第6章 つかしんへようこそ〜②〜
私の発した一言に、怪訝な表情をした二つの顔が同時にこちらを振り向く。
「え、え〜と……」
私の顔を確認したあと、気まずそうに目の前の男性に向き直った青年は、「知り合い?」と小声で相手にたずねたようだ。一方のオッサンと呼ばれている中年男性は、すぐに平然とした表情に戻り、「いや……」と首を横に振る。
「あっ、すいません。気になる会話が聞こえてきたから、つい……私、この近くに住んでいて昔から、つかしんには良く来てたんですけど、映画館があるって知らなかったから」
取り繕うようにそう説明すると、中年男性の方は、「あぁ、そういうことですか」と納得したような笑みを見せると、映画館についての説明を始めた。
「いま、僕らが居てるフードコートは、20年くらい前まで、シネマつかしんという劇場兼展示場やってんですよ。最初は、美術館のような展示ホールとして使うつもりやったのかも知れませんけど……いつからか、映画館として使用されて、ロードショー公開が終わった映画を数カ月遅れで上映するようになったんですよ。1本500〜600円の超格安料金で映画が観られたから、金が無い若手の頃はありがたかったな〜」
最初は、ホールの変遷を解説しながら、最後は思い出話を語るような口調で男性は説明を終える。
「この明るいフードコートが、真っ暗な映画館だったなんて、信じられないな……」
苦笑しながら語る青年に、私も首を縦に振って同意する。二人にも話したように、子供の頃から、つかしんに通っていたはずだが、この場所が映画館だったということは記憶になかった。昔から通い慣れている場所が、最強のショッピングモールであることを誇りに思っていた私にとって、自分が知らない、つかしんの一面があったということは、少なからずショックだった。
そんな私の思いに構うことなく、男性二人の会話は続いている。
「まあ、映画館が無くなった20年くらい前に、つかしんは、ガラッと雰囲気が変わったからな。いまは、スーパーのアル・プラザがこのモールの中心になってるけど、元々、つかしんの中心は西武百貨店やったんやで」
「西武百貨店! それって、『成瀬は天下を取りにいく』と一緒じゃん!!」
「そうやな……成瀬あかりが閉店を惜しんだ大津西武と同じや。まあ、オッチャンは阪急ブレーブスのファンやったから、ライバルであるライオンズの百貨店が、ナンボのもんやねん! と思ってたけど……ただ、考えてみれば、このつかしんも、サンサン劇場と同じくらいの復活劇を見せてるかも知らんな。そう言えば、キミがアルバイトしてる、にしまちの建物の方には、手を叩く音に反応して、しゃべる招き猫がおったんやけど――――――あれはまだ居てるんやろうか?」
「えっ、そんな猫は見たことがないけどな〜。まあ、向こうの1階にはあんまり行ったことが無いから、詳しいことはわからないけど―――」
こんな中年と青年の会話に、私はまたも反応してしまう。
「あっ、その猫、覚えてます! たしか、手を叩いたら、『にゃんにゃかにゃかにゃかにゃにゃん』って鳴いたり、『つかしんへようこそ』って関西弁で喋ったり……」
「そうそう! 関東の西武グループが作った施設やのに、なんで関西のイントネーションやねんって、子供心に思ってましたわ」
自分の記憶する、つかしんのイメージが他人とつながったことに喜びを感じる。
そのことが、見ず知らずの人たちと会話をしているにもかかわらず、私を饒舌にさせる。
「懐かしいですね〜! それに、たしかに、つかしんは一時期、寂れかけたときもあったかもですけど、いまは、色んなお店が増えて、最強になったと思いませんか?」
そんな私の言葉に、「最強?」と口を揃えて、キョトンとした表情になる二人。
「あ、あの……しまむらとユニクロとGUもあるし、西松屋とバースデーが揃ってて、最近ではアカチャン本舗も出来たし、マクドとケンタッキーとモスとバーキンとミスドが揃ってるって、スゴいことだと思いません?」
焦るように早口になった私に、青年と中年は、「あぁ……」と再び声を揃えて、納得してくれたようだ。
「まあ、たしかに、こんだけ各種チェーン店が揃ってるモールは、日本広しと言えども、なかなか無いかも知らんな」
「そう言えば、カフェもスタバ、ホリーズ、コメダ珈琲、ミツヤ、不二家と充実しすぎなくらい、揃ってるしね。ちょっとどころじゃない、節操の無さを感じるけどさ。あと、しまむらやユニクロはともかくとして、独身のオッサンには西松屋とバースデーやアカチャン本舗は、全然関係ないよね?」
「キミ、失礼やな? オッチャンでも、西松屋には生まれたときからお世話になってるで」
具体的な店名を挙げて確認する二人の言葉に、私は自分の考えが間違っていなかったと確信する。オンライン上ではない、オフラインでの出来事だけど、これはSNSの「いいね!」2件に匹敵するだろう。
そう思って、一人で満足していたのだが――――――。
「そう言えば、この前はキミとサーティワンのアイスを食べたけど、つかしんが出来た当初は、にしまちの端っこにハーゲンダッツの実店舗があったのを思い出したわ。思えば、生まれて初めてハーゲンダッツのアイスを食べたのは、あそこの店やったな〜」
中年男性のその一言で、私の満足感は急激にしぼんでいく。
「えっ! ハーゲンダッツって実店舗があったの?」
「あったもなにも、あのブランドが最初に話題になったのは、東京・青山の店舗に長蛇の列が出来たからやで。その話題の店が関西初の直営店として出店してきたからな。当時の休日は、スゴいひとだかりやったわ。いまは、もう店舗の建物自体も無くなってしまったみたいやけど……」
この二人(というより中年男性の方)は、私が愛してやまない、つかしんについて、私の知らないことを語っている―――。
悔しくなった私は、二人に対して、「失礼します」と笑顔で挨拶したあと、すぐに帰宅して、つかしんの歴史について調べることにした。




