薄毛の根暗マンさー
予想外の衝撃に、昏倒していた頭がようやくはっきりし、ジョセフはゆっくりと立ち上がる。同時に身体の上に折り重なるように倒れ込んでいた櫓のなれの果てが、ガラガラと音をたてて崩れ落ちていった。
転がる丸太を横目に見つつ、ずれた兜を整え、服の埃を払う。
その時、少し離れた場所に転がっているモノが目に入り、先ほど崩れた櫓の事を思い出した。
「狙ったのか?あるいは偶然か。」
誰に問うでもなく、ジョセフは呟く。
聞くまでもなく答えは明らかだった。
怒りは心頭に発し、血肉は沸き立つかの如く全身にアドレナリンを供給する。
それでも、ジョセフは未だ爆発せず、冷静になる事を心がける。
思えば、奇妙な縁であった。
出会った時から、緊張感のない、能天気な男で。
一度は捕まえはしたが特に必要もなく明らかに無害であったため、放っておいた。
それでも城で俯いて泣いているこの男を眺めている内に、なぜか気になってしまった。
そうして情けをかけて仕事を与えた男はあろう事か清純な姫に手を出した。
その上卑劣なことに情愛を盾に姫を唆し、自分を邪魔者扱いまでした。
だから、無理やり戦争に駆りだしてドサクサまぎれに叩き殺そうと思ったのだが、混乱した騎士団を全滅から救うという英雄じみた行動をされた事で、その願いも叶わぬどころか逆に姫から男を救い出すことを命じられるという屈辱まで受けた。
そして、最後には姫の敵となる若者を仕留めようとした自分を身を投げ出してまで邪魔したのだ。
しかし、その不思議な縁もそれで終わりだ。
ジョセフは転がるモノに抱いたあまりにも激しい感情を押し殺し獲物を探す。
かすかに残る気配を追って、歩き始めた。
少し歩いたところで、
ずるり。
と、足を引っ張られる感覚を覚え、下を見る。
「ふ・・・ふふふ・・・ワハハワハハハハハハアアア!!」
ジョセフの目尻がピクピクと引き攣り、顔が歪んだように綻ぶ。
理性の器からこぼれた激情と共に口からは気が狂ったかのような笑い声が抑えきれず漏れ出した。
「こんな姿になってもォ、マァだ儂の邪魔をするかァァ!!!」
ジョセフは足をつかむモノを『むんず』と掴み、持ち上げる。するとそれは手足をまるで吊り人形のようにばたつかせ始めた。ばたつく手足は『ポカポカ』と子供の肩たたきのような音をたてて、リズムを刻む。それは始めて子犬を抱き上げた時のように、くすぐったいような、うれしいような不思議な感覚だった。
「まあ焦るな。今、遊んでやるでなぁ・・・。」
かつて年少の姫をあやしているときのような、なぜだか懐かしいようなその感触にジョセフは凄惨な笑顔を隠せずにいたのだった。
………‥
俺は死んだ。
姐さんの話を簡潔に言えばそういう事だ。
「死んだって言うか、まあ、魂との中間体って言うんだけどね。」
俺の理解が正しくないとでもいうように、俺の心を読んだ姐さんが訂正した。
「死んでるんじゃないんスか?」
「いわゆる幽霊?って言うのかねェ。」
「幽霊っすか。マジっすか。結局、死んでんじゃないんスか?」
「死んだら普通は魂になって、生まれ変わるなり、熔けるなり、利用されるなり、自分の意志では自由にできないけれども、中間体ならァ世界に干渉することもできるのさ。」
そう言って、ルネ姐さんはゾンビが走り去った後にポツンと残されている俺の灰皿を指差した。灰皿には未だ血がついているが、俺が触った部分に俺の手形が残っていた。
「…結局死んでるんスか?」
俺はなんだかめんどくさくなってきていた。いまいちハッキリしない俺の状態に。ルネ姐さんも理解ができない俺にだんだんといら立ってきているんだろう。受け答えも雑になってくる。
「だからァ!今アンタにアタシが精神体になって繋がってるンだよ!つながったアタシから地脈にあまねく地母神の生命エネルギーをアンタにガンガン流し込んでるンだ!生きてるんだよ!」
「そうなんスか。生きてるんスか。」
俺はもうどうでもよくなってきたので、何となくわかった振りをしておいた。ルネ姐さんもまだ俺がわかってない事を薄々感じているようだが、もう詳しく説明する気はないようだ。
そうこうしている間にも、俺たちをすり抜けてゾンビ達が城門に突撃し、奮戦する鈍牛のような大男を寄ってたかって切りつけていた。
俺は鈍牛が苛められてるように思えて、なんとなくムカついたので手近なゾンビをぶん殴ってみた。しかし、俺の拳はゾンビをすり抜けてブンブンと振り回されるだけ。全く手ごたえがない。(ちなみに聖なる灰皿に触って蒸発した両手は姐さんに言われて生えてくるイメージをしたらピッコロ大魔王のように『ずりゅっ』と生えてきた。)
「干渉できるって言ってたっスけど…出来ねえっスよ。やっぱ死んでんスか?」
姐さんはまたもや生き死に論争を開始し始めた俺に『あぁぁ!もう!この分からず屋!』と一通り悶えると、ぶっきらぼうに
あんた中間体。
物理的な体ない。OK?
