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風が好きだ。それも秋から冬の入り口にかかるぐらいの時期に、ただっ広い草原で立ちすくんでいる時、ひゅうひゅうと脇を抜けて吹くうすら寒い風が僕は好きだ。

今回のあらすじ。


早く一部終わりにしたいけど、

さすがに1話では無理だった。


そんな感じ。

 ソルドはウォードを担いで走った。


 傷だらけの親友は担いだ時から未だ身動き一つしていない。彼の体からは絶え間なく血が滴っており、それがまるで砂時計のように残酷にソルドの服を赤黒く染めていく。


  ―ああ、チクショウ・・・まだ追ってきやがるー


 流れ落ちる友の生命に焦りつつ、振り返ったソルドの目に大剣を抜いたジョセフの姿が映った。


 鏃の雨となった騎馬隊の突撃は遠く過ぎ去っていたが、周囲には魔導師やハンターたちが文字通り『まき散らされて』おり、ウォードを抱えたソルドが無事だったのは奇跡と言ってもいいぐらいの惨状だった。



  負けねえ!

  絶対に俺たちは負けねえ!


 死体の散乱する大通りを走り抜けるソルドは彼らに誓うようにその言葉を繰り返す。


  絶対に死なねえ!

  ウォードも死なねえ!


  生きて、生きて、あいつらの元に帰る!


 息は切れ、何度も歩みを止めそうになった。

 転がる死体のなか、一人だけソルドは走っていた。

 ひょっとしたら、誰かまだ残っているかもしれない。

 ひょっこりと脇道から顔を出して、駆け寄ってくるかもしれない。

 淡い期待を周囲に向けるが、目に映るのは死体死体死体。


 さっきまでここで皆でワイワイとやっていた筈なのに。

 皆と馬鹿騒ぎして、お祭りみたいに笑っていたのに。

 なんでもう誰も残っていないんだろう。


 そんな事を頭の片隅で思いながらソルドは走る。

 まるで、帰り時を逸した子供が夕暮れ時の草原を一人で駆けるが如く、ソルドは走る。


 冬の冷たい風がソルドの脇を抜けていく。


 昔、農作業が終わると町はずれの原っぱに子供たちだけで集まって、みんなで戦争ごっこをしていた。

 ソルドはそれがとても好きだった。だから、時間が過ぎるのもお構いなしにいつまでも残って遊んでいた。そして、時と共に友達が一人、また一人と家に帰っていき、最後に独りぼっちになった時。ソルドは裏切られたような、捨てられたような物悲しい気分になり、何かを待っているかのように一人で原っぱに立ち尽くしている事が多かった。


 そうした時、自分の周りを吹き抜ける風がソルドはとても好きだった。


 体温を奪い、その場に自分がたった独りだと教えてくれるその風が吹くのを、ソルドはいつも待ってから家に帰った。



  なんでこんな時にあの頃の事思い出すんだよ

  本当に俺一人しか残ってねえのかよ。

  本当はそこらにいるんだろ?

  だから、だから頼むから。



 「誰か!誰か、手伝ってくれ!」


 子供のころにさんざん感じた寂寥感に我慢できずに、ソルドは叫ぶ。助けを。そして希望を求めて。


 しかし、ソルドの声に答えるのは同じ。

 子供のころと同じ。

 脇を抜ける冷たい冬の風だけだ。


 冷たい風の返答に背中を押されるようにソルドは南へ走る。


  でも、違うんだ。


  でもあの頃と違うのがただ一つあるんだ。

  それは担いだ親友の確かな体温。


  だから、風よ。俺はお前なんかに負けない。


  俺の体温を奪うなら奪え。

  でも俺は絶対にあきらめねえ。


  みてろ、ジョセフ。

  お前にとっておきのサプライズプレゼントだ。


  人が到達できる最悪で最ッ凶のビックプレゼントだ。


  さあ、近づいてきたぞ。

  もう、すぐそこだ。

  手が届くまであと、一歩、二歩、三歩! 

