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第6章 つかしんへようこそ〜⑦〜

 それは、娘の真美がプリントとドリルの宿題を終えて、明日の授業準備をしていたときのことだった。


「お母さん、来週までに、自分の周りのがんばっている人の姿をタブレットで撮影するっていう宿題を出さなアカンねんけど……誰を撮影したらイイと思う?」


 娘の話によると、テキストカードと動画を組み合わせて、自分の周りの人たちの仕事や奉仕活動などをまとめて、プレゼンテーション形式で説明する授業があるらしい。


「そしたら、お母さんが料理とか選択してるところを撮影する。お家のことをするのも大変なんやで?」


「そっか! そしたら、自分の家で撮影できるし、イイかも知らん!」


 本当は、主婦の労働の大変さを訴えたかったんだけど、娘には、私の意図は、いまひとつ伝わらなかったようだ。そんな会話を交わしながら、残業する夫の帰宅を待ちつつ、テレビのチャンネルを変えていると……。


 いつもは、使わない12チャンネルのボタンを押してしまったことに気付く。それは、地上波の放送ではない地元ローカルのケーブルテレビに割り当てられたチャンネルだった。慌てて、他のチャンネルボタンに切り替えようとする。ただ、そこで、予想もできない光景が私の目に飛び込んできた。


 地方の劇場なのかホールなのか、どこかわからない舞台で漫才のネタが始まり、ステージには、一目で年齢が離れていることがわかる二人の男性が登場する。


「どうも〜、ダブルジェネレーションで〜す」


「僕らダブルジェネレーション言いまして、48歳のオッサンと……」


20歳(はたち)のコンビでやらせてもらってま〜す。ところで、後ろを振り返ってみれば、第26回新人お笑い尼崎大賞と書かれてるわけですが……」


「48歳で新人と言い張る厚かましさを許してくれる大会主催者と尼崎の皆さんには、感謝してます」


「いや、そんな深いお辞儀で媚びなくても……」


 センターマイクを前にしてネタを始める二人の姿を目にして、唖然としたあと、私は思わずつぶやく。


「佐藤さんと星野くん……なにやってんの? まさか……二人とも本職の漫才師やったん?」


 独り言のように発した私の言葉を真美は聞き逃さなかった。


「お母さん、この人たち知ってるの?」


「いや、知ってると言うか、知り合ったばっかりと言うか―――」


「本物の漫才してる人と知り合いなんてスゴい! 私、この人たちを撮影したい!」


「ちょ、ちょっと待って! まず、落ち着いて、漫才のネタを見てみよう」


 そう提案した私に、娘の真美も、「うん、わかった」と納得して、二人でダブルジェネレーションを名乗るコンビのネタを見守る。漫才のネタは、マイクの右側に立つ星野くんがマラソンを始めようと言い出したところから、本筋に突入する場面のようだ。


「就職活動も近いし、体力づくりも兼ねて、マラソンに挑戦しようかと思ってね。ゆくゆくは、有名なマラソン大会に出たいと考えてるんだ」


「ほ〜ん、マラソン大会? それなら、オッチャンが実況アナウンサーの役やったるから、キミは、市民ランナーになりきってや」


「えっ、いいの? じゃあ、ちょっとやってみようか!」


「さあ、ランナーたちがスタート地点に並びました。第42回つかぐち新町マラソン大会! いよいよスタートです!」


「いや、ちょっと待て! ゆくゆくは、有名なマラソン大会に出たいって言っただろ! なんだよ、つかぐち新町マラソン大会って、規模の小ささは! 漫才で言えば、M−1グランプリを目指すって言いながら、新人お笑い尼崎大賞に出るようなもんじゃねぇか!? もうちょっと、ちゃんと実況して!」


