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マギーは一人で考える4

前回のあらすじ



何年もかいてないと余分なところを削る能力が落ちるものだなと思いましたまる


あの日の私の話。



 頭にスキル用の施術をするために横になっていたベットから目を覚ますと、

『世界の様子』が少しずれているように思えた。

それまでとは空気の味も、匂いも変わっているし、

何よりも世界の色がくすんで見える。

思わず吐き気、とまではいかないが、体のしまりがおかしくなり、

口からぼたぼたとよだれがたれ落ちてくる。

口があきっぱなしで慌てて手で押さえていると

店員の一人が布を持ってきて、私のよだれをふき取ってくれた。


 明らかに状態の悪い私を見て、

店員さんからスキルをつける部分を作るために

少し記憶が消えることがあるらしいことや

スキルに合わせるため感覚を共通化するために、

それまでの感覚との齟齬で世界がおかしく思える場合もある事を説明される。


 私は特にズレがひどいと判断され、

感覚をならされるために店員さんに付き添われて建物の外を歩いた。


 外はまるで異世界のようになっていた。


 この前まで感じていた空気の流動と淀みが織りなす空間密度のモザイクがなくなっていた。

 あれほど日の光の中を駆け巡っていた力の流素も今日初めて現物を見た電灯と同じようなただのまぶしい光になっていた。

 自分が立つ地面の奥底から巡りくる数秒で一巡するゆっくりとした周期の息遣いも

 あの彼が倒れた時でさえ微量に感じられた人の体を流れる力の循環も

 『しん』と静まり返っていた。


 「時間がかかっても大丈夫ですからね。今日は貸し切りにしますから」

 数枚のトルテ金貨を受付で見せた私を上客と判断しているのか、2人の店員が私についていた。

 私は、気分転換がてらに今まで見てきた世界について、手を握ってくれている女性の店員に話してみた。


 「力の流れ、や循環?ですか?いや私も数年前まではスキルではない魔法を使って火を灯したりしてましたけれど、そんな感覚はなかったですよ。」

 彼女はかつての感覚を思い出そうと空を見上げながら、そういった。


 私はほかの人とズレがあって、それを共通化したということなら、


 共通の感覚ってこれが普通なのだろうか。

 こんな静かで落ち着いた世界が普通なのだろうか。

 だから私は4年もかけても魔法がうまくできなかったのか。


 と、静かすぎる世界の中で自分の無能さに理由がついたことに小さな安堵感を感じた。


 すこし微笑んでいたみたいで、

女性の店員が安心したように私の背中をさすって

『でも変なものが見えなくなってよかったじゃないさ。不便なことはないんでしょう?』

と聞いてくる。すこしトーンが優しくて、

それまで仕事の殻に隠れていた彼女の人格の柔らかさを感じた。


 「ええ、歩いたりものを見たり動く分にはやりやすいわ」

 その時の私は本心からそう答えた。


 覚える最初の魔法は火を選んだ。

4年前にあの彼が使っていた魔法だった。

