第1章 この川辺で暇をつぶすだけの青春があってもええんちゃう?〜⑤〜
スターターさんの説明が終わって、陸上競技の生放送の番宣告知が終了したら、あとは、エンディングのコーナーや。
いまでもそうやけど、あの番組は、エンディングで出演者が全員集合するやろ?
大阪タワーのスタジオで収録してた当時も、同じように、カメラ前にその日の出演者全員で集まってから揃って、
「お忘れ物はありませんね? 今日も元気で行ってらっしゃい!」
てフレーズで締めるのは、当時も同じやったわ。
そのエンディングコーナーのために、オレたち待機組もスタジオに呼ばれる。モニターで進行も確認せずに、タバコを吸ってた相方とめざめ太くんも一緒にな。
ゲストのスターターの人も含めて、総勢10人以上の出演者が並ぶ中、司会用のテーブルに無造作に置かれてるモノがあった。ゲストの人が持って来てたスタート用のピストルや。
(あっ、さっきのピストルが置いてる! あんなとこに置いといて大丈夫なんか?)
テーブルの上の物体を目にしたときに、そんな心配が頭をよぎったんやけど―――。
そのブツの存在に気づいたんは、オレだけやなかった。さっきまで、めざめ太くんと談笑してた相方も、すぐに、それが目に入ったみたいや。しかも、運が良いのか悪いのか、出演者の並び順の関係で相方は、そのピストルが置かれてる場所の真ん前に立つことになった。
視聴者を元気に送り出すコンセプトで、スタジオの明るさを演出するエンディングコーナーやから、当然、みんな笑顔やな。司会者もアシスタントもゲストの人も相方も、みんなニコニコした表情の中、オレだけが、ちょっと焦ってた。
予想したとおり、相方が自分の背中の方にあったピストルをおもむろに握ったからや。
ついさっき、ゲストの人が話してたことを思い出すと同時に、オレの頭には心配がよぎった。
「このスタート用のピストルは、もちろん、銃弾が発射されるわけじゃありませんが、火薬を使っていて危険なので絶対に人に向けたりしないで下さい」
(エンディング前までの進行は、ぜんぜん気に止めてなかったみたいやけど……裕太郎、まさか無茶なことはせんやろうな……)
ところが、案の定、ピストルを手にした相方はニヤリと不敵に笑った。
(これは、ヤバい――――――)
そう思った瞬間、いまや全国区の有名アナウンサーになった司会者が、いつもどおり、締めの挨拶をする。
「お忘れ物はありませんね? 今日も元気で行ってらっしゃい!」
その声に出演者全員でカメラに向かって頭を下げる中、隣の相方だけは、突っ立った姿勢から両手でピストルを構えてカメラ目線のまま、ワンテンポ遅れで言い放つ。
「バキュ〜ン!」
多分、お茶の間ではそのままCMに切り替わったんやろうけど、スタジオは大混乱やった。
カメラの向こう側には、懸命に笑いをこらえるスタッフ。
半笑いになりながらも、「なにやってんねん!」と相方に脳天唐竹割りの要領でツッコミを入れる司会者。
めざめ太くんも腹を抱えて笑ってたけど……。
オレは、ゲストのスターターの人の顔だけは、恐ろしくてよう見れんかったわ。
笑いにおける要素のひとつに、「禁忌に触れる」っていうのがあるわな。
人間の心理的な緊張を緩和し、普段、話してはいけないとされる話題や、してはいけないとされる行動を取ることで、窮屈なルールを笑い飛ばして強い解放感や可笑しみを生み出す手法や。これは、『解放の理論』と言うらしくて、心理学者のフロイトも提唱してる。タブー=隠すべき・恐ろしいもの、という緊張感が、笑いによって一瞬で解放される。笑いが精神的な緊張を解き放つメカニズムやな。
そういう訳で、相方の行為は、理屈から言っても、お笑い芸人として職業に殉じる行為やと個人的には思ってる。
ただ、生放送の情報番組で、それは許される行為なのか―――?
まあ、こんな感じで、『おはサン』の初回出演は、番組のエンディングを迎えた訳やけど……。
当然、それだけで終わるということは無かった。
「おまえ、ちょっと、やり過ぎやって……ゲストの人の話、聞いてなかったやろ?」
「えっ、やっぱり人に向けたらアカンって言うてた?」
「当たり前や! しかも、テレビの前におる視聴者に向けるって……」
「いや、でも、めっちゃ受けたやろ? 大阪タワーがあんなに揺れたん阪神・淡路大震災以来やで」
「その例え、不謹慎すぎるわ!」
楽屋に戻って、そんな会話をしたのを覚えてるわ。それで、初回の出演が終わって、さあ、次の現場に移動しようかと準備しようとしたとき、楽屋のドアがノックされた。
「キング・オブ・ドライバーのお二人、ちょっと、編成部長のところに来てもらえませんか?」
アルバイトのADの子に声をかけられて、オレたちは、楽屋から部長さんのところに行くことになった。
この期に及んでも、相方は、
「なんやろう? エンディングのパフォーマンスで部長賞か局長賞でも貰えるんかな?」
とか呑気なこと言うてたわ。
ただ、陸上競技のスターターのやり甲斐を一生懸命に話してたゲストの人の話を聞いていたオレとしては、ただでは済まへんやろうな……と、覚悟はしてた。そんで、オレらを呼び出した部長さんの前に立ったとき、自分の予想が外れてなかったことを確信したわ。