 

 「これでテメエは御終いだ!」


 ソルドはジョセフとの距離を確かめ、叫びと共に天幕をめくる。

 追いかけるジョセフの目には天幕から漏れ出す光がソルドに重なり、まるで後光のように輝いて見えた。



――――――――――――――――



 「ねえ・・・私には『神様』っているのかな?」


 ソルドによって開かれた天幕。

 その開いた隙間を狙い澄ましたかのように真っ白な光線が飛び出し、大通りを抜けていく。

 それは運よくソルドを外れたものの、大剣と共に少年たちの背に迫っていたジョセフを掠めて彼の動きを止めると、そのまま大通り沿いに並んで立つアパートを『バシュッ』という軽い蒸発音と共に貫通し、やがてゆっくりと消えて行った。


 「わからねえ・・・でも俺達には、『今のあんた』がそうなのかな…」


 テントの中にいた、ぼんやりとした表情で右手を前にかざしたままの美しい茶髪の女性に引き攣った笑顔を浮かべながらソルドは軽口をたたく。


 「ウォード…早く手当てしないと…」


 茶髪の隣に立つ銀髪の魔法使い『マギー』が崩れた無残な壁役を見て息を飲む。


 「何でもいいから、さっさと逃げようよ!」


 茶髪を挟んで、マギーの反対側に立つケミーは手に持った注射器を放りだすように投げ捨てると、テントの反対側の出口に駆けだした。


 「行きなさい。いきて、生き抜きなさい。」


 白いフリルの付いた上品なブラウスを着た女性が、呆けたような表情のまま柔らかく、誰に言うでもないかのように告げると、ケミーに続くように少年たちはそれぞれが『すみません』と女性に礼を述べてテントを通り抜けて行った。


 その姿を見つめて、アニャーナは優しげに眼を細める。


 「守りたい人がいるっていい事ね・・・」


 アニャーナは入り口に立つジョセフに背を向け、少年たちが出て行ったテントの出口に近づくと、天幕をめくり上げるように結ばれていたロープをほどき、出口を閉じる。


 「とっても頑張れるのよね・・・」


 そしてゆっくりと振り向き、テントの中へと入ってきた老齢の剣士と向き合う。


 「御嬢さん…そこをどいてくださるかな?」

 ジョセフは大剣を右手でしっかりと握り直しつつ、目の前の女性を見つめる。

 テントの内部には明らかに中毒性を持った香が焚き込められていた。先ほどの少女が持っていた注射器とあわせても碌な性質のものではないのだろう。


 「うらやましいわ・・・だって、みんな・・・」

 アニャーナはジョセフの言葉には反応することなく、まるで一人芝居をする舞台女優のように、誰ともなく語り続ける。


 テントの中は薄暗かった。

 それでもジョセフはたしかに。確かにアニャーナの目を見た。

 夢も、希望も。

 未来も、人間も映らない。

 その真っ黒な瞳を見て、

 背骨につららを押し当てられるような悪寒を感じた。


 ジョセフは直感した。

 姫と共に数年、戦場を駆けまわった。

 それ以前からも、常に人の死にもっとも近い場所に身を置いてきた。


 だから、彼には一瞬でわかった。

 目の前に立つ者が、今まで相対したすべての者の中で最も危険であることに。


 気が付くと、ジョセフは無意識のうちに剣を払っていた。

 認めたくはないが、それは恐怖によるものであった。



 灯りもなく、真っ暗な円形のテントの中に佇んでいた、壊れかけの女性を前にしたジョセフは、奇しくも先ほどゾンビの円陣の中、自分と相対したウォードと同じ感情を抱いていたのだった。


 その剣が当たる瞬間、アニャーナは剣が巻き起こす風に流されるかのように『ふわり』と宙を舞った。脱力して無重力空間を漂うかのように、そのまま彼女は広いテントの中で宙を漂い始めた。彼女の体の周囲には蛍のような、小さな光がクルクルと飛び回っていた。それは原子核の周囲を回る電子のように、だんだんと数を増やしながら、宙をふわふわと漂うアニャーナの周りを揺蕩っていた。


 蛍のようだった光は、やがて数を増して互いにぶつかり合い、雷光の如き輝きと共に暴風を生み出す。



 その数秒後、大通りを駆け抜け避難所に向かうソルド達の目には、街の中央に突如として登場した竜巻と、飛ばされるテントが映っていた。









クスリ、ダメ。ゼッタイ。


次こそは1部完結してみせる。


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