勇気ってかっこいいって事じゃアない
――上空から見る俺―――
土煙が引くか引かないかぐらいだった。ものすごい勢いでソルドが駆け出した。しばらくすると土煙は晴れた。地面に膝をつくソルドの手の中にボロボロのウォードの姿があった。ウォードはピクリともしない。彼の周りには身に着けていた派手な装飾でぶかぶかだったあの鎧が砕けて幾片もの破片となって散らばっており、卵の殻みたいだった。
卵の殻は所々、いや大部分が血で赤くなっており、まるで孵化する直前の卵が雛ごと踏み潰された後のようだ。
ソルドがウォードを抱えて立ち上がる。
白菜がゾンビをかき分けて、ゆっくりとそこに迫る。
ソルドが子猫を守る母猫のように異常なほどの高音な裏声でヒャーヒャー叫んで白菜を威嚇する。明らかに興奮して、もういつもの陽気なあいつじゃない。友達が死にかけて必死なんだろう。
彼らは何日か一緒に暮らしただけの俺でも二人の互いへ信頼感がよく分るほどの仲好しだった。だからソルドがそんな風になってしまう気持ちが手に取る様にわかった。
ただでさえ、俺はさっきからゾンビに囲まれた中で白菜にいたぶられていた細身のウォードを見ていた。彼はすぐにでも折れてしまいそうでハラハラして、必死に身を守る姿がかわいそうで、それを見て俺は半泣きだった。その上、さらに心と体がずたぼろのコンビをみて、もう感極まって涙が止まらず、ぐしょぐしょになっていた。
白菜はゆっくりと近づく。
ソルドは持っていた鎌を思いっきり投げつける。
白菜は高速で回転しながら飛ぶ鎌を剣を持ってない左手で、柄をパシリと掴み、そのまま横に投げ捨てる。
やめろよ。もう近づくなよ白菜。そいつらいい奴なんだぞ。ソルド嫌がってるじゃないか。
俺の心はもう完全にソルドの気持ちに一体化していた。ソルドが何を考え、何を大切にして、今どういう気分なのか。その心の動きが痛いほどよく分った。多分、国語のテストで『今のソルドの気持ちを50文字以内で述べなさい』(20点)って問題が出されたら、清少納言より当意即妙な答えを書けたと思う。間違いなく。
白菜が二人にどんどんと近づく。
近づくうちに、俺は白菜が憎くなった。
だからいつの間にか持っていた灰皿を思いっきり白菜に投げた。
俺の憎しみのパワーは予想以上に強かった。白菜に向かって投げられたはずの灰皿は非力な俺が投げたのにもかかわらず、残念なことに予想以上に軽やかに回転して飛んで、身から滴る血をブルンブルン振りまきながら白菜の頭上をフリスビーのように通り過ぎて行った。でも、もし灰皿が白菜に当たっていたとしても、あんなに強い白菜には効果があるとは考えられなかったけども。結局、灰皿は血をまき散らしながら飛んで、白菜の後をゾロゾロと歩くゾンビの群れの中に消えて行った。
俺は悔しかった。
自分の力の無さに。
そして気づいて嘆いた。
世界は名も知らないだれかが大切にするモノががたやすく壊されうるんだという現実に。
城門に走り込むリア充。
俺の服を盗んでいった浮浪者。
ドキツイ化粧で笑う市場のおばさん。
恋人の墓の前で佇む女冒険者。
その周りに並ぶ何十もの土饅頭。
誰に知られることもなく消えて行った人たちにも、
みんなみんな誰かいたはずなんだ。
誰とも一言も話さなくても、彼らを毎日のように見ていた人がいたはずなんだ。
大切にしていたモノもあったはずなんだ。
それがふっと失われてしまうんだ。
煙のようになくなって、いなくなってしまうんだ。
道端で車に引かれた野良猫のように。
いつの間にかどこにも見えなくなってしまうんだ。
それが起こるのが、今回はソルドだった。
ただ、それだけだと気付いて嘆いた。
悔しくて、ボロボロと涙が流れた。
そうしたらふと、エリーを思い出した。
あの子がビクビクと怯えるだけの俺を気遣って、気丈に階段を下りていく姿をなぜか今、思い出した。
ぐらりと櫓が風で揺らいだ。吹き飛ばされたウォードが支柱を一本ぶち抜いて行ったので不安定なのだ。
慌てた俺がバランスを取ると、櫓はゆっくりと俺の体重に合わせ、傾きを変える。俺が右なら櫓も右に。俺が左にゃ櫓も左に。
地上では白菜がルーキーズに迫る。
櫓は揺れる。俺の心に合わせて。ゆうらゆうらと、どこまでも揺れる。
(さァ、どうするんだい。これが、アンタが男になれる最後のチャンスかもねェ。)
頭の中に懐かしい誰かの声が聞こえる。
どうするもこうするも。
景色は揺れる。子供のころのブランコよりはるかに、遥かに高い位置で、あの時とはさかさの円を描きながら景色は揺れる。
やる事は・・・
俺のその時、なぜかエリーが俺に初めて会ったときに作ってくれた、オレンジの皮の造花の事を思い出した。
俺は身を櫓に寄せる。寄せてしっかりと櫓にしがみつくと、櫓の梯子をしっかりと握ったまま体を大きく揺らす。
(中途半端にする位なら死ぬ気でヤるんだよ。繋がるのがめんどうだからねェ)
さっきからうるさいな。
頭の中のどうでもいいとでも言いたげな声にいら立ちながらも、俺は櫓を揺らす。
櫓はゆれる。ゆれて揺れて、臨界点を超える。傾きが取り返しが効かない角度を過ぎる。
躊躇う暇もなく、櫓は軋む。軋んだのちに速度を上げる。
俺は振られる。櫓を揺らした俺が、今度は櫓に振られる。
櫓は男を巻き込んで、その体を銀色の老剣士に打ち付ける。
驚く白菜の顔が見える。白菜の立つ大地が天空にいる俺を押しつぶすかのように迫ってくる。
(あァ、ようやくだよ。どうせならエリーが連れてかれる前にして欲しかったねェ。)
頭の中に響くその声を最後に、俺に意識はコンセントを抜いたかのようにぷっつりと
ソルドのその時の気持ちを50文字以内で述べたい奇特な人がもしいたらガイアの活動報告でやろうかなとか思う。
でも、ガイアは採点とコメント返信は多分しないです。
俺のステータス
【基本職】ニート 【サブ職業】Null
腕力 Null
体力 Null
器用さ Null
敏捷 Null
知力 Null
精神 Null
愛情 Null
魅力 Null
生命 ――(接続が確認できました)
運 Null