変わらない本質。
前回のあらすじ
シスさんが拷問に耐えたけど顔を切られた。
ニートは拷問される前に全部バラした。
なんか、違う人たちが城の中を探ってた。
そしてガイアは久しぶりにSFを書いてた。
そんな感じだった。
血だらけのシスさんと、ボーっと呆けたような表情のエリーと一緒に、俺は姫を先頭とした騎士たちにそのまま連れて行かれた。連れられてきたのはかつて俺が召喚された城。
どうやら、姫たちは城を占拠していた謎の騎馬の集団だったらしい。
位置的には、姫&白菜爺を先頭にゾロゾロと歩く騎士の後を、縛られた俺らが歩いている格好。彼らにとって重要なのはどうやらエリーであるらしく、エリーのそばには騎士が固まった状態だ。ちなみにシスさんの横には若い騎士が一人。俺にはノーマークで監視さえついていなかった。どうやら、いなくなっても困らないと思われているようだ。
さらには、シスさんたちは両手を前で縛られて犬のリードのように引っ張られているだけだが、俺はヤクザにバールに繋がれたそのままの姿だったため、非常に歩きにくい上に、引っ張ってくれる騎士もいない。たぶん、彼らも俺が遅れたら遅れたで置いてきぼりにするつもりだったんだろう。
よく考えたら、俺たちは捕まっているのだから、俺は置いて行かれた方が戦略的にはいいのかもしれない。しかし、エリーやシスさんと離ればなれになってしまったら、もう二度と会えないような気がして、俺は必死で集団の後を追った。はたから見ると、捕まりたがっているようで滑稽かと思うかもしれないが、俺は無我夢中で追いかけた。何度も躓いては転んで、その度に足だけで起き上がった。
後ろ手に棒に縛られた状態で、起き上がるというのがどれだけ大変か、読者は試してほしい。起き上がろうとすると棒がつっかえるのだ。最初の1・2回は起き上がるのに2・3分はかかった。このときは、だんだん遠ざかっていくエリーたちの振り返る顔が小さくなっていくのが、すごく心細かった。
そして、起き上がった頃にはずいぶん遠くで絶対追いつけないと思った。この姿じゃ走ることも難しいし。気分はすっかり遠足で迷子になった幼児だった。
しかし、俺が早歩きで集団を追っていくと、いつもシスさんが『ギャーギャー』叫んでは、そばの騎士に難癖をつけて、彼らの足を止めてくれていた。
俺が追いつくころには、シスさんはイラついた騎士に服を引っ張られて、胸を揉みしだかれたりしているため、感謝と惨めさで一杯の気分だった。
そんなこんなで、俺たちは城に着いた。
城に着いてすぐにエリーは姫たちにどこかに連れて行かれた。
連れて行かれる際、シスさんは、エリーが心配でついて行こうとしたが、周りの男に止められた。俺は先ほど姫に踏まれたことで完全に心が折れていて、何もできなかった。
それでも、シスさんはそのままついて行こうしたんだけれども、エリーは子供なりに俺たちに気を使ったんだろうな。
『私はたぶん、大丈夫だよ』
とあの子は言った。
そして、エリーは城の地下に向かう階段を、姫たちに連れられてゆっくりと降りて行った。
その姿は、俺たちを助けるために生贄になるみたいで。
俺は罪悪感で潰れそうになりながらも、あの子が暗い地下に降りていく姿をただひたすらに見ていた。
何年経っても、この時のエリーが階段を降りる振動で、あの子の赤毛がふわふわと揺れた事をふとした拍子に思い出してしまう。
この時、俺は能天気だった。
まだ、この世界を舐めていた。
能天気すぎて、エリーがココでなんかの仕事して活躍すれば、俺たちも助かるかもなんて屑みたいなことを、心の隅でまだ考えてた。
俺は、階段を下りていくエリーが、元気なあの子の最後の姿だという事に、全く気付いていなかった。
―――――――――――――
エリーが連れて行かれると、次にシスさんが男数人に囲まれて、別の場所に連れて行かれそうになった。シスさんは左目の下から耳にかけてナイフで裂かれて、血だらけの顔なのだが、男たちは気にする様子もない。どちらかというとかなりドSな方たちのようで、欲望を満たせればもう顔なんてどうでもいいらしい。
これには、さすがに最悪の結果が予想できるので、俺は止めようとした。
そして、間に割って入ったのだが…案の定ボコボコにされた。
ボロ屑のように横たわった俺の前で、騎士の一人が剣を抜いた。
どうやら、俺の首を刎ねるつもりらしい。
目の前の女に早くむしゃぶりつきたくて、リンチする時間も惜しいんだろう。
さすがにこれには焦った。
殺されそうになった俺はビビって、ビビりすぎて『ごめんなさい!ごめんなさい!』と必死に謝り続けていた。
