シスの分水嶺
去年、ガイアは久しぶりに就職していろいろあったけど
中小企業の社長とかって、すげえ苦労してんだなって思った。
中でも、ガイアの先輩がすげえミスした時に
所長が不機嫌ながらも黙って粛々と完成させようとする所とか見て。
後で「所長ってなんでいつも怒らねえんスか」って聞いた。
そしたら、
「怒っても仕方ねえじゃねえか、やっちまったもんはよ」
って『不機嫌そう』に言ってたのが印象的だった。
それまでガイアの上司って純粋にサラリーマンだったから
本当の意味での『最終責任者』ってあんまり見なかったんだよね。
まあ、大企業の管理職とかも別の方向で大変だとは思うけどね。
新年だし、なんかいい事言おうと思って
そんだけ?の話。
「敵襲ッ、敵襲ーッ!!」
その声が聞こえた時、オーマたちは相変わらずに寝室でだらだらとくつろいでいた。シスはもうすっかり配下として人心掌握が完了した騎士に、わざわざ勅命として持って来させたファッション雑誌(写真でなくなんとアンドリューワイエスみたいな写実的な挿絵が印刷してあるもの!変な所でローテクなのだ…)をベッドに寝転びながら見ていたし、オーマはシスと周りに思われてるような恋人の関係になりたくて、彼女の注目を少しでも得ようと姫が使ってた細剣を振るって鍛錬っぽい事する遊びをしていた。
一部の読者にとっては、「何を遊んでるんだよ、早くエリー助けに行けよ糞ニートどもが。話が全然進まねえし、幼女かわいそうだろ。いい加減にしろよ」とか思うんだろうが、はっきり言ってそう思う方は俺らニートを…というか人間を舐めている。たぶん高校生以下かまっとうな社会人なんだろう。
それと違って、大学生の方(特に文系)ならわかるだろうが、人間周りに強制する人がいないと、怠けてしまう物なのだ。やれ単位は来年取ればいいだとか、講義に出なくてもノート借りればいいやとか。俺には縁がなかったが、サークルの部室で駄弁ってる内にバイトを紹介してもらってそっちに入り浸ったりだとか。そこで知り合った彼女の家に同棲するようになって爛れた生活送ったりだとか。
まあ、何が言いたいかっていうと、下手に真面目にやろうとすると俺の学生時代みたいにチャラ男とかに利用されるだけに終わるんだ。努力する奴が割を食うのだ。そんなくたびれもうけするなら、だらだらと親とか彼女とかに飯つくってもらって寄生して生きる方が得ではないだろうか。絶対にその方がいい。
「それに外に出て行動するなら『姫』様を受け身じゃなくて自分から演じなきゃいけないからね~バレる可能性も高くなるし~」
と剣を振るう手を止めて妄想にふけっている屑ニートの考えを読んだかのように相槌を入れるシス。それに同調するようにオーマが
「そうそう、それにエリーなら大丈夫じゃねえかなって思うんスよね。」
と言った瞬間、シスは弾かれたかのようにベッドから飛び起き、その勢いでベッド脇に立っていたオーマは彼女の足に蹴り飛ばされた。どうやら、途中からオーマの考えは声に出てたようでシスは彼とは違い真面目にエリーを助けようとしていたらしい。
「もー、いけない!ホントに忘れかけてたわ。早くあの子助けないと」
そう言って、いそいそと着ていたキャミソールっぽい寝巻をするすると脱ぎ、下着になったかと思うと、鎧を着るための厚手の服を着始める。その豊かな胸がプルンプルン揺れる様子をオーマがデレデレと見ていると、「あんたも早く支度しなさいよ。」とおもっきり彼の服を投げつけた。
「助けるったって今からッスか?」
わぷわぷと投げつけられた服を顔から引きはがしつつ、質問するオーマ。ちなみに彼はシャツにパンツ姿。まるで先ほどまでキャミソール姿だったシスと『事後』のようにも思えなくもないが、いかんせんヘタレが染みついているため未だに手が出せないでいる。
「そうよ!今すぐに…ってもう遅すぎるくらいよ…」