覚えて練習場で使うとあっけないほど簡単にそれは発動した。

今まで出せたこともない高出力の炎は的の人形を焼き、黒焦げにした。

あわてて出力を下げようとしたけど、それは叶わず、

炎は持っている杖から止まるまで出続け、人形は完全に炭になった。


 人形を駄目にしたことを慌てて店員に謝ると、

そういう魔法だから大丈夫ですよ

と笑われ、男性の店員が新しい人形を用意してくれた。

感覚が変わったから出力の調整に失敗したのかと、

学校で覚えた火の魔法をつかおうとしたが、

何度やっても杖からは何もでなくなっていた。


 店員さんにそれを伝えると、

「よくあることですよ。作ったスキル野が元あった記憶領域にかかってしまって、いろいろできなくなるんですよ。」

とすまなそうに伝えられた。


「でもスキルとして買いなおせば再び使えますから」


 にこやかに言われ、私は少し憮然としながらもかつて私が使えた魔法を買う。

そして同じように人形に使ってみると、先ほどより弱く細い炎が高速で振るわれた鞭のように人形にまとわりつき、たちまち首を焼き切ってしまった。


「速さの調整が効かないわ。それに弱らせて捕縛するだけの術のはずなのに、これじゃ殺してしまう」

「え?そうですか?でもスキルの挙動はこれが通常だと記載されてますし、他の皆さんも同じ動きですから。」

「出力の調整はできないの?」

「そんなことは聞いたことがないです。殺すのが目的でないならもう少し弱い術ならありますよ。」

「わかりました。それも頂きます。」


それから2・3の火魔法を覚えたが、

どれもかつて自分が使っていた術とは勝手が違っていた。

ある程度殺傷性の低い魔法を覚えたところで火の魔法を使うことは諦め、

今まで使ったことのない氷魔法を主体に覚えていくことに方針転換した。



氷魔法は使いやすかった。


長年使っていた火の魔法と違い、癖のない魔法に思えた。

飛ぶ氷の槍や人形の足に纏わりつく雪の塊をすぐに試せることが楽しくて、

スキルを覚えることに初めて面白さと喜びを感じ、

それぞれの用途に応じて10種類ほどの氷魔法を覚えた。


私は笑っていたと思う。無邪気に年齢相応の子供らしく。

そんな様子を見て、店員さんはようやく顧客が満足してくれたと思い気が緩んだような顔をした。

そして彼女から次に出た言葉は私が予想もしていなかった一言だった。


「さすが先生の娘さんね。ふつうそんなに魔法を連続して使ったら倒れちゃうわ」


どきりとした。

先生の娘、だなんていわれたのは4年ぶりの事だった。

改めて彼女をよく見ると、昔どこかで会ったような気もした。


まるで物陰で、一人でいけないことをしている所を見られたような顔から火が出るような恥ずかしさと恐怖を覚えた。


「いやね、その銀髪は目立つからね。わたし、昔あなたのお父さんと学校で一緒でね。あなたを見たときビビッと来たのよ。若いころもお父さん格好良かったわよ。みんな近づきたがってたけど、努力家でいつもなにか本を読んでいて話しかけられなかったわ。あなた、雰囲気や性格がお父さん似だしねぇ。」



