マギーは一人で考える6
間に他の場面をはさんでみたら普通にどうやっても繋がらなくなったので外しました。
-東タミア大学 史学部 人間史学科主催 労働者の権利と歴史の討論会より-
(前略)
――しかし、当時の組織的互助組合の黎明期においては、それまで組織と個人における契約が、組織のほぼ一方的な優位性のもとに締結されており、個人の安全の軽視や報酬の不払・減額が当然のように行われていました。
『参加した冒険者を技量を超えた業務に意図的に配属し、『不慮の事故』を引き起こすことで報酬の支払いを免れようとする事例さえあったといわれていますね。』
――まさしく。それゆえに労働者の暗黒の時代と言われています。
『スキルによって技術が民衆に伝播することで、逆説的に労働者の人命を軽く扱うようになったと。』
「あ、あのそうした事態におちいっても、なぜ組織の上層部は下から反撃を受けなかったのでしょうか」
――いい質問ですね。今、サミュエル教授が仰られた様に、この時代、それまで専門家しか使えなかった技術がスキルという形をとり、民衆に伝播することでどんな個人でも画一化された技能を使えるようになったため、資本家と専門家という構図が崩れました。資本家が報酬を出し、専門家が必要な技能を提供する。それは互いの弱みを握っていたために共生せざるを得ないものです。スキルは一面では労働者を短期間で育成し画一的な労働力に仕立て上げることが出来ます。しかし別の側面から見れば、専門家の強みであった技能自体を金で即時に買うことが出来る。とすると金さえあればどんなスキルでも無制限に手に入れられるということです。
『金を集める資本家がスキルを買いあさり、それを金もうけに使い、さらにスキルをとる。後年『疑似英雄』といわれたスキルを集約した半超人になるということですよ。』
「なるほど自分たちよりはるかに強くなってしまったために、従わざるを得なくなったと。」
――地域によって差はありましたが地母神ハニャ・ロチェルナがスキルシステムを大陸に広めて数年でその階層差が固定化されてしまいました。それから長い間、労働者は面従腹背の日々を余儀なくされます。
「面従腹背ということは反乱することもあったのですか?」
『各組織で労働者が反乱を起こす場合もありましたが、それが成功し労働者の立場が改善することは稀でした。それでも珍しい例ではわずか18歳の少女が疑似英雄に挑みかかった記録もありますよ。残念ながら彼女自身は顔を焼かれ追放されてしまいましたが。』
――マルガウティス事件ですね。彼女自体の評価については歴史家の中でも意見は分かれますが、それでも時を経るに従い、そのような反乱がだんだんと増え、無視できなくなるとグランシスにおいて、世界初の労働者と資本家の契約に関する法が制定されました。その『マルガウティス法』は彼女の名前を取ったものです。その後の彼女を思えば、皮肉なことです。
(後略)
―――――――
希望を
持ってしまった日の話。
あのおじさんと娘さんがずっと気になってた。
やった事がうしろめたいのか、ギルドで姿をみるたびに何かしら理由を作って話しかけていた。
でも、ある時いつものように森から戻る途中の橋を渡ろうとしたら、あのおじさん達が荷台に何かを積み込んでいた。また川にいるけど大丈夫かしらなんて心配になって急ぎ足で渡ってみると。
私たちが馬鹿にした方法で、タンバを狩ってた。
それを知った時の私の馬鹿さったら!
うわべだけ、冷静なふりをして、上着で本当に釣れるのね・・・なんて。
ソルドたちがその方法でタンバを取り続けている間中、スキルがない人でもがんばれば出来るんだって。みんながタンバが狩れて喜んで笑っているのに、わたし、頑張ればなんでも出来るって思いこんで、全然別の事考えて笑ってて。
今度私もやってみようかしらと。
馬鹿だから。わたし。
どうやったらわたし、私が自分がそういう風に出来るようになれるか知りたいとしか、思ってなかった。
その日。みんなと宿に戻ってすぐ、一人隠れて遠征に入ってくれるヘルプの女の子のところに向かった。
女の子は、元々危険な任務を嫌がってたから、私が使っている水晶杖をキャンセル料にしたら喜んで協力してくれた。
宿に戻る途中、私を探していたウォードが話しかけてきたから、その場で女の子が遠征に行かなくなったことを伝えた。
いつも私を見ていた彼は私が何かしているのも、宿に戻る前から様子がおかしかったことにも気づいていたみたいで。何か言いたそうにしてたけど、出会ったときみたいに黙っててくれた。
どうするんだと揉める宿であの人を巻き込むことを提案したのは自分だった。
もし偶然だったならと。化けの皮をはがそうと。思ってたら
またスキルもないのに考えてうまい方法を考えるから、
わたし馬鹿みたいに
10歳に満たない女の子みたいにまとわりついて
どうやって、どうして?なんて。
休み時間にも隠れて杖なんて振り始めて。
私だってできると、
取り戻せるんだと。
わたし、もう終わっているくせに勘違いしてた。
―――――
見ていた男が割り込んできて
わたしでも、出来たって。勝ったと思った。
そんなことを一人で思っていたら、わたしが噛みついていた指から引きはがされるや否や、社長が血止めと体力回復の魔法をかけてきた。かすれた視界の中で、社長の指から血がだらだらと滴っていたけれども、自分の事より私を優先していた。
