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心を食べる鬼1


 「えっと~。じゃあ。とりあえず、今城にいる兵士は、みんな出陣ね。ケガしてても人たりないから、全員!大丈夫だよ!こっちもボロボロだけど、向こうはそれ以上にボッロ☆ボロだ・か・ら、大丈夫大丈夫シス。私を信じてしゅっつげき~!死んでも死体持って帰って、あの女の子使ってゾンビ兵にしちゃえばもんだいなーし!むしろ殺しちゃった方が、兵站とか回復とか考えなくていいかも?かもかも!?」


 白髪のツインテールは、焦点も定かでない私の目の前で、部屋の中を歩き回り、人差し指を交響楽団の指揮をとるかのようにくるくると回しながら、話し続けていた。


 「出撃・・・出撃と。」

 言われるままにふらふらとした頭で、私はおいてある鎧を手に取り、緩慢な動作で身に着け始めていた。


 「そうそう。殺して殺して、進めちゃおう。ウジウジ悩んだり、立ち止まったりもうたくさん。逃げた奴らも皆殺し!時計の針を勧めよう!ギルド同盟もヤクザの連中も、アニャーナの魔法で拠点に閉じこもっちゃったから、急襲かければイチコロよ!鬼のいぬまになんとやら」


 途切れたツインテールの声を継いで、私の声が部屋に響く。

 「・・・ルネに余分な事は、させないで・・・地に張り付けてるうちに決めちゃおう・・・力を削いで、選別し、不要な者を蹴落とそう・・・」


 鏡を見るかのように、目の前に顔をよせるツインテールが私の言葉を継ぐ。

 「早く早く決めちゃおう。殺して殺して、終わらせよう。」


 ――殺す?何を殺すんだろう。


 ぼんやりとした頭で、私は兜を手に取りながら、考えていた。口はツインテールと同じ言葉をつぶやいている。霞がかかった頭の中では、妹や伯父、姉のように慕ってくる娼婦仲間たちが私を囲んで私を愚図愚図とさいなんでいた。私は疲れていたし、もうどうでもよかった。出陣したらたぶん私は死ぬんだろうという確信があった。それでみんな許してくれるかな。という考えが頭を支配していた。


 その時、リンリンリンと出陣した全軍が戻った事を知らせる鈴を鳴らす係りの者が部屋の前を通り過ぎて行った。耳障りな高音が私の意識を少しだけ元に戻した。


 ――誰を殺したいのよ。


 死んだ家族の輪の中で身を丸めて座り込んでいた私が、反抗するようにツンと呟いた。


 (・・・えっと、私たちを殺した人?・・・あっと、病気とかで死んだから・・・このシャカイかな?)

 (そうシャカイが悪い!)


 頭の中の家族たちは私の問いかけが予想外だったのか、少し戸惑ってから答えた。


 ――シャカイ?シャカイって何かしら。


 しらない用語が出てきたことで、鈍かった頭が、急に動き出した。社会?社会って何よ。というか、妹は病気だったし、伯父も似たようなもんだし。あの子たちに関しては、


 「殺したの、アンタじゃない。」


 私はそういうなり、手に持っていた兜を目の前に顔を寄せていたツインテールの頭におもいっきり叩きつけた。


 「痛ァッ!」

 『ガコンッ』と気持ちいい音が響いた。


 「え?失敗した!?」

 ツインテールは兜をもろに叩きつけられた頭を押さえて、さもびっくりと言うような顔をして見せた。


 「アンタどっから入って来たのよ!」

 怒号とともに再び振り回された兜。しかしツインテールは両手で可愛らしく頭を抑えたままよろよろと後退しつつ、器用に蹴り上げて弾き飛ばす。


 「しまったー。急ぎ過ぎたー。弱らせ不足か。シスは意外と精神タフね~」

 ツインテールは落ちてくる兜を片手でキャッチすると、こちらにポンと投げてよこす。思わず身を捻って躱すと、兜は床に落ちて音を立てて転がっていった。


 心に入られていた。そうとしか言えなかった。先ほどの出来事を思い出すと、全身が怖気立つ感覚が沸いてくる。まるで粘液まみれの無数のミミズが全ての爪の先、穴という穴から体の中に入り、這いまわって、糸人形の様に私を動かしているようだった。


 「アンタ一体何者なのよ。」

 「別にシスが知らなくてもいい事よ」

 ツインテールは仏頂面で答えた。


 「ふざけてんじゃないわよ!」

 鎧とともに身に着けていた細剣を抜き放ち、横殴りに切りつける。しかし、かつてこの女に振り下ろした木刀と同じように、水を切ってるかのような重みと共に勢いがそがれ、剣は服に触れるとぴちっと情けない音を立てて止まってしまった。


 「あーあ。もうめんどくさいな。でもいいか。もともとシスはイレギュラーだし。消えてもらってもね。」


 ツインテールがぴんと服に引っ付いた剣先を指ではじく。まるで金棒で殴られたかのような衝撃が私の手に伝わり、剣が弾き飛ばされた。


 「よいっしょっと」 

 ツインテールはそのまま私に歩み寄ると、私の襟を掴み、ゆっくりと足をかけて私を倒し、抱き上げてベッドに運んだ。抵抗しようにも、まるで回る水車に巻き込まれたかのようだった。スケールの違う力でなすすべもなかった。ベッドに横たえられると、馬乗りになって来た。


 私は、それなりに年季の入った娼婦だから、体格が普通より大きい者を相手にした事もある。でっぷり太った柔らかい脂肪が多い者も、筋肉質で固い体の持ち主とも。でもどんなに大きな体の者だって、同じ人間だ。肉の重みは殆ど変わらない。だから上に乗っかられても、掴み続けられでもしない限り、上手く動けば体を入れ替えたり、するりと抜け出したりも出来る。


 ツインテールは異常に重かった。見た目の体格や身長に比べて、異常だった。


 馬乗りに乗られているだけなのに、まるで石の柱が体の上に乗ったかのようだった。ツインテールが乗ると、『ばきり』と明らかにベッドの何かが壊れた重い音がした。


 「じゃあ、さようならシス。」

 ツインテールはつまらなそうな表情のまま、鉄のように重いくせに柔らかくて暖かい両手を私の首に巻き付けてきた。

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