シスは右手の爪を噛みながらもズボンを左手で器用に引き上げると、そのまま鎧兜をかちゃかちゃと身に着け始めた。彼女の素肌が隠されたためかオーマもノロノロと騎士団の服を身に着け始める。そうしてシスが下半身の鎧を身に着け、オーマがようやくズボンを穿き終わったところで彼はふと重大なことに気が付いた。
「そういえば…さっき敵襲とか言ってなかったっスか…?」
「言って・・・たっけ?」
明らかに自身無げな二人。外に出ているときは『美女と野獣』ならぬ『姫と丁稚』として周りの言動にも気を使っているのだが、寝室でくつろいでいるときは両人とも未だに『城の小間使い奴隷』の意識なのだ。
奴隷なら敵襲と言われても「ああ、そうですか。戦争頑張ってね。あたしら待機部屋で隠れてますねー。あっ戦争後は勝った方に従いますんで。」的な反応でいいため伝令騎士の警報は当然に二人の右耳から左耳にスルーっと聞き流されていた。
「・・・ちょっと、ちょっとちょっと!!」
慌ててオーマたちは寝室から飛び出し、2人して街方面への窓がある書斎に向かう。息をのんで窓から外を覗くと、中庭や兵士の詰め所を超えた向こうにある町との城門付近に何十人もの人が集まっており、マッチみたいな炎や髪の毛みたいなミニチュアのような矢がひゅんひゅんと飛び交っているのが見えた。
「やべえっス!なんか攻めてきとるっス!コレマジもんの戦争っスよ!!」
無能なくせに男ゆえの闘争本能が刺激されたのか。
繰り広げられるミニチュアサイズの殺し合いに興奮するオーマ。
「こんなんに巻き込まれる事だけは避けたかったのに…」
安全を求める女ゆえの逃走本能が刺激されたのか。
ただでさえ溜まりがちなストレスを増幅され混乱するシス。
そのままオーマが考えもなしに「やべえっス!!」と馬鹿みたいに繰り返し続けるのもカチンと来たんだろう。
「あんたがのんびりしてたせいよ!どうにかして逃げる手考えなさいよ!!」
混乱のままにシスはオーマに当たっていた。
「俺がっスか!?俺のせいっスか!?」
混乱しておどおどするオーマ。彼は『シスさんだってさっきまでベッドに転がって雑誌を読むなどサボっていたのに・・・』とチラリとは思ったのだが惚れた弱みが何とやら。結局何も言えずにそのまま黙り込んで一生懸命に何かを考え始めたのだった。
――――――――――
(ゴメンね…)
私はオーマに心の中で謝った。もちろん、私は彼が悪いと思ってるわけではない。これはいつからか、自分の中に毒物を注入されたかのように出来てしまった【悪癖】なのだ。
昔、悪人になってでも大切な者を養おうとした気負いが原因なのか。
そうして守ろうとした者が実にあっけなく奪われた事に対する怨嗟か。
それとも、何も知らなかった愚かな自分自身への怒りか。
(私は、自分の手に負えない事が起きると、自分をどうしてもコントロールできなくなっちゃう)
身体を酷使してようやく得れる収入を無法者に暴力で奪われようとした時も。
それに、アニャーナが結果的に仲間の生活を脅かすような行動をした時も。
理屈では不利とわかっていても、他に方法があるとわかっていても、どうしても自分の中にある『癇癪玉』を破裂させなくてはまともに話すことも難しくなってしまうのだ。刃向って、暴れて、『正しい』状態にしようと無茶苦茶なことをしてしまうのだ。
その結果が自分の左頬を流れる切り傷だ。
その結果、あの時、あの子は私の手を握らず、男の手を選んだんだ。
そう考えたら、なんだか悲しくて、今の状況もどうでもいいように思えてきて。
ふと気づくと、私は反論するわけでもなく、悪者になってくれたオーマのおかげで、随分と冷静さを取り戻していた。
もう一度、落ち着いて窓から城門の方を見てみた。
その時、城門から今まで見たことのないような真っ白な光の筋が城に向かい放たれた。
その軌道上にいた騎士が体を貫通され、光が消えた後ゆっくりと地面に倒れ込んでいった。
その様子を見ていたら、言いようのない怒りが沸いてきた。
それは昔、妹を殺した流行り病の時とは違い、明確な対象を見つけ、私の中で狂い悶えるように喜んでいた・・・
少し歪んでるシスが好きです。