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第5章 推しを推すにも財力がいる〜⑦〜

「重たい話に付き合わせてしまって、悪かったな」


 北野異人街の坂を下りながら、様々な感情が込み上げてきたあたしは、つぶやくようなかたちで言葉を漏らしてしまった。


「なんで、あんな独裁者が国民に支持されたんやろう?」


「さっきも言ったけど、敗戦と賠償金の支払いで自身を喪失した国民に希望を与えてくれたからやろうな。あの世界一有名な独裁政権が恐ろしいのは、クーデターや軍事力で政権に就いた訳じゃないところなんよ。一応は、選挙で民意に支持された上で国会で多数派を形成して、当時の憲法の隙を突いて独裁を確立したからな。国民の熱狂が産んだ『推し活』の成れの果てが、第二次世界大戦やけど、政治家にツッコミが入らへん世の中ほど恐ろしいものはないで」


「それを推し活に結びつける?」


「王子くんとキミは、メディア社会学の専攻やったよな? そしたら、推し活ビジネスが政治や選挙の場で活用され始めてるってことくらいは聞いたことあるやろう?」


「う〜ん、具体的な事例を教えられた訳じゃないけど……でも、ゼミの上田先生も『アイドルやアニメの推し活と政治やビジネスの関連性は常に頭に置いとき』とは良く言ってる気がする」


「ふ〜ん、さすがキミと王子くんの恩師やな。えぇこと言わはるやん」


 隣を歩くオジサンにゼミの先生のことを誉められて、少しうれしい気分になる。

 あたしたちが専攻する王手前大学のメディア社会学では、学生主体の研究テーマとして、


 ・「アニメ聖地巡礼(舞台探訪)」におけるファンの役割

 ・「量産型女子」の価値観の研究

 ・ 女性向け「2.5次元」コンテンツの男性ファンの研究

 ・「辞めジュ」を追うファン心理

 ・「ゆっくり実況」の持つ可能性~VTuberとの比較から~


など、自分たちの身近で興味を持ちやすい内容を探求している学生が多い。


 こう言った今どきで、やわらか目なテーマについても、自分たちからすると、お祖父さんのような年齢の上田先生は、「ええで、ええで。面白いよ」と研究を肯定的に受け止めてくれる。一方で、研究テーマを決めてからの指導は厳しいのだけど、そうした点も自分たち若い学生に本気で向き合ってくれていると感じがして、あたし個人としては、頼もしいと感じるところが多い。


 自分たちの専攻やゼミのことについて、そんなことを考えていると、オジサンが続けてこんなことを言ってきた。


「県議会を見学したときにも話したかも知らんけど、政治の場に推し活を持ち込む問題点は、推しのアイドルを盲目的に応援するように、対象の政治家を全肯定してしまうことなんよな。アイドルの場合は、個人の失敗やスキャンダルが市民生活に影響を及ぼすことなんてないけど、政治家の政策の失敗はモロに国民生活に影響するから……その失政まで盲目的に肯定してしまったら、破滅まで一直線やで」


「そんな具体的な例ってある?」


「さっきのシナゴーグで、その一端を感じたやろうし、過去の経歴から、あきらかにサークルクラッシャーもしくは、コミュニティクラッシャーとしての実績を持ってる人間が首相に就いている国も例外じゃないわな」


「サークルクラッシャーって、そんな大げさな……そんなん、アンチの言い掛かりやろ?」


「いや、あの御方の性格的特長は、サークラもしくはコミュクラの特長とかなりのところが一致してるで? 大学生やから、こういうタイプの人間に迷惑したことあるっていうのは他人事やないやろ? キミは、サークルクラッシャーの特長ってなんやと思う?」


「サークルクラッシャーの特長って、恋愛絡みのことやろ? 恋愛や好意が絡んで、その人間の性格的欠点を指摘しにくいとか?」


「うん、そうやな。けど、同じような感じで同性だけのコミュニティをクラッシュする人間もいると思うけど?」


「それなら……なにか問題が起きたときに、周りの都合より自分の都合を優先しがちな人とか、トラブルが起こったときに『そんなつもりは無かった』とか『嫉妬されてる』とかの被害者ポジションを取る人とかかな?」


