俺たちの戦争は終わってたよ
前回のあらすじ
仕事ができない駄目なやつの元に助けが来た
「大宮、なんで・・・」
驚愕した顔を浅野は俺に向けた。
「すまない浅野・・・ずっと俺、言おうと思ってたんだけど」
俺は心底すまないという気持ちでいっぱいだった。
風が吹いていた。
冬の寒い風だった。
暴風雷が過ぎ去り、空には雲一つない。
晴れ晴れとした空に似つかわしくない悲しい顔が目の前にあった。
「終わってるじゃないか・・・」
浅野がそう苦虫を噛み潰したかのような顔で呟いた。
そう、その通り。俺たちの戦争は終わっていた。
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苦労――苦労と言えば苦労なのだろう
俺は透けた裸の姿にもかかわらず、スキップするような軽い足取りで案内をする大宮を見ながらそう思った。
思えば、この世界に来た時には今まで会社でやって来た事が、社会でやって来た事がすべてなくなったと知り、少し落ち込んだものだが。それでも、そこから立ち直れたのも、実情を知り、こちらの世界に引き込んだ者たちの目的を知った時、それが予想外にチャンスだとすぐに分かったのも、地球で忍耐強く他人と接し、計画立てて物事を進めることや様々な人間と臆することなくビジネスを行ってきたからだろう。
苦労したからには報われたいとも思う。
それが俺と大宮の現在の差でもある。と俺は思う。
俺は大宮の家とは違い、団地住まいで余裕がなくて。
幼い頃から這い上がりたいと思っていたから。
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あの時、『ボス』への挨拶もそこそこに、城を出た俺は町を出て『上司』と会った。
彼女からとびきりの情報を教えられ、半日ほどかけて行きついた先の森には、腐った小山のように巨大な死骸が何十体も転がっており、その死骸の道の終着点にある花崗岩に裁縫箱の中の針刺しのごとく剣が突き刺さっている大柄な女が磔にされていた。
「ヤなやつが来たねェ・・・」
女は俺の素性を知っているのか張り付けにされたまま首だけ動かしてそう言った
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「いやさ。俺、たぶんあると思うんだけど。あったら良いけどさ」
自分のやった事に自信がないのか、大宮はきょろきょろとあたりを確認しつつ、城を越えた町の北側に向かっていた。大宮の話すところによると、城で清掃をしている時に、死体の片づけをする仕事があったが、偶然通りかかった騎士に城外に投げ飛ばされた事があるとの事だ。
「無かった場合も踏まえ、別な方法も考えておこう」
俺がそういうと、大宮は少しすまなそうな顔をした。
「・・・悪いな浅野。苦労かけてさ。」
助かってるよ。と大宮は話した。
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「アシャージャヤに取り込まれて策士面した奴は嫌いなんだよネェ」
女は歯を鳴らし、俺を威嚇しながらそう言った。血みどろの全身を動かしたため、固まっていた体中の傷口から少し血が噴き出して、岩を濡らして垂れて行った。
商社という仕事柄、様々な国の相手と交渉することがあったが、それぞれに癖や流儀があると知ったのは、20代中ごろだったろうか。もったいぶった言い回しを好むものもいれば、洒落た話題で周りの雰囲気をよくすることを好むものもいる。この女の様な初っ端から相手の鼻先にジャブを入れてくるのは、ヘビーな交渉になることが多かった。
「知られているなら話は早いと思いますが。取引しませんか」
かくいう俺は交渉は初っ端からシンプルに効果的なものをぶつけるのが好きだ。機械的過ぎて嫌われることもあるがこれが一番しっくりくる。
「あー…ヤなタイプだよォ。この子・・・」
血だらけの魔人は自分のジャブが相手に届く体勢でない事を俺が分かっているのを察し、口惜しそうにそう言った。
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俺が大宮を助けているのは、ルネヴェラとの契約だからだ。
『自由にする代わりに俺の求めに応じて、必要な時に戦力として協力すること』
に対し、
『私の担当で直接面識あるプレーヤーと協力し、敵対しないこと』
という、必要最低限の条件だけを相手に飲ませた事に俺は満足していた。
手詰まりの打開策を求める俺にルネヴェラの事を教えたアシャージャヤの女神が「へそ曲がりで狡猾な部分があるから気が進まない」と評していたため、ひょっとしたら、何か見落としがあるかと思って確認したが、対象となる者がわずか3名で、そのうち一人が大宮であること。残りの二人の情報も確認すると特殊スキルタイプで、俺と競合するような人物でないことが分かったので俺は喜んで彼女と契約した。
魔獣の群れを単独で蹴散らすことができる戦力だ。ヌティア姫を軍勢もろとも城から排除するのにこれほど心強いものはいないだろう。条件から鑑みれば、バーゲンセールと言ってもいい。普通だったら、吹っ掛けられてもおかしくなかったのだが、おそらく自分の担当に情でも移っており戦争が始まった事に焦っていたのであろう。
そう思いながら、俺が茂みを探していると、大宮が俺を呼んだ。行ってみると、顔に布を巻き付けた女の死体の足を持ち引っ張っていた。大宮が持てるという事は生きているうちに触ったことがあるという事だ。あれが件の死体らしい。遠目に手足の骨が折れて体に巻き付くように固まっているのは分かったが、腐敗している様子がなく、ずいぶん綺麗なのが気になった。
「これこれ!浅野こいつ!」
大宮が嬉しそうに硬直した死体の手足をほぐしていく。俺も手伝い、腕や足を延ばしていくと、骨は折れているものの、均整の取れた美しい女性の体であることが分かった。
「・・・なあ、この死体少しおかしくないか?」
「え?なんで?」
「腐ってないし。死んでずいぶん経ってるのに肌が輝いてる。そうまるで聖人か英雄の遺体のように・・・」
「・・・気のせいだよ」
俺が疑問を呈すると、大宮は俺から目をそらし、家で待っているルネ姐さんの所に届けようと急に話をそらした。
そういえば、妙だった。
ルネヴェラは大宮が死体の話をしたとたん、急に何か思い出したかのように上機嫌となり、あった当初の時のような間延びした声で「アタシは家で修復の用意してェ、待ってるからァ。二人で取ってきなよォ」とニンマリしながら言っていた。その時は、俺から離れられるから喜んでいると思ったのだが・・・よく考えれば、その時の笑い方はまるで、間抜けを笑うような顔だった。
「ちょっとまて」
俺は死体を引きずり始めた大宮を止め、女が被っていた布袋を脱がした。
女は金髪がザンバラに切られた挙句、頭から顔にかけ皮膚や肉が裂けて、血だらけの無残な状態だった。
「ひどいな。撲殺か・・・」
「・・・」
血だらけの女に少し引きつつ、俺はその顔を手で拭った。
一瞬、昔見た女優かなと思った。
しかし、落ち着いて目をこすり、見直すとそれは間違いなく、俺の知る女の顔だった。
「大宮・・・お前・・・戦争、もう終わってるじゃないか・・・」
何とも言えない言葉が知らない内に俺の唇から出ていた。
ヘルプが来た時にもう案件が完全に駄目になってると、ヘルプさんが微妙な空気になる
知ってて送る上司は嫌がらせしてるとしか思えない。