体ないから物触れない。
でもアンタが慣れ親しんだものなら生命エネルギーで触れる。
その辺の剣とかでも3日ぐらい上に座ってれば振れるんじゃアないかな?
あァ、生きてる時にしばらく触れてたものならすぐに触れるかも。
さっきの灰皿みたいにねェ。
と機械的に教えてくれた。
どうやら、死ぬ前に何回か触った事のあるモノしか動かせないらしい。
ためしに灰皿をつついてみたが、確かに突くと灰皿はぴくぴく動く。つつく度に俺の指が消し飛ぶけど。どうやら、中間体という俺の体は闇属性?なのか聖なる血は弱点みたいになってるようだ。灰皿を使ってゾンビを叩くのは無理なようなので、せっかくのチート武器だが泣く泣くあきらめる。
だったら他になんか持ってた武器あるかな…と辺りを探すが何もない。というか、そもそも悲しい事に生前の俺の武器はなぜか灰皿しかない。白菜の部隊に参加させられたとき、ザナドゥさんは鎧を貸してくれたのだが、白菜は俺に武器を持たせなかったのだ。なんと奴は俺を丸腰で戦争に送ったのだ。多分、奴は冒険者など灰皿で十分と思っていたのだ。
それで俺はしょうがないので崩れた櫓の方に戻る事にした。さっきまで櫓の梯子にしがみついていたから、それで殴る事にしたのだ。鈍牛にたかるゾンビどもを。…別にゾンビを殴る事が目的じゃないような気もするが、やりかけた仕事は終わらせないと気持ち悪いのだ。
崩れた櫓に近づくと、白菜はまだ櫓の下で眠っていた。ひょっとして死んでるんだろうか…?さすがに怖くなり、崩れた櫓に顔をずるっと突っ込んで、下で眠る白菜の様子を伺うと、ちゃんと息をしていたので安心して周囲を探る。
すると、白菜から少し離れた場所に、崩れた櫓から這い出るようにどこかで見たような顔のおっさんが飛び出しているのが見えた。おっさんは首が『万国びっくり人間ショー』でも曲げれる人間がいないほどの角度であらぬ方に曲がっており、その上、胴体からは肋骨が丸太を掴むように飛び出しており、口からは血反吐をまき散らしていた。その上胃の部分が上に乗っている丸太で圧迫されているのか半分溶けかけた野菜くずやミンチ肉が血反吐に混ざって周囲にまき散らされているのが醜悪さを際立たせていた。
「うわぁ気持ちワリィ!えんがちょ!」
そう言って、その場を離れる俺。
「本当にねェww」
と面白そうにルネ姐さんも気持ち悪いおっさんの死体から離れる。
すると、その時。俺たちの後ろでガラガラと音をたてて積み重なった丸太が崩れていった。
何事かと思い、そちらを見ると、白菜が目を覚ましたのか、幽霊のように立っていた。一瞬、白菜も俺たちの仲間入りをしたのかと思ったが、残念ながら生身のようだ。
がっかりしながらも、白菜が気になり、見ていると、奴は服の埃を払い、辺りをきょろきょろと見回すと、ソルドが駆けて行った城門の方角をしっかりとみて歩みを進め始めた。
俺は、焦った。倒れる櫓を食らってもまるで無傷の白菜に。
奴がソルド達に追いついてしまったら、死んだ(死んでない?)俺の犠牲が無駄になるのだ。
俺は白菜にとびかかって、フルパワーで殴りまくった。
しかし拳は空を切り、キックは白菜を動かすことなく貫通してしまう。
でも、俺は白菜への攻撃を止めることなく、歩く白菜を殴り続けた。
そうして、そのまま歩く白菜につられて動く俺だったが、少し歩いたところで地面に落ちてた何かにけっ躓き、俺は派手にコケタ。
何事かと起き上がり、見ると、俺はさっきのおっさんの死体に躓いていた。
俺に蹴飛ばされたおっさんの死体は偶然、そのまま力無き両腕を白菜にまとわりつかすような格好になっており、その姿を見た白菜は明らかにプッツンしていた。顔はひきつった笑顔で、キチガイのような笑い声をあげている。よっぽど嫌いな奴だったんだろうか。
激怒した白菜は半身を丸太の山にうずめたおっさんの死骸を持ち上げた。
俺はなんとなく、おっさんの顔をどこかで見たような気がして、とても気になっていた。どうせ白菜には見えないからと近づいておっさんの顔を見ようとしたが、吊り上げられたおっさんのぶらぶらと揺れる手足が、俺にぶち当たって邪魔なので振り払っていると、それが白菜にポコポコと当たり、白菜は更にキレていた。
その時、怒りでぶるぶると震える白菜の振動が伝わり、おっさんの首がこちらを向いた。真正面を向いており、ぼさぼさの薄毛がとても印象的だった。その時、俺はおっさんをどこで見たことがあるのかをはっきりと思い出したのだった。
⇒To Be Continued…
最近、鏡に変な人が映るんです。
ってフレーズ思い出した。