「ほう……なかなか鋭いな。実感がこもってるし、キミは人を見る目がありそうや。さすが、王子くんのゼミの中心人物になるだけはあるわ」


「いや、誉めてもらっても、なにも出えへんけど……」


 あたしが、困惑しながら返答すると、オジサンは、笑いながら「まあ、ええわ」と言って言葉を続ける。


 「他にも、このテの人間の特長として、コミュニティから排斥されないように、重要人物にだけは、とことん媚びて信頼を得る。批判されたら、激しく怒ったり不機嫌になったり、無視したりと、感情的な振る舞いを要所要所で見せつけ、『あの人に何か言うと怖い』というムードを作る。こんなところが挙げられるわな」


「あ〜、なんか学生生活あるある過ぎて、背筋が寒くなってくるわ」


「それに、なんと言っても、一番の特長は、平気でもっともらしいウソをつくことやな。あまりに平気でウソをつくから、聞いた人は『なるほど、そうなんや』と納得して、逆に本当のことを言っている人がウソつきに見えてきます。『ウソも100回繰り返せば真実になる』っていうのは、何回も話に出てる独裁国家の宣伝大臣の言葉って説があるけどな。普通のやさしい神経の人やと、完全なウソをそんなに繰り返すはずがないと思って、『そこまで言うなら本当なんだろう』となってしまう。ウソを真実化することで、本当のことを言っている人々をウソつきに変えていって、これまたコミュニティの信頼関係を崩していくわけやな」


「それ、めっちゃわかるかも! 高校のときに、そんな同級生が居たんやけど……グループの空気が、メチャクチャ悪くなったから―――オジサンが、自分たちのグループを観察してたんちゃうかと思うくらい、ピッタリの特長やわ」


「いや、そんな気持ち悪いこと、せえへんけどな……こんなん、どこにでもある話やで?」


「でも、そういう人ほど、表面上は明るくて親しみやすいから、周りの人間が指摘しにくいねんなぁ……」


「そうやろ? それで最初の話に戻ってみ? キミは、『恋愛や好意が絡んで、その人間の性格的欠点を指摘しにくい』って言ったよな? 政治家と国民が恋愛関係になるわけじゃないけど、推し活みたいに盲目的に政治家個人を推す人間が増えたらどうなる?」


 ニヤリと笑いながら、畳み掛けるように語るオジサンの言葉に、あたしが、「う〜ん」と唸っていると、隣を歩く中年男性はスマホを操作して、一枚の画像を提示してきた。


「まあ、こんなに周りくどい話をせんでも、この写真を一枚見れば、胡散臭さを感じ取れると思うけどな」

 

 そこには、阪神タイガースのメガフォンを持った三人の女性政治家が座っている。

 政治に深い興味を持っている訳でもない自分でも知っている三名の政治家は、左からそれぞれ都知事、首相、参議院議員の肩書きを持っているはずだ。


「左から順番に、学歴詐称、経歴詐称、秘書給与詐取という輝かしい経歴の持ち主ばっかりや。ちなみに、真ん中の人には、今後、公職選挙法と政治資金規正法の疑惑が伸し掛かるけど、国民はどう判断するやろう? まあ、阪神ファンをアピールする政治家に、ロクな人間はおらんと言うことやな」


「それ、阪神ファンじゃない人の言い掛かりやろ? オジサン、このこと、甲子園球場の前で言える?」


「キミ、怖いこと言うな? オレは、生まれてから四十年以上のパ・リーグファンやけど、そんな恐ろしいことは、出来へんわ」


 あたしの指摘に、オジサンは肩をすくめて、最後にこう言った。


「いずれにしても、被害者が黙り続ける限り問題は起こらない。全ての人間がヒトラーにひざまづけば第二次大戦が起こる訳がない。少し自分のために何かを見ないようにするだけでいい。至って平和だってことや」

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