マギーは一人で考える1
前回のあらすじ
ソルドとウォードはゾンビたちに囲まれた死地から
友達の犠牲と共に何とか逃げることができた。
そんな感じだったと思う
わいわいとざわめき立つ厨房で軽めのスープと薬入りの薬缶を受け取り、お盆に乗せると静かに歩き出す。暖かな明かりの灯った廊下とは逆側にある、冷えた階段を上にあがり、並んだ部屋を素通りする。電灯を使わずに簡単な光魔法を使っていたのだが、それでも人の気配を感じたのか、うめき声や呼び止める声が耳に入る。身寄りやPT仲間が居ない者なんだろう。少し罪悪感を感じながら、歩いていく。
また階段を上る。お盆を器用に左だけを持ち、突き当たった扉にかかった鍵を開ける。
「あ、おはようございます。」
天幕付きのベッドに上半身を起こしていた栗色の髪をみて、私は頭を下げた。
「おはよう。いい朝ね」
栗色の髪がさらりとこぼれて笑う。
「いやだなぁ。いま夜ですよ」
頑張って笑いながら、そう返す。後ろ手にドアを閉めつつ、ベッドの隣に並べられたサイドテーブルにお盆を置き、座椅子に腰掛ける。
「スープ。食べましょうね」
「ごめんなさいね。お料理、いつもありがとうエリー」
「わたし、マギーですよ。」
「そうだったかしら。」
「お口開けてくださいね」
「ごめんね。手が上手く動かないの。」
「分かってます。」
「すぐ仕事に行かなきゃいけないの」
「はい。だったら食べましょう。」
「私が働かなきゃ、みんな売られちゃうから」
「大丈夫です。社長がお金貸してくれますから」
「ルネと約束したの」
「はい。じゃあ働くために、食べなきゃだめですよ」
言いくるめて開けさせた口にゆっくりとスープを流し込む。こういう時に口に入れただけで安心してはダメだと知ったのは、彼女の食事係をしてすぐだった。ゆっくりとスプーンを引き、口元を左手で押さえて、喉が動き、飲み込むのを確認すると、再びスプーンでスープを掬う。2・3度繰り返すと、食事の最中であることを忘れたのか、また喋り始める。話したいことを黙らせると、機嫌が悪くなって余計時間が書かるので、手を止めて相手をする。
「シスと仲直りしなきゃ」
「喧嘩したんですか?」
「ええ。互いにすれ違っちゃって。」
「向こうもなんとなく仲直りしたいと思ってますよ」
「困ってた時に助けてくれたの」
「いい人なんですね」
「ええ。だから私もその分他の人に親切にしようと思ったから、彼にお弁当作ったの」
「いい心がけですね。」
「あとジェジェがね、私の香水使いたいっていうから、それも探さなきゃ」
「いいですね。」
「ロミルも使ってみていいのよ。」
「わたし、マギーですよ」
「え?そうなの?」
「はい。ところで喉は乾いていませんか?」
「少しだけ。」
「じゃあ、スープを飲みましょうね。」
――ケミーが薬師だったから、
それだけの理由で、私たちは彼女の世話係を命じられた。
たぶん、誰でもよかったんだろう。
若くて、ギルドの新参者で扱いやすくて、文句を言わない女のいるパーティ。
薬の知識がある薬師が居れば、代理の投薬も、副作用にも対処できるだろうから
そんな理由なんだろう。
望んで入ったギルドだったが、
望んだ仕事じゃなかった。
やりたい事でもなかった。
かといって不服はなかった。
パーティだけでやっている頃より、実入りはよかったし。
何より、何もせずとも仕事が『与えられる』という感じた事のない安心感もあった。
もし、町に戻って来た時からずっとパーティだけでやっていたら。
今のこの町では食料を手に入れるのもカツカツで。
ひょっとすると生き残れずに、死霊の仲間入りになってたかもしれない。
でも、他の先輩ともども行きたくない戦争に駆り出され、
一緒に行った新顔がほとんど戻らずに
ウォードやソルドが大けがをして帰って来て、
生き残りが禄に看護もされずに寒い別棟に寝かされて。
一緒に行ったはずのベテランたちが不思議と拠点で私たちを待っていて。
ほとんど犠牲も出てなかったのを見たら。
私たちってなんなのって思う―――
考え事をしながら、スープを飲ませていると、栗色の髪が再び喋り出した。
「でね。あの人が私が上手くできたら、みんな助けてくれるって言ってくれたの」
「社長は約束は守りますよ」
「みんな喜ぶわ。シスにもようやく借りが返せるわ」
「そうですね」
「あなたも料理作ってばっかりじゃなくて、学校も行かせるわね」
「私はもう卒業してますよ」
「そうだったかしら?」
「はい。もう3年になります」
「ごめんね。エリー。待たせちゃったわね」
「いえ、私は」
「ごめんね。今度は外さないから、怒らないで!」
「大丈夫です。落ち着いて」
「ちょっと手が、揺れるだけなの!まだ大丈夫だから!」
「分かりました!とりあえず、お薬を飲みましょう!」
「怒らないで!」
――使い捨てにされるこの人を見て、なんなのって思う――
