第5章 推しを推すにも財力がいる〜⑩〜
「午後から、これだけ連れ回されて、やっと話の核心に入るってこと? 前フリ長すぎとちゃう?」
「その点については申し訳ない、と思ってる。ただ、いきなり本題に入っても、理解が追いつかんこともあると思ってな……」
「いや、三宮から梅田まで、わざわざ移動せんでも、つかしんのコメダとかで良かったやん? まあ、このお店でコース料理を食べることが出来たから、良いけど……」
あたしは、そう言って、コース料理のメインとして提供された塩麹マリネのクリスピーチキン〜ハニーマスタード添え〜を口に運ぶ。大学の友人やサークルのメンバーとの飲み会は、梅田に出ることが多いので、ここにも何度か来たことはあるけど、やっぱり、気に入ったお店の料理は、何回食べても美味しいと感じる。
「それで、今日の本題は何なん?」
あたしがたずねると、オジサンは、ハイボールを一口含んだあと、珍しく真面目な表情で語りだす。その申し出は、意外なものだった。
「オレが勝手に思ってることやけど――――――王子くんは、いつか推し活を続ける中で痛い目に遭うんじゃないかと思っててな。もし、大学を卒業するまでにそういう事態が起きたら……キミが、あのコを助けてあげてくれへんか?」
「えっ? 星野が痛い目に遭うってどういうこと? それに、あたしが星野を助けるって、どういうこと―――?」
「まあ、そこから話さなあかんわな? まず、王子くんの推し活のことや。これは、音楽系の業界に関わってる知り合いから聞いたんやけど……王子くんが推してる都月とお香ってコは、どうも退所した後も事務所と揉めてるらしい。事務所と契約違反があったとか無かったとかでな。それで、知り合いが言うには、その裁判費用が掛かるから、事務所退所後は、金に困って搾取ビジネスをするんちゃうかってな」
深刻に語るオジサンに対して、あたしは、冗談を受け流すように返答する。
「星野が、それに引っ掛かるって? いやいや、学生がそんなにたくさんお金なんて持ってないし、それに星野に限って、そんな見え見えの手口に引っ掛かるなんてあり得へんよ」
「もちろん、ただの取り越し苦労なら良いんやけどな……ただ、これまで長々と付き合ってもらって話してきたけど、王子くんが、推しのアイドルにズブズブとハマってしまう十分な条件は揃ってる。とくに、キミから聞いた『辞めジュ』を追うファン心理は、無視できない要素やわ」
「それは……テーマ研究をした先輩の周りに、たまたまそういう人が居ただけかも知れへんし……あたしは、必ずしも脱退メンバーを追う心理が星野に当てはまるとは思わへんけど」
「いや、王子くんは、あぁ見えて、ひとつのことに執着するタイプやからな。ダブルジェネレーションで、コンビを組んでくれたときは、それが良い方向に結びついたと思ってるんやけど……あと、細かいことにも気がついて、そこに自分なりの意味を見出してしまうタイプやからな……オッチャンが、ブレーブスのユニフォームを着て、知事の記者会見に参加してたことに関しても、『何か重要なメッセージが隠されてるんじゃないか?』って、考え続けてたらしい」
「それが、いまの推しに対しても当てはまるってこと?」
「あぁ、『このアイドルの魅力や本当の思いを分かっているのは自分だけ』って状態になってしまったら、そこから抜け出すのは難しいからな。推す対象に、自分なりの物語を見出してしまうと、気付かないうちに底なし沼にハマってしまうからな」
オジサンの言葉に、あたしは「う〜ん……」と、首を捻るばかりだ。
たしかに、条件だけを見れば、星野がズブズブと推しにハマって行ってしまう要素は揃っているようにも考えられるけど……。
ただ、大学での普段の姿を見ている限り、年上の先生たちとも落ち着いて話す冷静さや、同期の学生たちとも適切な心理的距離を保って付き合っている星野に、そうした危うさがあるとは感じられなかった。
「まあ、推しにハマる条件が揃ってることはわかったけど……本人の意思でやった結果なら、周りの人は見守るしかないんちゃうの? 自分で選んだ結果なら、それはもう自己責任やろうし」
「たしかに、その見てたは間違ってないと思う。彼も、もう20歳過ぎの大人やからな。ただ、アイドル系の推し活のホンマに怖いところは、推される対象とファンの考える幸せの形が、必ずしも両者での間で一致しないことや」
「えっ? どういうこと?」
「さっき話したファンのタイプ別分類やけど……最初に挙げたプロデューサー型からアナライザー型、委員長型のファンなら、それほど大きな問題じゃない。推しを分析して評価する客観性や成長を見守りたいって要素が強いから、成長を見届けたり、アイドルを卒業したら新しい相手に推し変をすれば良いからな」
「じゃあ、残りの二つのタイプは――――――?」
「あぁ、想像のとおり、ガチ恋勢は、推しに恋人発覚とか、結婚発表ってなったら、『推しの幸せ = ファンの幸せ』って価値観を受け入れるのは難しいやろう? ファンの幸せは、やっぱり、推しからも愛を向けてもらえることにあるやろうしな。でも、それ以上に信徒型のファンは、いちばんの問題や」
「えっ? その人たちは、『推しの幸せ = ファンの幸せ』って思ってるんじゃないの?」
「あのな、いくら信徒タイプのファンがそう考えても、所詮アイドルとファンは他人や。アイドル本人が考える本当の幸せを、いつもそばにいる訳でもないファンが100パーセント理解できるなんてことは無いねん。ただでさえ、賞味期限が長くないアイドルみたいな商売なら、本人の考えが成長とともに変化して行くのも当然や。それを永遠に支え続けようなんてのは、どだい無理な話や。それでも、ファンが執着し続けたら――――――」
オジサンは、そこで言葉を区切った。もう、これ以上の説明は必要ないということなのかも知れないし、それ以上は、語りたくないと言うことなのかも知れない。
そこで、あたしはこう言葉を返す。
「まあ、オジサンの考えは大体わかったわ。でも、なんで知り合って半年も経ってない星野のことをそこまで気に掛けるの?」
すると、オジサンは腕を組みながら自分の気持ちを整理するように天井を見上げてから、口を開く。
「そうやなぁ……さっきも言ったけど、やっぱり、知事の会見を見に行ってただけのオレを見つけてくれた王子くんに縁を感じたんやろうな。せっかく、知り合ってコンビまで組んだ相手やから、幸せな人生を送ってほしいと思ってるんかな?」
最後は疑問形で締めるあたり、オジサンも自分自身のことは、良くわかっていないのかも知れない。
そんな中年男性は、あたしに向かって言葉を続ける。
「今日、キミを連れ回して、一方的に色々と語ったことは、最近の言葉で言えば、どう考えてもマンスプレイニングってヤツやと思う。そんな時間を過ごさせてしまった上で頼むのも筋違いかも知らんけど……これは、オッチャンには出来へんことやと思うから―――王子くんに、なにかあったら、彼をケアしてあげてくれ」
そう言って頭を下げるオジサンの姿を見ながら、あたしは、テーブルに到着したばかりのクワトロフォルマッジョシカゴピザの切り分け方を考えていた。




