婚約破棄された妹の話
主人公のセドリックはツンデレ眼鏡
妹のミレイユはツンデレツインテ
婚約者のフィオラは儚い系鋼です
婚約破棄された妹の話
「どうして、どうしてよぅ」
そう言って泣き崩れる妹の姿に、セドリックは眉間にしわを寄せた。
妹――ミレイユの婚約者だった男は、あろうことかミレイユと婚約破棄したかと思ったら、男の手を取り、彼と暮らす道を選んでしまったのだ。
正直、彼の気持ちは分からないでもない。
母から溺愛され、蝶よ花よと育てられた妹。文武両道。容姿も申し分なく美しい。鮮やかな金色の髪に、大きなピンク色の瞳。顔のパーツはどれも整っており、それが完璧な配置で顔を描いている。引き締まった体型だが、肉の付くべきところはしっかりついており、どんなドレスでも着こなしてしまう。
それこそ、美しすぎて着用者を喰ってしまうと言われたドレスですら、彼女を彩るための存在へと変わった。
そんな彼女に見初められた男は、とても幸運だと言われて――いた。
美しく才能あふれる妹には、当然欠点がある。
それは、素直になれないということだ。
これはセドリックにも、ミレイユの下の弟にも表れた特徴。聞けば母も若いころはそうだったというのだから、血筋であることは間違いない。
愛を素直に伝えられないなら、見捨てられても仕方がない。
けれど、ミレイユはそうは思わなかった。
ほかならぬセドリックと彼の婚約者が、彼女の恋愛観を歪めてしまった。
この件は自分にも少しだけ責任があると、セドリックは胸を痛める。
ろくに愛情表現ができないどころか、突き放すような言葉を向けても、彼の婚約者であるフィオラはセドリックのそばから離れなかった。その上、ミレイユを溺愛する母が『あなたの素直になれない性格は愛嬌よ。だって、完璧だったらつまらないじゃない』と甘やかした。
その上で婚約者の兄とその嫁が、気弱な夫と夫を引っ張る強い妻という図だったから、さらに彼女の恋愛観はゆがんだ。
自分は優れた人間だから、気弱な婚約者の手を引っ張らなければいけない。そして、婚約者は素直になれない性格を理解し、そばで支えるべき。
ミレイユには決定的なことが見えていなかった
婚約者の兄夫婦は、互いに愛を語らうことを恥と思わない。たとえ単純な言葉でも、相手を『愛している』と伝えることが多い夫婦だ。
そして、素直じゃない性格のセドリックも、それを自覚して見えない努力をしていた。紙の上なら少し素直になれると気付き、最初はフィオラの好きな花にメッセージカードを。
その次に便箋三分の二ほどに、遠まわしな愛の告白を。そうして続けていくうちに週に一度は、甘ったるい愛の手紙を、フィオラに送るようになったのだ。
――恥ずかしいからと、ミレイユにそのことを話さず、ただ『もう少し素直になったらどうだ』と言うにとどめた。あの時、手紙のことを話していれば、未来は変わったのだろうか。
涙を流す妹を見る。本当に、彼のことが好きだったのだろう。
慰めるように頭を撫でれば、振り払われた。
それに怒ることなく、セドリックはミレイユが泣き止むまで、彼女のそばにいることを決めた。
そもそも、セドリックが道を間違ったと思うことはほかにもあった。
セドリック達の母と婚約者の父は血のつながらない兄弟。そして、一時期は恋人同士だったという。それを知った当時の血のつながらない祖父は、怒り、二人の仲を引き裂いた。
その後なんだかんだ良縁に恵まれたものの、二人は、あの時の恋心を持て余していた。二人とも配偶者を愛しているのは事実だろう。けれど、恋をしていたのは、お互いだけだった。
セドリックは、決定的なところを見ていないものの、うすうす二人の関係に気付いていた。その時は『政略結婚をした貴族だし、愛と恋は違うものだし、そういうこともあるだろう』と見ないふりをしていた。それがいけなかったのだ。
二人は、ゆがんだ形で自分たちの恋心を成就させようとしていた。
自分の子らを、結婚させるという形で。
そんな歪んだ思想に染まった母に溺愛され、いつも母にべったりだったミレイユ。ゆがんだ恋心を、婚約者に抱いても仕方がないだろう。
彼女の婚約者は、気弱な青年だ。そして、相手の気持ちを察することはできでも、言葉にして欲しいと願うタイプだ。はっきり言って、あの素直じゃないミレイユと相性が悪い。
そのことに彼女は気付くことができなかった。もっと婚約者のことを見ていれば、気付けたかもしれないのに。
気弱な彼は、一つ年上で何でもできるミレイユのことを尊敬していた。けれど、彼女の要求が日に日に負担になり、本心とは逆の言葉に傷ついた。