私がここでスキルを買っていることに恥と恐怖を感じているなんて

露ほども考えていないんだろう。

ただ、彼女は魔法を十数回連続で使っても

まだ疲れた様子のない私の様子をみて単純に私をほめていた。


私はただ、ひたすらこの場から離れたくて、

とりあえず支払いをお願いした。

代金は予想以上に少なく、5つの火魔法と10の氷魔法で

1.5トルテにしかならなかった。

支払いの際に最初に見せた数枚だけでなく、

袋の中にあるトルテ金貨の束を見た彼女は


「あら、そんなにトルテがあったら、最高レベルの大魔法でも買えちゃうわよ。さすが先生の娘さんね。親子ってやっぱり似るのね。」

と屈託なく笑いかけてきた。


何も知らない彼女の一言が皮肉を超えた嘲りにさえ聞こえていた。

私は、ただただその場を離れたくて、離れたくて、支払いが終わると逃げるように店を出た。

帰り道の事は覚えてないけれど、たどり着いた家に父がいなくて、ほっとした事だけは覚えてる。


でもその家は今朝まで私が住んでいた家に間違いがないのに、

今朝まで包まれていた暖かなものや逆に鬱陶しいもの、

慣れ親しんでいたはずの空気もすべて消え去っていて、

同じもののはずなのに、

まるで偽物の見た目だけ似た建材で建てた、

私を騙すためのそっくりな家に思えて。


結局両親が帰ってくるまで私は怖くて家の外で待っていた。


父と母が帰ってきて、一緒にご飯をたべても、私は二人の家に入れなかった。


それから、私はずっと家の外で待っていた。


もう家には帰れないと、思ってた。


家に帰る方法があるかもと、思えたのは最近のことだった。


―――――――



 「なんで!何もわかってないじゃない!なんでそんな、そんなことするの!あなた、私たちの事を何も考えてない!」


 「え?なぜ?君に治療スキルを買ってあげるのは気に食わないの?じゃあ二人は僕が明日スキルを買って、直々に治すし、ほかの戦闘で怪我した人も僕直々に治すよ。高レベルのスキルをつかえばすぐ治せるさ。ほかにも苦しんでる人には秘蔵の薬を出すよ。お金に苦しんでる人は低利で貸す。もし返されなくても僕はお金に困ってないし、負担にならないから。君たちの問題はすべてクリアにできると思う。だからこれからも君たちには存分に全力をふるって僕に協力してほしいんだ。」


 社長は私のあまりの剣幕にたじたじとなっていた。

 『僕、また何かやっちゃいましたか?』

と善意でやったことで迷惑をかけた、とでもいうかのような、先ほどまでの勝ち誇った態度とは違う自信のなさげな態度だった。



 でも。

 私は、いまこのことに関係ない父の事、スキルの事。すぐ横で苦しんでいる二人のこと。みんなの事。まったく関係性がないそれらがごたまぜになって完全に理性が吹き飛んでいた。だから、社長がどんな譲歩をしても、無駄だった。


 「だから全部、全部あなたのは、買ったスキルのおかげじゃない!だからこんなことするの!人の事がわからないの!だから、あの人にあんな事して平気で、好きだよ。なんて、みんなをいろんな物で釣って危ない事をするようにさせてるの!」


 「え?何を言ってる?つまり君たちが困ってる話だろ?それを解決しよう。それにアニャーナさんの事ならちゃんとこの戦いが終わったら治すさ。手だてもある。僕は彼女を愛してるからね。」



 「うるさい!うるさい!うるさいうるさい!あの人は関係ない!あんたなんかスキルなしじゃ何もできない!スキルなしなら私にさえ勝てない!」


 「・・・・は?だから、君たちの問題を、解決するためにできることや出せるものが、」


 「勝負しなさいよ!私の問題を解決できるなら!互いにスキルなしでわたしと勝負しなさいよ!」


 「スキルなしで、勝負って。僕は男で君は女だろ?体格も犬と猫ってぐらいに違う。それになんでスキルなしで勝負したら君の問題が解決できるんだい?」

 「うるさいうるさい!いつも口ばかりで!勝負しなさいよ!みんな、みんな全部、みんなみんながスキルがなきゃ何もできない偽物だってわからせてやるから!」

 

 そこまで言って、社長ももう私を説得しようとしても無駄だと分かったみたいだった。


 「わかった。じゃあ僕がスキルを使ったら負け、でいいよ。パッシブのスキルも全部切る。それでも僕は元の世界で体を鍛えてたから、スポーツで負けたこともないけどね。普通に素手でいいよ。君は、まあ何を使おうが好きにしたらいい。僕が勝ったら、とか条件つけてまで君たちにやってほしいことがないけど、君が勝ったら?」


 「そういうことじゃない!」

 即座に放たれた捨て台詞に心底あきれた表情を社長は見せた。


 「じゃあ一体、何のために?まあヤリタイと言ったのは君だから、後悔しないように」と、首をかしげながらつぶやくと社長は上半身裸になった。



―――――



 社長は強かった。


 最初は手加減のつもりなのか

 「じゃあ好きにしていいよ」


 そう私に言うと攻撃するまで何をしようともせず、一発たたかれたらお返しに顔を平手打ちするといった感じで、私は殴られ続けた。


 5回も殴られたら鼻血は止まらなくなった。

 鼻血で怯んだところで、軽い前蹴りで倒され、馬乗りになられた。

 上から拳の雨を降らせてきて、思わず両手で頭を抱えると、隠すなとばかりに両手をつかまれて無理やり開かされた。

 あ、可愛いねー。僕、芯が強い子、大好き。

 血だらけの顔のどこが可愛いのか、にらみつける私の顔を見ると心底嬉しそうにほほ笑んだ。


 なーんで、急に怒っちゃったのかなー?

