俺と白菜
ガイアの私生活がヤバイ。
「んっ・・・いけないねェ。ちょっと野暮用が出来たよ」
俺の体を怒りながら持ち上げる白菜を前にして、ルネ姐さんが呟いた。
「や、野暮用っスか?ちょっと、ちょっと待ってくださいよ!俺っスよ!俺の死体があるっスよ!どういう事っスか!?」
先ほどの姐さんの説明の都合のいい部分しか聞いていなかった俺は、ぶらぶらと揺れる俺の死体を前にすっかり取り乱していた。両手はどこかに行こうとする姐さんの肩を掴み、足を踏ん張っているその姿は、完全に駄々をこねる子供のようだった。
「うるさいねえ。今、アタシんトコに来た奴の相手をしないと、アタシも動けないんだよ。いろいろあってね。自由になれたらあんたの体も再生してやるから、ちょっと待ってなよゥ」
「再生?という事は生き還れるんスか!!」
驚きと共に、喜びに満ち溢れる俺。どこかに去ろうとする姐さんを逃がすまいと、地べたに尻をついて右足にキツク抱き着いているその姿は往年のダッコちゃん人形のようだ。姐さんはそのまま何事もないように俺ごとスタスタと数歩歩いたのだが、さすがにウザったかったんだろう。その場でうるさそうに足をぶんぶん振ったり、ハイキックを放ったりなど、俺をすっぽ抜かそうとしていたのだが、そのうちに諦めて、説明をしてくれた。
いいかい、あんたら被召喚者の体は、
こっちに来る時に再構築してるって言ったろゥ?
だからねェ。四肢がちぎれようが首を落とされようが、
ある程度の部分が残ってればその部分を基礎に再生可能なンだ。
だから、大人しく待ってなよゥ。
あ、あと一度アタシとの接続を切るから、
干渉しすぎて生命エネルギーを無駄にしないようにするンだよ。
よっぽど無茶をしない限りは大丈夫だろうけど、
中間体を維持できるエネルギーが無くなっちまうと、
そのまま魂だけになって、どっか逝っちまって、
回収ができなくなるかもしれないしねェ。
真面目に聞いてる俺に話すのがのがよっぽど気持ちよかったんだろう。
姐さんはそう、流れるかの如く滔々と説明をし、俺が神妙に『わかったっス!』と返事を返すのを確認すると、『じゃあ、アタシもようやく来た助けに縋ろうかねェ』とだけ言い残し、その場からフッっと消えた。どうやら、精神体と言う物は別に歩かなくてもいいらしい。さっき俺をすっぽ抜こうとしたのは俺がいう事をちゃんと聞くように仕向けるための、単なる演出だったようだ。
そして、気づくと俺は死体を持ち上げる白菜の前にたった一人で残されていた。精神体のルネ姐さんと話している間はどうやら時が止まっていたらしい。精神だけだから鍛え抜かれたアスリートが集中すると、周りの動きがスローモーションに見えるみたいな感じになるんだろう。
何はともあれ。俺の当面の目的は、姐さんに言われた通り、『待機』である。
それも俺の死体の横で。
だから、俺は『俺』を持ち上げる白菜に『やめろ!白菜!お前は姫のストーカーだけしてろ!この変態ロリコン野郎!!』と叫びながら白菜に殴りかかった。
ちなみに白菜がゾンビの訓練中の時に姫の部屋の隣にあった奴の部屋に入った事がある。奴のベッドの下には古びた旅行カバンが隠すように置いてあり、まだメイドだったシスさんとドキドキしながらヘアピンでコジ開けた事があったが、中からは8冊に渡る『姫の日々の成長日記』と姫がむかし穿いていたんだろう擦り切れて汚れのついた下着がワンサカ出てきて、俺たちはドン引きしていた。ちなみに成長日記の内訳は身体の成長3冊、姫との会話集3冊、姫に近づいた男リスト1冊、姫に関するポエム1冊だ。特に、姫に近づいた男リストは強烈で、全力で握りしめたのかボロボロに歪んでいる上に、所々のページに『赤茶けた汚れ』と共に『済印』が押されていた。浅野と俺の名前も最後のページに小っちゃく『ちょろっ』と書かれていた。俺が姫の恋人扱いされてからはどうなってるか知らんし、知りたくもないが・・・。
そんな事を思い出しているうちに、ぶん回した俺の左フックが偶然、白菜の持ち上げる『俺』の右手に引っかかり、そのまま打ち抜くと、白菜の左頬に死体の右フックが綺麗にヒットした。あとから思えば、それは極限まで張りつめていた奴の神経の糸を断ち切るには十分な一撃だったんだろう。
「くおぃぅぇぇぇぇええええぇっ!!!」
と右フックのヒットと共に、白菜はまるでアマゾンの怪鳥のような声を張り上げた。そして、持ち上げた俺のボディの両足を左手で『むんず』と掴みボウリングのピンのように逆さづりにすると、次の瞬間。思いっきり投げ飛ばした。
『俺』はホームラン打者が勢いよく放るバットのようにクルクルと回りながら、城門で戦うゾンビと鈍牛の一団にむかい飛んでいき、奴らにぶち当たってまさしくボウリングでストライクを出すがごとく全員をなぎ倒した。
「何すんだこのバカ!人の体投げるな!何考えてるんだ!!」
生き還れなくなっちゃうだろ!