「私の婚約者なんだから、もっと頑張りなさいよね!」
「まったく、私がいないとダメなんだから」
「べ、べつに、あんたのことが好きってわけじゃないんだからね」
「そんなこと言うなら、婚約破棄してやるんだから!」
そんな言葉を連日浴びせられた婚約者は、ある日限界が来て、何度目かの『婚約破棄してやるんだから』に頷いた。
それからあちらの家で、彼が勘当されたとか、例の恋人のもとに転がり込んでいたのだとか、いろいろあったが、結局彼は、ミレイユと道を分かつことを選んだのだ。
「私、何が悪かったのかな。もっと優しくすれば、彼は私の元を離れなかった?」
ミレイユの言葉に、セドリックは残酷な事実を告げた。
「そうだろうな。だから、少しずつでいいからその《好き除け》を、なおせといったんだ」
その言葉に、ミレイユはまた大声で泣く。
セドリックは、彼女の涙が枯れるまで、そばにいた。
翌日、フィオラが訪ねてきた。
「セドリック様、ミレイユ様は?」
「まだ寝ている」
「そう、ですか」
フィオラは少し居心地が悪そうに周囲を見回した。
「なんだか、今日は随分静かな気がします。
「すまない。連絡が遅れた――というか、連絡をする暇がなかったが」
セドリックは居住まいを正しながら言った。
「父と母は、この屋敷にいない」
「え?」
「領地の端の、別荘で療養している」
正確には、《療養しているということになっている》
ミレイユの婚約破棄騒動でミレイユ以上に発狂したのは母だ。セドリックは彼女のそんな姿を、見たことが無かった。――いや、そもそも母の姿をよく見たことは、無かったのかもしれない。物心ついたころから、ミレイユにつきっきりだったから。
そんな彼女を落ち着かせるため。無理矢理にでもミレイユの婚約破棄を無効にしようとしていたため、父は母を連れて別荘へ向かった。
かなわなかった恋に縋りつく母の目を、何年かかっても覚まさせるつもりらしい。その関係で、当主交代が早まった。
――正直、妹が婚約破棄されたすぐ後に言うことじゃないが……
ぐっと拳に力を入れる。
「フィオラ、当主になる予定が早まったから、その、早めに結婚したい」
――ちっがーう!! そうじゃない。そうだけど、そうじゃない!!
表面上は無表情のまま、セドリックは心の中で頭を抱えた。素直じゃない口は、こんな時も思うように言葉を紡いでくれない。
セドリックを見て、フィオラはクスリと笑う。
「セドリック様のことだから、私からプロポーズするまで『結婚して欲しい』なんて言葉を言えないと思っていました」
「……」
正直、この事件が無ければ、その通りなので何も言えない。
フィオラは居住まいを正す。
「ところで、なんで、結婚したいんでしたっけ?」
おとなしそうな顔に、柔らかな笑顔を浮かべて言う。セドリックは『当主になるため』と目をそらしながら答えた。
「あら? そうでしたの? 配偶者がいなくても、当主となっている方はたくさんいらっしゃいますよ」
「その」
「ねえ、どうして私と結婚したいのですか?」
「ええと」
「ふふ、セドリック様のお口で聞かせてくださいな」
「……」
観念した。
「フィオラ。好きだ。結婚してくれ」
「喜んで」
きっと、セドリックは彼女の鋼のような図太さに救われたのだと思う。彼女出なかったら、きっとこうはなっていなかった。
一月後、ミレイユは他国へ留学することが決まった。一度この国から離れて、自分を見つめなおす機会を作ってほしいと、セドリックは思ったのだ。
最初は嫌がっていたが、セドリックの懸命な説得により、渋々といった風で頷いた。
留学しても、すぐに戻ってきてあの婚約者への執着を見せるかもしれない。そうも思ったが、セドリックの予想に反し、ミレイユはなかなか戻ってこなかった。
「きっと、素敵な方に出会えたのでしょう」
フィオラはそう言った。そんな相手ができて、彼への執着心を断ち切ることができていればいいと、セドリックは思った。
数年後、届いた手紙には、彼女の研究が実を結んだこと、そして人々の生活が今より少し良くなるかもしれないということが書かれていた。
最後の一文を読んで、セドリックは背筋が冷えた。
彼は、人のためになることをする人が好きだと言ってくれた。これで、私のことを見てくれるかな?
彼女が執着を断ち切る日は遠いようだ。
間違った道を進んだ人のそばに、その人と似ているけど選択を間違えず幸せルートを手にした人を置くと、味わい深くなると思います