 両手を押さえつけて、耳元に頭を寄せて聞いてくる。

 腰を使って跳ねのけようとしても膝や足で背中を蹴りつけてもびくともしない。


 からだ、ふにふにして柔らかいね。冒険者にしては、だけど。

 引退してアニャーナさんみたいに『花売り』にでもなったらいい感じの肉付きになるかな?


 鼻がくっつきそうな距離でそういわれ、思わず頭突きすると、力が緩んだ。

 またの下から抜け出ようとすると腰をつかまれて、持ち上げられ、派手に床に投げられた。


 背中に強い衝撃を受けて、肺の中の空気がなくなったかのように呼吸が出来なくなった。

 呼吸をしようと四苦八苦していると、髪を束にしてつかまれて、無理やり立たせられた。


 アニャーナさん、誰かのためになら自分は一生懸命耐えるタイプだから結構よかったけど、最近は慣れたのかハードなことしても反応が鈍くなってたし、『お遊び』の相手としては変え時かなって思ってたところなんだ。

 どうかな?君のところの若い子たち、さっき約束したから必ず治すけど。

 まあ引退になるよね。あのケガ。それならまとまったお金。いるんじゃない?


 ふざけるなとばかりに顔をひっかくと、うわっ怖い!と冗談めかして飛びのいて逃げる。

 完全に遊ばれて、あまつさえ性欲の処理としても使われていた。


 ふわと自由になった髪が頬にかかる。目にかからないようにとかきあげる拍子に銀髪に鼻血が染みてまだらになっているのが目の端に映った。

 わからせてやるなんて言ったのに、汚れてぼろぼろにされている自分にはらはらと涙が出てきた。


 え、泣いてるの?あれだけ啖呵を切って?大丈夫?

 私が泣きながら殴りかかっていくのがよほどうれしいのか、笑いながら今度は立ったまま両手をつかまれ、そのまま壁に押し付けられる。


 ねえ、僕は約束は守るよ。知ってるだろう?どうかな?

 暴れる私の両手を自由にする代わりに首の根元をつかんで壁に押し付けて拘束する。

 あいた片手でまとわりつく私の手を振り払ったり、隙を見ては顔に平手打ちをする。


 平手打ちするたびに質問をし、壁に私の鼻血が飛び散る。

 ねえ、どうかな?

 ねえ、どうかな?

 ねえ、どうかな?

 ねえ、どうかな?


 叩かれすぎてもう手で守ることも出来なくなったところで、質問もやんだ。


 ふう、まあ検討しといてよ。たぶんもう戦闘には出れなくなったと思うし。

 そういわれて、首から手を離されると、私はその場に崩れ落ちた。立ち上がろうとしても、足ががくがくと震えていて、四つん這いになるのがせいぜいだった。平手を受け続けた側の目ははれ上がってよく見えなくなっていた。


 社長は私に恐怖を植え付けた事に満足したらしく、そのまま背を向けて床の服を手に取り、着ながら話をつづけた。


 最初はみんな不安がるけど、大丈夫。

 未経験でしょ。君。そういう子のために裏スキルっていうか、店のリストに出ないスキルがあってさ。

 君が取引するかどうかにかかわらず、明日買ってつけよう。いいね?

 そこらの花売りよりよほどお金が稼げるようになるぞ。

 君にはあのスキルがお似合いさ。


 その言葉がなかったら、私は完全に社長のおもちゃになっていたのだろう。

 灯のように儚く散りかけていた私の心が再び恐怖を焼く。


 スキルスキルうるさいって言ってんでしょ!

 忍び寄り、自慢げな背中めがけて振り上げた足は片目が見えないこともあって、大幅に距離を誤り、社長の股下に吸い込まれていった。


 カラスがソプラノ歌手になったかのような叫び声が上がった。



何年もたってほとんど読んでる人いないだろうし、ほぼ読者のことを考えず自分の書きたいことだけ書いてます。

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