・・・・・・・・・・・・
「ごめんねぇ・・・一人で大変だったでしょ」
ケミーはずぶぬれの私を見て、大体の事を察したのか、そう言って労ってくれた。
「別に。二人に比べれば」
私はケミーの前のベッドで寝込む、二人を見てそう答えた。
二人とも、帰って以来、意識が戻っていなかった。
ソルドは外傷こそほとんどないものの、よほど無茶な動きをしたのか、全身の筋繊維が裂けて、高熱が続いていた。意識が戻らないのでわからないが、筋が痛んでいたら、もう剣は握れないかもしれないとも言われた。
ウォードに至っては、生きているのが不思議なぐらいの怪我をしていた。体のあらゆる場所が骨折しており、全身の皮膚が裂けて、血だらけだった。特に左側がひどく、左わき腹から折れた骨が飛び出る開放骨折をしていたため、最初に担当したギルドの治療師は『他の患者もいるから』と安楽死を勧めたほどだった。
でも生きてる。まだ生きてる。
さじを投げられて、それでも何とかケミーと二人で持ちこたえさせていたら、ギルドにボロボロになったアニャーナさんを連れた、社長が帰って来て、私たちに彼女の介抱を命じてきた。私たちは泣いて、叫んで抗議したら、ようやくこちらの状況を分かってくれたのか、二人の治療を優先してくれた。
他にも死にそうな人はいたから、ズルをしたという、気持ちは少しだけある。
でも、私は知り合って間もない人よりも、二人にこそ生きて欲しい。
廊下を歩いていて、刺すような視線を感じるけど、
家族が死にそうだったら、誰でもそうするわって。
「ねえ、大丈夫?怖い顔してるよ・・・」
ケミーが心配そうな顔で見ていた。
「なんでもない。ちょっと頭冷やしに行ってくる」
私はついと立ち上がって部屋を出た。
ドアを開けるとき、右手の内側に爪が食い込んでいて痛みが走った。
・・・・・・・・・・
「皆ー!ジョセフを捕えたぞー!」
外に出ると、弱まったがまだ降り続ける雨と風の中、松明を持ったシーフが入れ替わる様に叫びながらギルドに入っていった。彼の声に触発されたのか、周囲の建物からはすでに人々が出てきており、大通りにわやわやと集まって大騒ぎしていた。
「あの野郎を捕まえただと!」
「生きてるのか?だったら殺せ!殺して吊るせ!」
「ちょっと見えねえよ!」
「ちょっとまって、近づくのは後!まだ社長にどうするか聞いてない!」
老若男女様々な人の声が入り乱れるなか、私は特に理由もなく、ふらふらと人ごみに近づいていった。
ひしめき合う人々を押しのけて、分け入り、泳ぐように中に近づく。こんなに自分に力があったとは意外だった。大きな重層鎧の戦士も、年長の魔法使いも押しのけて、目に入ったものは、太い鎖をまかれて力なく石畳の路上を曳かれる鎧だった。
そいつは右腕が肩からなく、鎧が胸の所から有り得ないほど凹んでひしゃげていた。左足がねじ曲がって千切れかけ、鎖が引かれるたびにガリガリとつま先が当たって跳ねていた。全身から血が出ているのか、そいつが引かれると路上をぬらす雨がどす黒く濁っていった。顔を見ると力のない目が周りの様子を伺っているのが分かった。
まだ生きてる。でも生きてる。
こいつがウォードをあんな風にしたんだ。大勢で囲んで、卑怯な事をしていたぶったんだ。その場にはいなかったけど、コイツが執拗にウォードを狙っていたのは、話に聞いていた。皆を奮い立たせて、最後までたった一人になるまで、がんばっていたって聞いた。
「社長なんてかんけーねえよ!うちの若いのは全員そいつに殺されてるんだぞ!さっさと吊れ!」
声が私の後ろから飛んだ。
そうだ。殺してよ。そいつ。殺してよ。
私は気が付くと、落ちていた石を拾い上げて叫んでいた。
「そうよ!社長なんか関係ないわ!殺してよ!私のメンバーもやられたの!」
ただの魔法使いでしかない私が投げた石は鎧に当たらずに、水たまりに落ちて、しぶきを上げただけだった。
でも、それだけで、十分だった。
私の石をきっかけにもっと大きい石が飛んだ。次々に飛んだ。矢が飛んだ。魔法が撃たれた。
鎖を曳く戦士が鎖を離し、慌てて離れた。
身じろぎして這って逃げようとした鎧を見て、怒号が飛んで、武器を持った男たちが鎧に殺到した。
私は跳ね飛ばされて、水たまりに顔から突っ込んだ。背を踏まれて、息も出来なくなった。倒れていた所を年嵩の女性が助け出してくれた。
大通りは狂乱の場と化していた。誰にも、もう収集は着かなくなっていた。ギルドの入口で社長が頭を抱えて頭上の雷雲を見上げているのがわかった。
その姿を見て、ざまあみろ。という言葉が浮かぶと共に頭の中に渦巻いていた霧のようなものが晴れるような気分になった。
ああ、わかったよ。みんな。
私、怒ってたんだ。
ずっとずっと、怒ってたんだ。
私、ここが嫌いなんだ。
そう思う私の目の前で、ギルドの外壁に鎧が吊るされた。




