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第5章 推しを推すにも財力がいる〜⑤〜

「時間を取ってもらってありがとう。ほな、行こうか?」


 金曜日の講義が終わったあと、大学の最寄り駅で待ち合わせたオジサンが、あたしを案内したのは、県公館の建物だった。ここでは、県民の代表として選ばれた県会議員の人たちが、県政の重要な条例や予算、施策などを決定したり、県の仕事が適正かチェックする話し合いを行なっているそうだ。


 ただ、そういう普段の自分があまり関わりの無い場所であるにもかかわらず、県議会が開かれる場としては、かなり異様な光景が繰り広げられていることが、あたしにも理解できた。


 あたしたちが到着したのは、ちょうど知事が議場のある建物に入ろうとするところだったんだけど、その知事に対して、反対派がシュプレヒコールをあげている。


「ああ、アンチの人たちか……」


 醒めた目で、声をあげる人たちの脇を抜けて、見学が可能だという議場に足を踏み入れる。


「反対派の人たちにビックリしたか? 議会では、もっと面白いものが見られるで」


 あたし以上に醒めた表情で語るオジサンのあとに着いて行き、議場で始まった県議会の模様を見学していると、しばらくして、奇妙なことに気付いた。


 女性の県会議員が、知事の推進する計画について不備を指摘すると、傍聴席から、


「まあ! ミスリードですって?」


「まあ、甘い見積もりですって?」


「聞いていられないわ!」


プンプンという擬音がぴったりな感じで憤りをあらわにする女性の声が聞こえた。


 年齢は、あたしの隣に座るオジサンよりも、さらに10歳ほど上だろうか?


「あれが、ちょっと話題になってる知事推しマダムや」


 小声でささやくように、オジサンが耳打ちしてくる。


「なんなん? 県議会って映画の応援上映なん?」


 あたしが、小声で返すと、オジサンはニヤリと笑って答える。


「キミ、面白いこと言うな。こんな応援上映みたいな光景が見れるのは、ウチの県だけやろう? 神戸も観光客が減ってるし、日本唯一の応援可能な県議会としてアピールするのもおもろいかも知らんで。旧Twitterには、こんな投稿もあったしな」


 オジサンがかざしたスマホの画面には、Xのこんなポストが表示されていた。


 ★  ★  ★

 

 議会の傍聴席が、多数の知事推しマダムに埋められている、という情勢です。

 その結果、議会の中で斎藤元彦に批判的な発言が出た際に、ヒソヒソ声で話し合う知事推しマダム達が、議場の雰囲気を悪くしているようです。


 当会でも参加を促していますが、なかなか師走の忙しい時期で十分には集まりません。

 反知事派の皆さまにおかれましては、可能な限り県議会の傍聴に参加いただきますようお願いします。


 ★  ★  ★


 SNSでこんな呼びかけまでされるなんて、ちょっと頭がクラクラしてきた。


「いや、もうこれ笑い事じゃないやん」


 あたしが、返答すると、オジサンはこちらの意見に同意しつつ、こう提案してきた。


「そう、笑い事じゃないねん。現場を見てもらったし、もう、こんな場所に長居する必要もないやろう。次の場所に移動しようか?」


 そう言って、中年男性は議場からの退席をうながす。県議会の活動を見守るというのは、県民の義務なのかも知れないけれど、異様な雰囲気に飲まれそうになった自分も、これ以上、この場に留まろうという気持ちにはなれなかった。


 県公館の建物を出たところで、こんなことをたずねてきた。


「どうやった? 推し活が政治の場にまで侵食してきた場面を目にした感想は?」


「なんと言うか、ゲンナリした気分。知事を推す方もアンチの人たちも、本人たちは、一生懸命やってるんやろうけど―――」


「これが、SNSで分断された世論の成れの果てってヤツやな。いま、メディアはこぞって、推し活をポジティブなこととして報道してるけど、それで良いんか……? 実際に知事選挙のあと、元県会議員の人が亡くなっても、状況はほとんど変わってないからな」


「いや、そのことって、推し活と関係ある?」


「大いにあると思うで? キミも超有名男性アイドル事務所の性加害の問題は覚えてるやろう? あの時も、被害を訴えた男性がSNSで誹謗中傷にあった男性が自死したからな。自分たちの推す対象に迷惑を掛ける人間は、とことん追いつめても良い、という感情になってしまうんやろうか……? 亡くなった元県議の件についても、まったく同じ構造のことが起きてるしな」


 オジサンの言葉に、あたしは、「う〜ん……」と唸る。

 ただ、こちらのそんな反応など気にしていないのか、中年男性は早くも次の行動に移っていた。


「次の目的地までは、徒歩で20分くらい掛かるからな。タクシーでも呼ぼうか?」


 オジサンは、そう言って、スマホの配車アプリをタップして、タクシーを呼び出した。


 数分で到着したタクシーに乗り込んだあと、オジサンは、「目的地に着くまで、ちょっと、予備知識を入れといて」と前置きしてから、ある国の現代史について語り始めた。


「その国は、第一次世界大戦で中心となって戦ったけど、国土を侵略された訳でも無いのに敗戦国になってしまった。そのことで、戦勝国側から信じられないほどの賠償金を請求されて極端なインフレが発生したことで、生活は苦しくなり、国民は自信を失ってしまった。皇帝の独断で始まった戦争の敗戦をうけて世界一民主的な憲法が制定されて、ようやく経済も上向いて来た頃―――世界恐慌が起きて、また多くの人たちが仕事を失ってしまった」


 そこまでの話を聞き、どの国のことを説明しているのか、おおよそのことは理解できた。


「そんなとき、強力なカリスマを持った政治家があらわれた。経済対策と民族の団結を訴えて政界に進出したその政治家は、『強い国家を取り戻す』という政策を掲げ、『敵はあの民族だ』と国民の敵愾心を煽った。演説が得意だった彼は、反感を買いやすい言葉を大衆受けする言葉に変えるが上手かった。たとえば、『独裁』は『決断できる政治』。戦争の準備は『平和と安全の確保』。国民は、自分たちに自信を与えてくれた政治家に熱狂した――――――」

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