と必死で投げられたボールを回収しに向かう俺。
倒れ伏すゾンビと鈍牛の中央で倒れる、とても可愛そうなおっさんの元に駆け寄り、抱き上げるように助け起こすとおっさんは衝突時に腹筋周辺を痛めたんだろう。上半身と下半身が腹の所から逆向きになっていた。
「ああああ・・・てめえ!白菜!なんてことしやがる!!」
これからは立ち小便が立ち大便になるじゃねえか!
膝も逆だから歩いたら後ろに進むんだぞ!デフォルトがムーンウォークになるんだぞ!
この糞野郎!と怒りに燃える目で白菜を睨み付けたところ、奴は背中の大剣を引き抜いてこちらに向け走り寄って来る途中だった。どうやら俺をジャクソンマイケルにするだけでは白菜様のお怒りが収まらなかったらしい。
俺は涙目になりながらも、あわてて可愛そうなおっさんの両脇に腕を回し、上半身を持ち上げてズルズルと引き摺って逃げた。姐さんの説明では四肢が千切れようが再生できるらしいが、今の白菜ならどこまでするかわからん。そもそもどこまで再生されるかがわからんし。
そのまま俺はおっさんを引き摺って城門を出た。
すると、ついてない事に城門を出たところで半壊した城壁の瓦礫におっさんの足が引っ掛かった。俺は涙目になりながらも必死で外そうとおっさんの体を右に左に振って引っ掛かった足を外そうとするのだがなかなか外れん。迫ってくる白菜のせいで焦っていたこともあったんだろう。俺は思いっきりおっさんの死体を上下に振って、足を脈打たせ、引っ掛かりを外そうとした。
パキン!
と心地よい音がした。
引っ張るおっさんの体は急に軽くなり、俺はおっさんごと後ろに倒れた。
うぉっと吃驚しながらも、起き上がっておっさんを見ると、
おっさんは上半身と下半身が綺麗に分かれていた。
どうやら、ボウリングにされた段階で腹回りの肉が千切れていたらしく、俺が引き摺っていた時には背骨だけでくっついていた上半身と下半身。それが俺のゆさぶりで背骨がポッキリと折れたらしい・・・完全にセパレートしてしまい、ただ腸がばねのように『みょんみょん』と揺れながらホースのように繋がっている。
マジか・・・嘘だろぉぉ!
とムンクの叫びのような顔をしながらも、俺はセパレートした下半身に駆け寄り、引き摺って上半身と繋げようとした。
が、それよりも一瞬早く、追いついた白菜が鳴り響く怒号と共に、俺の下半身に大剣を振り下ろした。
白菜の持つ大剣はその重さにもかかわらず寸分たがわずに白菜の狙い通りの部位に向け振り下ろされ、俺の目の前でおっさんのウインナーと2つのゆで卵はスライスソーセージとスライスエッグに変えられた。
『あ、何するんだ。』と言う暇もなく、白菜は大剣を少し持ち上げ、切っ先をドスドスと特定の部位に向け、突き刺し続ける。そのうちに元ウインナーと元ゆで卵は『薄切りサラミとスクランブルエッグのケチャップ添え』に変えられた・・・。
「ふぅ・・・これで良し!」
スクランブルエッグをつくり終えた白菜は爽やかな笑顔と共に満足そうに呟くと、そのままおっさんの下半身を蹴っ飛ばし、倒れ伏す上半身にぶつけると意気揚々と大通りを歩いていく。
大通りでは搦め手を抜いたんだろうザナドゥさんの率いる騎馬が走り回っていた。
そんな中、無残に倒れるおっさんの姿と、楽しそうに鼻歌を歌いながら歩き去る白菜の後姿を見て、俺は完全に頭に血が上っていた。
その頭の中には先ほど言われた姐さんの言葉はもうすでに一言も残っていなかった…。
⇒To Be Continued…
なんか最近私生活が忙しくて余裕がないので
次回あたりで『第一部』を終了し、しばらく(半年ぐらい)更新を止めようと思います。
急に人数も多くなってきて、待たせるのも悪いので、区切る形を取る事にします。
基本的にダラダラ更新したいので。
待たせてると思うと余裕なくなるので…
次話は1週間以内かな。
区切りつけたい人は其処でー。