すまない、思わずやってしまったと、謝る姿にきょとんとした。
なんで謝るの?私、出来たじゃない。
自分がいま、どんな姿かもわからずに何か言おうとしたけど、舌がうまく回らず、言葉をなさず。そのまま閉じた口の頬から吐息がふうっと漏れた。
何か漏れたのかと思って、顔を手で拭こうとしたけど、右手がぐにゃりと曲がっていて、慌てて左手で右手を支える。口を閉じて息をしようとしても、なぜか鼻が使えず頬から空気が漏れる。そっと右手を放し、左手で顔を触れると、あるはずの隆起がなくなっていた。
どうしようかな、と他人事のように思った。
それでも、高揚した気分は私を押し上げ、折れた手もなくなった鼻も。どこかどうでもいいようなもので、私は冒険者なら負傷して欠損することなんて珍しくもないわ。とさっぱりした気分だった。
「いまいる治療師を誰でもいいから呼んできてくれ!」
社長が慌ててそう叫び、呆けた私を軽々と持ち上げ、部屋から運び出す。
そのまま私は上階の個室に運び込まれ、ベッドに寝かされた。
柔らかな生地は優しく私を抱き留め、その心地よさを感じた瞬間、急激に私の全身の感覚が戻ってきた。私の呼吸は荒く、顔全体が激痛を伝えてくる。右手は内側から響くような鈍痛を絶え間なく送り込んでいて全身が熱くて、寒くて、先ほどまでの高揚が嘘のように怖くなってきた。
せっかく、初めてわたし、できたのに、ここでもう死んじゃうなんて嫌だった。
香水だけじゃなく、化粧も覚えたのに、こんな鼻じゃ誰も私に近づかないって、場違いなことが頭に浮かんだ。右手が動かなかったら、これから、どうしようとも。
今更ながらに怖くなった。ようやく手に入れたはずの自信を痛みが蹂躙していた。
怖くて、歯がカチカチと鳴って、ものすごく心細くなり、思わず左手を伸ばして縋り付くように横に立つ社長の服を握っていた。
しばらくすると、見たことがない白衣を着た女性の治療師がやってきた。
女性はベットに横たわって悶えている私を見て、一瞬、息をのんだ。それでも傍らに置いたカバンから厳重に蓋のされたポーションを取り出し、枕もとのベッドサイドテーブルに並べていく。魔法だけじゃ駄目なんだ。って自分の状態がそこまで悪い事がようやくわかった。
心細くて、怖くて怖くて、かすれた目を涙に滲ませながら、声にならない声で
「もとになおして」と懇願した。
私の声が聞こえたのか、女性はすこし切なそうな笑顔をした。
「大丈夫なのです。きっと治してみせるのです。」
気休めか、切なそうな笑顔でそういった。
勝ったのに、惨めだった。
スキルが嫌いでここまでやったのに治すのはスキルに頼るんだ。
嫌だ。スキルで治さないでと思いながら、思っているのにそうは言えなかった。
凍り付いていた思い出がぶり返した。
やはりあの時。私が差し出された金貨を取った時にあのマルガウティス・フレイは終わったんだって。
もう勝ち取ったはずの勝利は何も意味がなかった。
私と戦っていたはずの相手は私が心配なのか部屋から出ず、部屋の隅にある椅子に座り込んで頭を抱え、ずいぶん落ち込んでいるように見えた。
いたぶった挙句、顔を焼いたくせに、偽善ね。外面だけよく見せようと。汚いわ。
弱った頭にふと、辛辣なそんな言葉が浮かんでくる。
ううん、違うわ。たぶん、もし道端で何も知らない二人として出会って、私がなにか困っているようだったら出来る範囲で助けるような人なんだろう。関係が出来て、互いへの遠慮がなくなってくるほど近くなると、人は相手に我がままを言いたくなるの。私がソルドたちに隠れてしたように、自分のやりたい事を。相手の都合なんて無視して。
社長がさっき言ったように、社長の会社はほかの組織よりも待遇自体はよかったし、私が文句を言えば改善をするそぶりも見せていた。もし、外面だけなら最初から私に付き合って殴り合ったりしなかったと思うわ。
わたしがそう、心の中で部屋の隅の彼を、たどたどしく、言葉足らずに擁護する。
わたし、男のその、欲は、よくわからない、けど。
会ったときから、この人は私に似てるって思ってたの。
プライドだけ高くて、知ったかぶりして、でも、力は借り物で実は自信がなくて。
そんなことを人に言えなくて。
だから他人に愛されたいけど、どうしても踏み込めなくて。
それが続いて我慢できなくなるとどうにかして自分が愛されてるか確かめたくて。
なるべく人に良くしようとするのもあの人だし、人を苛めてしまうのもあの人だって。思うの。
わたしも、出来ない人見ると苛めたから。苛めたのに気になって。
だから、たぶん私から逃げないって、わたしがわがまま言ってもなんの得もなくても付き合うって感じてたの。
私が心の中で一生懸命にそう話している間に白衣の女性は一通りの作業を終えたようで、私は女性の指示のもと、やってきた助手に台に乗せられて外に運び出される。社長はギルドの入口に立ってこっちを見ている。
私がここを嫌っていたのも、あの人のせいじゃない。
ただ、凍り付いていた思い出がぶり返したの。
分かっていたの。それでもわたし、
だれでもいい一人じゃなくて
すぐに代わりのきく誰かじゃなくて、
マルガウティス・フレイとして生きたかったの。