第5章 推しを推すにも財力がいる〜⑧〜
「固い話が続いて疲れてしまったかも知らんけど、最後にもう1か所だけ付き合ってくへんか?」
県議会の見学や、北野異人街にあるシナゴーグでのラビの話、駅に向かうまでのオジサンとのトークで、すでに精神的にクタクタになっていたけど、「キミの行きたい店を言ってくれたら奢るから」という一言に押されて、あたしは、最後まで付き合うことにした。
阪急電車の神戸三宮駅から特急電車に乗って、目的地の大阪梅田駅に向かう間、あたしは、同じゼミに所属する男子学生について考える。
星野のことを意識し始めたのは、いつの頃からだっただろう?
あれは、たしか1回生のときに、模擬ゼミとして実際の少人数制ゼミの形式を体験した頃のことだったと思う。
普段の一般講義でも積極的に発言していた自分と違い、あまりやる気を表に出さなかった星野が、プレゼンで論理的な説明をしたり、教授からの鋭いツッコミに冷静に答えたりする姿に興味を惹かれた。おまけに、あたしが自分が発表で説明に詰まった時に、さりげなく助け舟を出してくれたりもしたのだ。
(なんや……やる気が無さそうに見えて、意外に頼りになるやん)
そんなふうに感じたこともあって、3回生になって同じ上田ゼミのゼミ生になった星野には、自分が信頼できる同期生として、春先のゼミ懇親会の幹事やグループ発表で同じ組になったときの資料集め、夏休みの合同勉強会の連絡係、そして、卒業前のゼミ旅行の集金係などを任せたんだけど……。
それが、星野の負担になっていたようで、そのことは、反省したほうが良いかもしれない。
ただ、あたしが依頼しようとしたことを完全にシカトして、隣りにいるオジサンと推し活の話をしていたことに関しては、いまだにモヤモヤするものがあるけれど……。
それでも、ゼミの発表中は真剣な顔をしているのに、飲み会で楽しそうに笑っていたり、趣味の話を熱く語ったりする姿や、同じく飲み会でサラダを取り分けたり、酔った人を介抱したりする「さりげない配慮」に惹かれるものはあった。また、学生に厳しい指導の言葉をぶつけることもある上田先生に対しても、臆せず自分の意見を言える、あるいは失礼のない範囲で冗談を言い合えるような「余裕」に、他の男子には無い魅力を感じていたりもした。
星野のこうした特性は、あたしと長々と話しているオジサン相手にも、きっと発揮されているのだろう、と思う。
いずれにしても、少人数で集まる大学のゼミという場は、周りの学生のセンスや性格が同時に見える場所だ。
だから、単に「顔がいい」といった外見的な要素よりも、あたしは、星野と一緒にいると安心するし、頼りになるという内面的なものに惹かれたという側面が強い。
おまけに、それまでほとんど見せたことのなかったお笑いの要素まで加えてくるなんて―――。
「星野くんって、見た目は悪くないけど、なんか冷たそう……」
という周囲の女子の評価に対して、
(アンタら、なにもわかってないわ)
と感じながらも、
(星野の良さは自分だけがわかっていればイイ……)
と考えて、星野とオジサンのダブルジェネレーションの活動のことを友人や知人に拡散しなかった石嶺和子という人間は、推し活全盛のいまの時代に向いていないんだろうな……と、つくづく思う。
そんなことを考えていると、特急電車はいつの間にか梅田駅に到着していた。
「梅田駅で、なにかイベントでもあるん?」
オジサンにたずねると、
「オッチャンは知らんかったけど、今日は、有名人の誕生日らしいからな」
そう言って駅の1階コンコースに降りていく。
階下に見える紀伊國屋書店梅田店の入口近くには、あたしと同年代もしくは、もう少し年代が上の女性が集まって、なにかに向けてスマホをかざしている。1階に降りて彼女たちを観察すると、その視線の先には、BIGMANと呼ばれる200インチ超の超大型LED映像装置があった。
「あれだけファンらしき人間が集まってるってことは、タイミングが良かったみたいやな」
オジサンがそう言うと、大型スクリーンには、「HAPPY BIRTHDAY!」の文字に続いて、あたしも知っているK−POPアイドルの名前と画像が、デカデカと映し出された。
「あ〜、センイル広告か……ウチのゼミでも、推し活ビジネスの話になったときに、この話題が出たわ。オジサンが見せたかったのって、もしかして、これのことなん?」
「そうか……本場韓国では、推し広告のことをそう呼ぶんやったな。そう、推し活の話題で最後に見てもらおうと思ったのは、BIGMANのあの映像広告と近くにあるバスターミナルの広告掲示や」
いま、オジサンが言ったように、いまでは珍しくなくなった推し広告の文化は、韓国が発祥とされていて、その母国ではセンイル(誕生日)広告と呼ばれ、K−POPアイドルや俳優、アーティストの誕生日を祝うために、ファンが自費で街頭ビジョンや駅の看板などに交通広告を掲載する応援文化だ。
「こんなの、あたし達の世代にとっては、別に珍しくもなんともないけど――――――」
「まあ、そうかも知らんけど、オッチャンたちの世代にとっては、一般人がお金を出し合って広告を出すことも、その対象が推しであることも斬新な概念で、最初はビックリしたんや。ただ、それでもなぁ…………」
「なに? なんか気になることでもあるの?」
「アイドルたち本人は別にしても、運営や事務所は、正直こういうことを歓迎してないと思うねん」
「なんで? こうやって、ファンがお金を払って宣伝してもらうのは、運営側にもメリットがあるんじゃないの?」
「いや、一応は芸能界に身を置いてる人間として断言するけど、運営はこう思ってるわ。『こんなことで、ファンに金を使わせるくらいなら、一枚でも多くCDを複数購入させんと!』ってな」
「そんな夢も希望もない話、聞きたないわ!」
オジサンにツッコミを入れると同時に、午後はほとんど移動ばかりだったので、あたしは披露と空腹を感じ始めていた。




