時は戻って
大体、その時の気分でプロット決めて書いてます
――時は戻って――
「戦死した!?」
「申し訳ありません、姫様。お救いしようとしたのですが、戦闘に巻き込まれ崩れた櫓に潰されてほぼ即死の状態でした。」
「そう・・・そう・・・なの・・」
シスは大広間に広げられた作戦図の前で、戦闘の報告を受けて、ショックを受けていた。
「他にも守備していた黒騎隊が約2割、勤めを全うしその名を刻むことになりました。隊としてはほぼ半壊といったところで、このまま戦闘を継続するのは不可能でしょう。ただ、相手側の損害はそれ以上で壊滅と言っていいほどの損害を被ったはずです。突如発生した竜巻で掃討できなかったのは残念ですが・・・」
いつもオーマと軽口をたたいていて、とても真面目に思えなかった護衛騎士が、今までにないほどに生真面目に報告してくる。そんな振る舞いができるのに少し驚きつつ、報告を聞き続ける。
「・・・ですから、こちらからの動きはやめまして、帰還してくる隊員はすべて城に引き込み、守りを固めて負傷者と戦死者の埋葬をしつつ、軍の再編を図りましょう。それでよろしいですか?姫様。」
「・・・ええ。その進言どおりにしましょう。」
他の小隊長に、今の通りに伝えて回る様に。と傍に立っていた若い騎士に命令しながら、私は目の前の精悍な男を改めて見た。年は三十を超えたぐらいだろうか。寝室の前に二人いた護衛騎士のうち、ぼうぼうな髭面でいつも強い酒を飲んでセクハラめいた言動をしていた男だ。むしろもう一人の若い騎士の方が、礼儀正しくも見えた。それが、全身が雨に濡れ、今もところどころから血が垂れ落ちているのに、私の前で兜を取り、神殿に勤める騎士の様に背筋を伸ばして滔々と通る声で報告をしている。
何でこんなに真面目に振る舞えたのに、今までしなかったんだろう。
そう考えた時、今彼がそうしてるのは私を気遣っている為だと気づいた。
「オーマ殿は、残念でした。」
私が気づいた事を悟られたのか、本当にすまなそうな顔で護衛騎士がそう言った。
「いえ。ありがとう。でも覚悟はしてました。」
戦場に取り残されたと聞いた時に、死んでいる事を意識したのは事実だった。
「いい奴でした。調子だけいい奴で、頼りがいはありませんでしたが。不思議と憎めずに。ユガのやつも気に入ってて、町に行く事があったら一緒に飲みに行こうと話していたこともありました。」
護衛騎士はその場面を思い出しているのか、つっかえつっかえに話した。
「ユガ?」
「私と一緒に姫様の護衛を務めていた若造です」
そう言われて、少しひねくれた物言いをするあの騎士の事を思い出した。料理のあまりを差し入れたり、寝室前に夜番用の机と椅子を用意すると、必要ないというかのように仏頂面しつつも、頭を下げていた男だ。
「・・・彼にも感謝を伝えて」
私は心に開いた穴を埋めるかのようにそう言った。
「いえ、あいつは。倒れた私を後方にやって。また行ったきりで。」
「・・・ごめんなさい」
「いえ。」
「ご苦労様でした。戦闘でお疲れでしょう。傷を手当てし、休んでください。」
そう言うのが精いっぱいだった。
私を気遣う事で彼も彼の心の穴を埋めていた。多分、私と同じでまだ、実感がないんだろう。
私もついこの間、妹の様に可愛がっていた仲間たちが死んだとき、他の事に没頭することで心を埋めていた。
「私も部屋に戻ります」
彼の心が分かりすぎて、そう周りに伝える事だけしかできなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
死んだんだ。みんな死んだ。
シスは着ていた鎧を脱ぐと寝室のベッドに倒れこんだ。柔らかなマットが体を抱き留め、少しだけぎっと軋む。寝ころんだまま壁を見ると、オーマの持っていた服が椅子にかかったままになっているのが目に入った。
「ちょっと、何やってんのよ・・・」
私はそれを見て、思わず悪態をついた。脱いだ服はちゃんと片づけろと何回言っても最後まで直らなかった。
「ちゃんと片付けろって言ったのに。何やってんのよ。」
思わず立ち上がり、服を手に取ると部屋の隅に置いてある籠に投げつける。服は空気の抵抗を受けてふわりと宙を舞うと狙いから外れて地面に落ちる。