それでも、構わずに剣を振りかぶる男に俺が泣きわめいていると。
「ちょっと、そんな乱暴しなくても、相手してあげるわよ」
とシスさんが男の首にしなだれかかる様に腕を巻いて、俺の盾になってくれた。
男は、もう俺を見ていなかった。
シスさんは、そのまま男たちに連れられて、どこかに消えていった。
―――――――――――――――
俺は独りぼっちになった。
敵地で捕まっているはずなのに、誰にも構われず、独りぼっちだ。
昨日まではスジ夫と2人でキャバクラで飲んでる暮らしだった。人間の屑のような生き方だったけど、それなりに楽しかった。
その前は、シスさんとエリー、スジ夫と生きるために全力の日々だった。家の外は無茶苦茶だし、生きるために必死で不安でいっぱいだったけど、初めて俺が他人から必要とされた日々だった。
その前には、エリーと女神と三人で、ルネヴェラ姐さんに養われつつも楽しい日々だった。彼女たちには役立たずと思われていたけど、家族みたいに一緒に暮らして、幸せだった。
それが、全部、砂上の楼閣のように壊れてしまった。
壊れた原因が、全部俺のせいに思えて、俺は城の廊下に縛られて横になったまま声を上げて泣いた。
惨めで、情けなくてずっと、『わんわん』と響き渡る声で泣いた。泣いているにもかかわらず、俺は誰にも構われることなく、ずっと一人だった。
そのうちに、爽やかな青年がきた。
彼は俺以上にボロボロの女を引き摺ってこちらに歩いてきた。
俺は何かを期待して、泣くのを止めたが、彼は俺を『ひょい』と避けるとそのまま歩いて行ってしまった。
そのまま、歩いていく青年を見ようと起き上がろうとしたら、バールが体に引っかかって、ロープが引っ張られて隙間ができたのか、手がするっと抜けた。
取れたバールが廊下に転がって『がららん』と音を立てた。
青年は振り返って俺を見たが、俺が自由になっているにもかかわらず、無視して歩いて行った。
自由になった俺は悲しくなって、廊下の壁にもたれて、体操座りをした。
そうしているうちに、この世界に初めて来た時の事を思い出した。一人さみしく、路上で浅野を待って座っていたことを思い出した。
冬の夜はとても寒くて、城の中は電気が通っていたけれども、石造りの廊下はとても冷えていた。近くに木切れが落ちていたので、それを尻の下にひいて寒さを誤魔化した。
体操すわりする俺の前を、何人もの人が通り過ぎた。
薄手の服を『ひっかけた』女。大勢で話しながら通り過ぎる騎士たち。
彼らに救いを求めるような目を向けるが、彼らは全員俺を相手することなく、俺を避けて廊下を通り過ぎて行った。
そのまま、俺は体操すわりで地面を見ていた。
その姿で吐く息がむき出しの両足を温めて気持ちがいい。
それが唯一生きている実感を与えてくれることに夢中になった。
俺は、途中から泣くのを止めて、足に息を吹きかける事だけを続けた。
気づくと、いつの間にか白菜爺が目の前に立っていた。
どうせ爺さんも俺を無視するんだろう。
そう思って、俺は半泣きのまま地面に再び目を落とした。
「…お前は何をしとるんだ」
白菜爺は予想外なことに俺に声をかけてきた。
「えっ…」
突然の質問に迷う俺。
俺は何をしているんだろう。割と本気でわからなかった。
俺は捕まったはずだから俺に選択権はないはずなんだ。
それなのに、捕まえた奴らは俺に何をするでもなく、ほったらかしにしているのがおかしいのである。
そして真面目に考えたのだが、どう考えても俺はどうしたらいいのかわからなかった。それでも、俺の目の前で仁王立ちする白菜爺さんが怖くて、俺は思わず、
「仕事を探してます…」
と呟いた。
昔、引きこもりだった頃、ハロー○ークにちょっとだけ通ったことがあり、その時の面接官に爺さんの雰囲気が似てたことが原因だった。
爺さんは、俺の言葉を聞くと手を取って、俺を立たせた。
そして、そこら辺を歩いていた騎士を2・3人捕まえると、何かを伝えて去って行った。騎士はさっきシスさんを連れて行った奴らだった。それに気づいた俺は、殺されかけたことを思い出して、腰が抜けてその場にへたり込んだ。
そして怯える俺を奴らは担ぎ上げて運んでいき、ある部屋のドアを開けるとそこに放り込んだ。
放り込まれた俺は、しばらく床に叩きつけられた衝撃で目を白黒させていた。
そして、疲れと寒気も合わさり、薄れそうになる意識の中。
俺は
『大宮!お前大宮じゃないか!』
という、懐かしい声を確かに聴いたのだった。
取り立てて、能力・持ち物の変化はありません。