を取り出すと、誤魔化すように声を出して、明日必要な物資を書き留めていく。気が緩んで地雷を踏んだのは久しぶりの事だった。
「ハニャ様に気に入られた子は、どんなに説得しても、這い蹲ってお願いしても、死んでも飽きるまでハニャ様のアメ玉さ、ね。」
ルネヴェラは、俺が聞いてなかろうがどうでもいいとばかりに、贖罪のようにそういった。
巨体はらしくないほど気落ちしてて、髪に隠れて表情は見えなかった。