「というか、あの子たちも洗濯適当だったし!」
地面に落ちた服を見て思い出した。妹の様に可愛がっていた娼婦仲間がよりあって暮らしていた時に、同じように服を脱ぎっぱなしにしている子が多く、あまりに汚いものは私が拾って洗濯していた。
「妹みたいと言えば、妹は妹で黙って勝手に自分だけでやって!」
私が盗んだ野菜で伯父が死んで。妹は一人だけいい子になろうとして、自分だけで伯父を埋めて。悪い事をし始めた私を置いてあっけなく死んで。
落ちた服を拾い上げて、振りかぶり、思いっきり籠に叩きつける。その瞬間、何かがブチッと頭の中ではじけ飛ぶのが分かった。
「大体さぁ!アンタ、なんで勇気出すのよ!逃げなさいよ!アンタ活躍するキャラじゃないでしょ!逃げればいいじゃない!私が襲われたときは、情けなく自分だけ命乞いして全部情報吐いた癖に!どんな事しても、他人を差し出してでも自分だけ助かるのがアンタでしょ!なんで死んでんのよ!この役立たず!役立たず!疫病神!」
私はそう叫びながら、籠に入った服を上から踏みつけ、かごを何度も蹴飛ばしていた。乾いた細い木を編んだ造りの籠は脆く、私の蹴りでばきばきと崩れていく。途端に籠の残骸とクタクタになった服だけになった。それを見て、蹴りつけるのをやめ、ふらふらとベットに腰かけた。
思い出して、悔しいのは
本当に悔しいのは、オーマが鐘を鳴らして他人を救ったと聞いて、少しだけあの時
誇らしく思った事だ。
戦闘に参加する事になって、周りが盛り上がった時、私が嬉しく思った事だ。
普通に考えたら死ぬってわかってて、それを避けなかった事だ。
「お姉ちゃんはいいよ。私一人でやるから」
そう妹に伯父の埋葬の手伝いを拒絶されたとき、私が妹を守ろうと意固地になった事だ。
昔から見ず知らずの人に助けてなんていえなくて、頭下げれなくて。プライドや誇りや名誉を心の底で意識して。かっこつけようとして。
「私はいつも、駄目なのわかってても、流されたり。頑固になるから嫌いだぁ・・・」
『私』がそういうと、『私』は涙をぽろぽろ零しながら泣きだした。落ちていた服を拾い上げて膝に乗せると、勝手に口から声が零れてくる。
「ねえ、逃げなさいよ。私の立場とか考えなくてよかったじゃない。逃げなさいよぉ。私のせいみたいじゃない。」
(『私』のせいだよ。逃げようとした時に引き留めたのは私だよ。戦争になった時にアンタが何とかしなさいよと詰め寄って、逃げれなくしたのも『私』だよ。)
反論するかのように懐かしい少女の声が頭の中に響く。
「でも私、悪くないもの。だって、逃げられたら私一人になっちゃう・・・」
(そうね。『私』が一人ぼっちになっちゃうからね。一人ぼっちはいやだいやだって。シスはいつもそうね。)
いつも陽気で猥談好きなあの子たちが囃し立てるようにヒソヒソと頭の中で噂しあう。
「だって、みんな私の周りに集まってくるし。いつの間にか慕ってきて」
(シスさん、アレっすよね。エラソーにしてる割に、他人のふんどしがなきゃ何もできないっていうか。自分は何もしねえっていうか。)
ぶっちゃけ俺と同じっすよね。とお調子者が頭の中で嘲笑する。
「私どうしたいのよ・・・」
(どうしたいのかなー?)
今度は頭の中にどこかで聞いたことのある女の声が響いた。
「もう、何もかもやなの・・・」
(ダメダメ。逃げちゃ駄目よぅ。自殺なんか解決になんないよ)
「でももう何にもしたくない」
(ダメダメ。あなたを頼ってる人たちがここには一杯いるんだよ)
「私を頼ってないし」
(ダメダメ。みんな頼ってるよぅ。姫様姫様って人気者なんだから。)
「それ私じゃない」
(責任放棄はダメダメ。立場を奪ったのはあなただよー)
「でももうヤだもん・・・頑張るの」
(もうヤなの?)
「やだ」
(自分で考えるのヤダ?)
「やだ」
(自分で動くのヤだ?)
「やだ」
「だったら、もう何もしたくない野蛮人のシスどうなってもいい?」
「・・・いいよ。別に。」
不貞腐れるようにベッドに顔を押し付けて私は頭の中の幻聴に答えた。
「じゃあ、悪い子のシスは今から私のお人形さんね」
耳に聞こえた声の方に目をやると白い束ねた髪が二束。暗闇の中に浮かんで見えた。




