第1章 この川辺で暇をつぶすだけの青春があってもええんちゃう?〜⑨〜
石嶺和子から、ゼミでの活動や就職活動などに関する小言を言われた日から、数日が経ったある日―――。
その日もバイトが始まる前の時間潰しにその場所に立ち寄ると、いつもの場所には、オッサンとともに見慣れない大柄な人物が立っていた。
「おっ、今日も来たな王子さま。今日は、キミに紹介したい人がおるねん」
オッサンの一言に、ついつい、いぶかしげな表情になってしまう。なぜなら、オッサンの隣に立つ見慣れない大柄な人物は、アフリカ系の肌の色でプロレスラーのような体格だったからだ。
「こちら、バルボンさん。大道芸のベテランで、オレらの師匠みたいな人や」
「星野です。よろしくお願いします」
オッサンの紹介につられて右手を出し、大柄な人物に手を差し出すと、相手は流暢な日本語で語りかけてきた。
「キミがホシノか〜。よろしゅうな〜」
流暢な日本語どころか、めちゃくちゃナチュラルな関西弁だった。
「ナチュラルな日本語で驚いたって顔してるな? バルボンさんは、オレらが生まれるよりも前から、日本に住んではるねん」
「せやな〜。キューバから来て、もう70年近くになるかな〜?」
「すご! それで、日本語……いや、関西弁もペラペラなんですね? バルボンさんは、オッサンたちのお師匠さんなんですか?」
「いや、そんな大したモンやないよ〜。長いこと大道芸やっとるから、ヨシ坊の事務所の人に、『若手の芸人たちに舞台に立ったときの心構えとかを教えてくれ〜』言われて話をしてるだけやねん」
「はあ、そうなんですか……」
我ながら、気のない返事をしてしまったと感じるが、どうも状況が良く飲み込めないので、オッサンに小声でたずねる。
「オッサン、どうして、この人をボクに紹介しようと思ったの?」
「ん? めちゃくちゃ面白い人やからや。正真正銘のプロやから、大道芸も必見やで」
「じゃあ、どうして、そんなスゴい人が、平日のこんな所にいるの?」
ボクの声が耳に届いたのか、オッサンの代わりにバルボンさんが答える。
「今日は、今月のイベントで使う場所の打ち合わせと下見に来たんや。せっかく、知り合ったんやし、聞きたいこと何でも聞いてや〜」
初対面のオレにも柔和な笑顔で接してくれるバルボンさんは、来日したという時期から考えても、かなりの高齢だと思うのだが、優しいお爺さんというか、オッサン以上に気さくで話しやすい印象がある。
「あの、それじゃ、オッサン……佐藤さんと元相方さんのことを聞きたいんですけど、イイですか?」
ボクの声に、オッサンの眉がピクリと動く。
「なんやねん、そんなことのためにバルボンさんを紹介したんやないのに……」
「ヨシ坊、エェんか?」
気をつかうようにたずねるバルボンさんに対して、
「まあ、好きにしたってや……オレは、ちょっと用を足しに行って来るわ」
と言い残して、オッサンは、その場を立ち去った。これまでも、相方さんのことをたずねようとすると、なぜか露骨に話をそらしたり、語りにくそうな表情をするオッサンの言動は気になっていたのだが―――。
他に、当事者以外にオッサンたちの過去を少しでも知ってる人に巡り会えたことは幸運だった。
このことを幸いに、ボクはバルボンさんにあらためてたずねる。
「いまはもう、キング・オブ・ドライバーとしての活動はしてないみたいなんですけど……オッサンの相方って、どんな人だったんですか?」
「ユウ坊のことか? ヨシ坊とは、ハイスクールからの付き合いって言うてたな〜。家にはあんまりお金がないって言うてたけど、ハイスクールを卒業したあとは、どこか、エェとこの大学に入学してたらしいわ」
「そうなんですか!? それじゃあ、どうしてお笑い芸人に?」
「さぁ、そこまで詳しくは聞いてないけど……どうも、家庭の事情で大学を辞めないといけなくなった、とか言うてたかな?」
「それで、オッサンとコンビを組んで芸人に?」
「まあ、コンビを組むまでもウヨキョクセツ? あったらしいけど、そんなところみたいやね。コンビ名は、二人が好きな映画から取ったって言うてたな。『キング・オブ・コメディ』と『タクシードライバー』やったかな?」
「あぁ、それで、あんなコンビ名だったんですね? ボクは、てっきり自動車レースのファンなのかと思ってました」
「いや、それは無い無い! ヨシ坊もユウ坊も、若いときはクルマの免許を持ってなかったから」
「えっ、そうなんですか!?」
笑いながら答えるバルボンさんにボクが驚いていると、
「そうやで……どうも〜! キング・オブ・ドライバーです〜。こんなコンビ名ですが、二人とも、自動車免許もってません! って言うのが、ヨシ坊たちのネタのつかみやったからな〜。このツカミも、ボクが、『二人ともドライバーライセンス持ってないのに、なんで、レースチャンピオンみたいな名前やねん!』ってツッコミを入れたから出来たんやで」
と答えて、また、ニコリと微笑んだ。
なるほど……こうして、第三者から話を聞くことで、少しずつ、オッサンたちのことが分かってきた。
しかし、オッサンの相方だったというユウ坊こと今井裕太郎さんは、家庭環境に恵まれなかったり、カメラに向かってピストルを構えたり……。
「まるで、映画の『ジョーカー』みたいだな……」
そうつぶやくと、ボクの背後から突然ドスの聞いた声がかけられた。
「なんや、それ? 裕太郎のことか?」
不意をつかれるようなかたちで、オッサンからかけられた言葉に驚き、ボクが「いや、それは……」と口ごもると、
「オレのことは何を言うてもイイけど、あいつのことだけは勝手にわかった気になるなよ!?」
と、いつもはヘラヘラとした緩みきった表情をしている中年男性が、睨みを利かしたような表情で凄んでくる。
「まあまあ、ヨシ坊……若い子にそんな顔したらアカンで」
バルボンさんのとりなしに、「そうですね……」と言って、オッサンは緊張を解く。
そして、
「それじゃあ、ボクはバイトに行くんで。バルボンさん、お話を聞かせてくれて、ありがとうございました」
と立ち去ろうとするボクに、オッサンは、
「まあ、すべての国民には個人として尊重され、自分らしく生きる権利があるってことや……『ジョーカーという誠実な絶望を汚す奴は許さない』これは、よう覚えといてや」
という言葉を投げかけてきた。
ボクには、その言葉が、妙に印象に残った。




