第6章 つかしんへようこそ〜⑨〜
「日曜日の午前中に、ネタを披露させてもらおうと思います。僕らが稽古場にしているスタジオがあるんで、そこまで来てもらえますか?」
佐藤さんに告げられた内容を了承した私たちは、日曜日に娘と夫をともなって、ダブルジェネレーションが漫才ネタの練習しているというレンタル・スタジオを訪れた。
「お待ちしていました、松永さん。今日は、よろしくお願いします」
私たちを出迎えてくれる星野くんに、娘の真美が大きな声で答える。
「撮影をさせてくれて、ありがとうございます。よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をする娘に、星野くんは、微笑みながら、「はい、よろしくね」と応じてくれた。
父親より年上の佐藤さんよりは、年齢が近い星野くんに懐いている真美の一方で、夫はダブルジェネレーションの年長者に声をかけている。
「今日は、娘がお世話になります。プロの方にお時間をいただいて申し訳ありません」
「いやいや……僕らは、コンビとしては駆け出しですから……注目してもらえるだけでもありがたいですわ」
夫の言葉に恐縮する感じで応対した佐藤さんは、若い相方に合図する。
「ほな、準備ができたら始めようか?」
「わかったよ。それじゃあ、真美ちゃん、ボクらはこのペットボトルの位置をマイクに見立てて、あの大きな鏡に向かってネタの練習をするからね。鏡の前でタブレットを構えてくれる?」
「は〜い」
星野くんの指示に、元気良く返事する娘の声を受けて、ダブルジェネレーションの二人は、舞台袖の位置に当たる鏡に向かって左側の場所に移動する。
「じゃあ、録画開始ボタンを押す準備が出来たら声をかけてね」
「は〜い、それじゃあ、本番5秒前、4、3、2、1……スタート!」
私と夫が、ペットボトルから4〜5メートル離れた斜め前の位置で見守る中、真美は、掛け声と同時に、タブレットの録画ボタンをタップした。
佐&星「どうも〜、ダブルジェネレーションで〜す」
佐「僕らダブルジェネレーション言いまして、48歳のオッサンと……」
星「20歳のコンビでやらせてもらってま〜す」
佐「まあ、こんな感じで、僕らみたいに親子ほど年齢が離れてるのにコンビを組んでると、色々とジェネレーションギャップを感じることが多いんですよ。たとえば、チャンネルを回す、動画を巻き戻すみたいな言葉が通じない」
星「それを言うなら、『デフォでお願いします』『リプを飛ばす』みたいな言葉は、オッチャンたちには通じないよね?」
佐「こうやって、日々、お互いに通じない言葉を言い合って、驚いてるんですよ。あとは、若者に通じないと言えば、この年齢になって感じる身体の不調やね。健康診断の結果も、気になってくるし……」
星「ねぇ、こんなふうに中年の人からは、健康状態に関する不安を聞くことが多いんですよ。ところで、ボクも20歳になったんですけど……せっかく、成人になったし、この機会にマラソンに続く新しい趣味を始めようと考えてるですよ」
佐「ほう? マラソンに続く新しい趣味って、なんか具体的に考えてることあるの?」
星「うん……就職活動も近いし、より体力がつくようにトライアスロンに挑戦しようかと思ってね。ゆくゆくは、有名な大会に出たいと考えてるんだ」
佐「ほ〜ん、トライアスロンの大会? それなら、オッチャンが実況アナウンサーの役やったるから、キミは、参加者になりきってや」
星「えっ、いいの? 今度は、ちゃんと実況してよ!」
佐「いよいよ始まります。『第1回つかぐち新町トライアスロン大会』! 実況は、わたくし佐藤が担当いたします。さあ、スタートの時間が迫ってまりました」
星「今回も大会名おかしいだろ! なんだよ、その規模の小さそうな大会は!? どんだけ、つかしん好きなんだよ!」
