第1章 この川辺で暇をつぶすだけの青春があってもええんちゃう?〜⑧〜
オッサンと知り合って、10日ほどが経った頃―――。
今日も、講義が終わってバイト前に、カリヨンガーデンの石段のところに行ってみるか……と、教室で荷物をまとめていると、ボクに声をかけてくる女子学生がいた。
「なあ、星野。今日、バイトが始まるまで、ちょっと時間ある?」
話しかけて着たのは、同じ学部の石嶺和子。ボクと同じ学年の三回生(余談だが、関西では大学生の学年のことを◯回生と言う)で、ゼミも同じ上田ゼミだ。
「ゴメン! バイト前は、ちょっと外せない用事があるんだ」
本当は、いつものようにオッサンと下らない会話に興じることくらいしか用事はないのだが……。
これまでの経験上、石嶺と関わるとロクなことが起こらないので、ボクは、急いでいる風を装って、そそくさとキャンパスをあとにして、モールに向かうことにした。
石嶺和子は、真面目だし、はたから見れば良い学生だとは思う。
ただ、ゼミのリーダーに立候補したかと思えば、彼女はやたらとボクに対して、「一緒にゼミの仕事をしよう」と話を振ってくるのだ。
春先のゼミ懇親会の幹事やグループ発表で同じ組になったときの資料集め、夏休みの合同勉強会の連絡係をさせられるくらいまでは良かったが、卒業前のゼミ旅行の集金係に任命されたところで、そろそろ、ボクも手に負えない、となってきた。
「他のゼミ生にも仕事を振ってくれよ」
と伝えても、石嶺は、
「他のゼミ生は頼りにならへんし、星野しかおらへんねん」
などと、相変わらず、ボクにばかり仕事を振ろうとする。
就活もある中で、これ以上、ゼミやその他の共同作業の話を持って来られては叶わない―――。
そう考えてボクは逃げの手を打つことにした。
また、なにか学内の仕事を押し付けられるくらいなら、川辺でオッサンと映画やアニメの話をしていた方が、はるかにマシだ。オッサンは、お笑い芸人という肩書きもあってか、年齢の割にマンガやアニメやゲームの情報収集にも貪欲だ。
ボクが薦めた『オッドタクシー』もすぐに配信サイトで視聴したらしく、「王子くん、面白かったで!」と感想を語ってくれた。その日は、バイトの時間まで作品の考察を語り合ったりした。
ゼミの同期生から逃れるべく、キャンパスから小走りでモール内のカリヨンガーデンに到着すると、相変わらず、噴水の前の石段に陣取っているオッサンは、こちらをチラリと見て声をかけてきた。
「どうしたん? 走って来て……そんなにオレに会いたかったんか?」
ニヤリと笑って語りかけてきたオッサンの言動には、一瞬カチンと来たが、石嶺に仕事を振られるよりはマシだと考えて、石段に腰掛ける。
「ちょっと、同じ学部の女子から逃げてきてんだよ。やたらと、ボクに仕事を振ってきて、しつこいから最近は、なるべく関わらないようにしてるんだ」
「ほぉ〜、女子から逃げるとは、王子さまは贅沢なご身分やなぁ。オッチャン、そんな経験はここ15年くらい、一回も無いわ」
「オッサンもテレビに出てたくらいなんだから、若い頃はモテたんじゃないの? 一般の女子は、タレントさんなら誰でも寄って来るでしょ?」
「自分、女性にエラい偏見もってるな〜。まあ、それは置いといて、若い頃でもモテたのは相方の方やったな。悲しいことに……でも、あいつも、オンナにはあんまり興味を示さんかったな〜」
「そうなんだ? オッサンの相方の今井さんって、どんな人だったの? ネットで調べてもあんまり情報が出て来ないんだけど……もしかして、今どき、SNSもやってないの?」
ボクが何気なくたずねると、オッサンは、「あいつのことは、そっとしておいてやってくれ……」と、つぶやいたあと、
「それより、王子さまは、気になってる女の子とかおらんのかいな?」
と、露骨に話を反らしてきた。
「オッサンさぁ、それ、若者にいちばん嫌がられる絡み方だって覚えておいた方が良いよ? まあ、ボクには都月とお香ちゃんって推しがいるから、今のところ、付き合いたい女子とか、そういう存在は居ないけどね」
ボクは、そう言って自慢の推しの画像をスマホに表示させて、オッサンに見せる。
都月とお香。首都圏を中心に活動する地下アイドルで、アイドルグループ・リリーマーガレット(略してリリマガ)の元メンバー(所属当時は遠藤ルナという名前だった)。
リリマガ時代から、ボクの最推しの存在でもある。ただ、とと香(彼女のニックネームだ)について語れば、オッサンの阪急ブレーブス愛にも勝るとも劣らないと自負するボクの情熱に、目の前の中年男性は、冷水を浴びせかける。
「ふ〜ん、まあ、アイドルやってるくらいやから、可愛い娘やとは思うけどな……でも、その年齢で推し活に熱を上げるなんて勿体ないやろ? 『嘘はとびきりの愛なんだよ』なんて天才的なアイドル様の言葉を間に受けてるんか? 大学生といえば、女の子といちばん仲良くなれる時期やん」
「『推しの子』のセリフを引用しなくて良いから! それに、身近な女子と仲良くなるとか、そういうことは、どうでも良いんだよね。オッサンだって、子どもの頃は、阪急ブレーブスを熱心に追ってたんだろう? 『推しは推せるうちに推せ!』ってこと。ボクは、とと香に青春を捧げても良いと思ってるんだよ!」
「まあ、若いうちは何かに情熱を傾けるのも悪くはないと思うけどな……キミの後ろで怖い顔して突っ立てるお姉ちゃんのことも、たまには気に掛けたりや」
オッサンの言葉に振り返ると、そこには、腕組みをして仁王立ちをしているゼミの同期生がいた。
「ゼミの大事な話があるから声かけたのに……外せない用事っていうのは、こんな冴えないオッサンと推し活について語り合うことやったんや?」
その形相に、「いや、これからバイトがあるからさ……」と、ボクはまた逃げを打つことにした。
翌日、石嶺和子からネチネチと小言をもらうことになってしまったのだが……それは、また別のはなしである。