 アナウンサー役の佐藤さんのボケに、市民ランナー役の星野くんが絶妙なツッコミを入れると、真美は、「キャハハ」と声を上げて笑い始めた。


「つかぐち新町って、つかしんのことやん!」


 娘は、そう言って楽しげな表情で画面に見入っている。

 地元ネタを取り入れた漫才を興味深そうに見つめる娘と、昨日、知り合ったばかりの二人が(ローカルのケーブル局とは言え)テレビに出ているという現実感のなさに困惑する私との激しい温度差の中、ネタは続く。


「先頭集団が快走し、レースはすでに5キロ地点。さあ、ここからは実況席のわたくし佐藤が、サイドカーに乗って並走を開始します」

 

「邪魔だなあ! 実況は実況ブースでやれよ! 排気ガスがすごいんだよ!」


「えー、放送席放送席。今回は、市民ランナーの星野選手に来ていただきました。まず、今日のレースの意気込みを聞かせてください」

 

「ハァ…ハァ…初めての大会出場なんですが、なんとか5時間を切るタイムを目指したいです」


「なるほど! いまの気持ちを誰に最初に伝えたいですか」


「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…テ、テレビで見ている家族に―――って、近い! 近い! 近いっ! マイクが近いっ! 今それどころじゃないんだ! 走りに集中させてくれ!」

 

 ランナーの星野くんに、グイグイと顔を寄せる佐藤さんの姿に、娘は「キャッキャッ」と歓声を上げて手を叩いた。


「このおじさん、面白い〜」


 フードコートで繰り広げられていた雑談以上のボケとツッコミの応酬に、私もクスクスと笑いながら画面を見続けていると、ダブルジェネレーションの漫才ネタは終盤を迎える。


「さあ、レースはいよいよ中盤戦。向正面に差し掛かったたところで、先頭は予想通りホタルノヒカリ。さらに各馬一団となってタメゴロー、ヒカルゲンジ、リンシャンカイホー、メンタンビンドライチ、コイコイ、ソルティーシュガー、オッペケペ、ホシノオウジとつづいております」


 星野くんが、前のランナーを追走するようにランニングする。


「第3コーナーを廻って第4コーナーにかかったところで、先頭はまだホタルノヒカリ、ホシノオウジは大きくぐぐっと開いて、まだ後方だ。さあ、最後の直線コースに入った! あっ、ホシノオウジがぐんぐん出て来た! ホシノオウジ速い! ホシノオウジがスゴい脚!」


 星野くんは、他のランナーと競り合うように猛ダッシュ。


「トップのホタルノヒカリ懸命の疾走。これをホシノオウジが必死に追いかける。ホシノオウジが追いつくか、ホタルノヒカリが逃げきるか。ホシノオウジかホタルノヒカリ、ホタルノヒカリかマドノユキ、あけてぞ今朝は別れゆく〜」


「♪走れ 走れ ホシノオウジ! 本命 穴馬 かき分けて〜 って、それは、マラソンじゃなくて、競馬の実況だろ! しかも、『みどりのマキバオー』のパクリじゃねぇか!」 


 ここで、子どもの頃に『みどりのマキバオー』のアニメを観ていた私は、こらえきれずに声を出して笑ってしまったんだけど、当時のアニメを知らない娘は、キョトンとして、


「なあ、お母さん、『みどりのマキバオー』ってなに?」


と、たずねてきた。


「あぁ、え〜と……昔、そういうテレビアニメがあって、真っ白で小さな馬が競馬で走るねん」


「ふ〜ん」


 娘が、関心無さそうに返答する間に、ダブルジェネレーションのネタは終わっていた。

 ただ、最後の大ネタが、いまいち刺さらなかった割に、真美は、ネタの出来に満足したようで、


「あ〜、面白かった! お母さん、私やっぱり、この人たちを撮影したい! お願いしてみて!」


などと、私に向かって両手を合わせて拝んでくる。


「う〜ん……」


 娘のおねだりにうなるしかない私は、


「わかった。じゃあ、こうしよう」


そう言って、愛娘にある提案をすることにした。

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