佐「さわがしい星野選手をよそに、スタートが切られました! 最初の競技はスイム! 出場者たちが一斉に水深30センチの伊丹川の水路に飛び込みます」
星「ちょっと待て! 水深30センチって、飛び込んだ途端に全員ケガするわ!」
佐「各選手は現在スイムの真っ最中。一般参加の星野選手は、必死に手を回していますが……前に進んでいるんでしょうか?……あ、今、横をフナの大群が抜き去って行きました!」
星「 魚と競ってねーよ!こっちも必死に泳いでいるんだ!」
佐「さあ、先行する選手たちに続いて、なんとか陸に上がってきた星野選手。次はバイクですね。……おや? ウェットスーツを脱ぐのに手間取っている! あー、もがいています、もがいています! まるで脱皮に失敗したセミのようだ〜!」
星「縁起でもないこと言うな! このスーツ、ピッチピチで脱ぎにくいんだよ!」
佐「星野選手、ようやくバイクに跨がりました。さあ、ここから時速40キロの世界へ……! と思いきや、星野選手、バイクでも全くスピードが上がりません! あ、今、散歩中のおじいさんに抜かれました!」
星「ちょっと待て! おじいさん、どんだけ歩くの速いんだよ!」
佐「あっ、たったいま実況席に情報が入ってきました。星野選手、昨夜は、甲子園球場近くの大力食堂で名物のデカ盛りカツ丼を食べたそうです!」
星「余計な情報流すな! 胃もたれがすごいんだよ今!」
佐「さあ、ようやく最終種目、ランに入りました。ここからは、今大会から導入された『地獄の障害物セクション』に入ります!」
星「ちょっと、聞いてないよ! ただでさえここまでスイムとバイクで足ガクガクなのに!」
佐「最初の障害物は、コース一面に敷き詰められた『健康促進! 足つぼマット』だ〜!」
星「痛い痛い痛い! 痛すぎるわ! 健康になる前に歩けなくなるわ!……(悶絶しながら歩く動作)」
佐「おーっと、星野選手、あまりの痛みにタップダンスのような動きになっています! これは、新種のステップか〜?」
星「ステップじゃねえよ!反射で体が跳ねてんだよ!」
佐「さあ、難関を抜けたと思いきや、ここで最大の下り坂……おや? 路面にローションが撒かれていますね」
星「殺す気か! 止まれるわけないだろ!(滑るジェスチャー)うわあああ、滑る〜〜〜〜〜!」
佐「星野選手、時速60キロで滑落していきます! これはもはやトライアスロンではなく冬のオリンピックでお馴染みの競技リュージュだ〜!」
星「競技変わっちゃったよ! あぶねえ、死ぬかと思った」
佐「さあ、ようやくゴールまであと100メートル! ですが、ここで最後の試練!」
星「まだあんのかよ!」
佐「ゴール直前に設置されたのは、家族一同による就職活動の進捗確認だ〜!」
星「ここで、メンタル攻撃? 一番きついよ!」
佐「『内定はまだ出ないの?』『もっと、早く動けば良かったのに……』『あなたのためを思って言ってるのよ』星野選手、足が止まりそうです。顔色が……あー、ナスビのような色になってきました!」
星「表現が大げさ! チアノーゼ一歩手前じゃないか! あ〜、もう! うるさいな〜」
佐「『やっぱり、大手企業じゃないとね〜』『おまえ、やり方が悪いんじゃないのか?』『なんだ、その態度は? 父さんの若い頃はな……』あ〜っと、星野選手、膝から崩れ落ちた! 肉体より先に心が折れた〜!」
星「(泣きながら)もう……ほっといてくれよ! 走らせてくれよ!」
佐「さあ、星野選手、いま家族の追及を振り切って、涙ながらにゴ〜ル!」
星「どんだけ過酷な大会なんだよ! もう精神的にボロボロだよ!」
佐「さあ、気になる星野選手の記録は……なんと『公式記録なし』!」
星「ちょっと待て、なんだよ『公式記録なし』って! 完走しただろ!」
佐「理由が判明しました。星野選手、スイムの途中でコースを外れて、岡山県まで泳いでいたそうです」
星「泳ぎすぎだわ! もういいよ!」
佐&星「ありがとうございましたー!」




