私はあの瞳と共にある 3
おじいちゃん。マリーヌはいつ目覚めるのだ?
おじいちゃんにはわからない。そうなのか。
走ってはいけないとマリーヌが言っていた。
よくあの変わる光を見て、危険な色でなければいいと。
マリーヌもおとうさんもおかあさんも
危険な色ではない時に通っていたぞ?
そうなのか。おかしいな。
あいつはどうなったのだ。
一度いきなり襲ってきたやつだ。また来るのではないか?
なぜ野放しにするのだ?
マリーヌを守れるのは俺とおじいちゃんだけだぞ?
ところで、マリーヌはいつ目覚めるのだ?
ずっとベッドから起きないのだが。
―――
鏡を見る。
髪を剃り、微かに毛穴から白髪が覗くだけの頭になると、自分のぎょろ目がひどく目立つ。
まだあの時は私は黒髪だった。
あれから、十年?
全てを怒りに変え、周りを騙し、もはや最初の目的さえ見失い、それでも止まるなんて出来ずに走り続け、気が付いた時にはこんなにひどく年を取った見た目になっていた。
そして、このざまだ。
あの時ああすればよかったなどと、後悔をするには、必要なものがたりなく。
十分にやったと満足するにも、必要なものがたりないのだ。
私は取り戻したかったのだ。
戻したかったのだ。
失ったものを。
それが叶わないからこそ、人を支配しようなどと思ったのだ。
私の苦しみを分かれと、喚いていたのだ。
「博士の顔が邪悪な怒りに満ちているぞ」
私が鏡を見ながら物思いにふける姿を見て、暗がりの隅から声がした。
「本当に信用できるのか?」
暗がりにいる生き物が不振に満ちた声で続ける。
―大丈夫です。―
同じ暗がりから澄んだ清らかな女性の声が悲し気に響く。
―――――――
『ひどいなあ。すまんなあ』
私はひどく取り乱しながら、ベッドに横にした女児を寝かしつけようとしていた。
頭を撫でているうちに、なぜか涙が零れ、自分が腱を切り取られたかのように苦しかった。
『もう、お前の器、歩けやせんとよ』
横の椅子に座るクーリーが苦々しそうに吐き捨てる。
『誰のせいでもない。私のせいだ』
私はクーリーの苛立ちを抑えようと、女児を撫でるのをやめ、努めて冷静にそう言った。
『術士らは傷は治せても修復は、できんとよ』
『ああ。私のせいだ。』
『歩行器具は術後、作るかの』
そういうと、クーリーは黙り込んだ。
『エリーはもう歩けないのですか?』
話を聞いていたのか、女児が横になったままそう聞いた。
『あ、ああ。すまんな。嬢ちゃん』
言葉に詰まった私の代わりにクーリーが答えた。
『別にいいのです。』
『歩けなくなったら、よくはないだろが』
『もっとひどい目に合うと思ってたから、こんなの平気なのです』
そう言うと女児はまだ痛みが残っているであろうのに、ベッドの上で体を起こした。
『エリーは昔、体が悪くて、病院にずっといた事があるから、歩けないなんて慣れてるのです』
女児はそういうと、まだ傷がふさがったばかりの足をベッドに腰掛けた状態でブンブンと振った。
『まだエリーは生きてるし、お爺ちゃんたちみたいな苦しい病気じゃないから、平気です』
『わしらの体の事がわかるのか?』
クーリーが驚いて思わず聞いた。
『病院にいた時、お爺ちゃんたちに似た病気の人をいっぱいいっぱい見たのです。』
女児は話しながら、傷ついていない足の方を地面につけ、前傾姿勢になる。
『でも、すごく苦しんでるのに、エリーにはみんな死ぬまで優しかったのです。』
体を震わせながらも、両手を支えにゆっくりと立ち上がる。
『だから、死ぬまで、エリーは笑って甘えてたのです』
女児はそういうと、にぱっと口をあけて笑った。