第5章 推しを推すにも財力がいる〜④〜
初対面では無いとは言え、会話らしい会話を交わしたことがない相手から、ゼミ生のことで気掛かりなことを言う中年男性の発言に驚いたあたしは、戸惑いながら聞き返す。
「なんなん? 星野のことでオジサンが気になってることって……」
あたしの問いかけに、フードコートのテーブルに肘をついた相手は、シリアスな表情で答える。
「オレが、気になってるは、王子くんの推し活のことやねん。この前、アルバイトで稼ぐ給料の話になって、『キミは、何に使ってんの? 最近の学生さんは将来に備えて、投資とかするの?』って聞いたら、『なんだよ、オッサンのその若者感は?』って笑いながら、『ボクが投資してるのは、この人にだけだよ』って、推しの画像を見せて来たんや」
「星野の推しって、リリーマーガレットの遠藤ルナやったっけ? いまの名前は、たしか――――――」
「都月とお香っていうらしいな。王子くんから聞いたわけやないけど、なんか運営と揉めて事務所から独立していまの名前になったとかなんとか」
オジサンの言うように、女性アイドルグループのリリーマーガレットは、長くセンターを務めていた遠藤ルナがセンターを他メンバーに奪われた後、しばらくしてから、契約上の違反行為があったとか言う理由で、グループを卒業(という名の脱退)することになったらしい。
あたしは、男女ともに、アイドル全般に詳しい訳じゃないけど、仲の良い友人で女子アイドルが大好きな蓑田浩菜が教えてくれた。
「私は、加藤陽菜ちゃん推しだから、センターになってくれたのは嬉しいけど、ルナちゃんが卒業するのはショックだな〜。やっぱり、5人でリリマガって感じだし……」
浩菜は、そう言ったあと、あたしにたずねてきた。
「そう言えば、星野くんってルナちゃん推しだったはずなんだけど……和子、なにか聞いていない?」
「なんで、星野が、あたしにそんなこと話すの? アイドルの話やったら浩菜のほうが詳しいやん?」
「え〜? だって、和子は良く星野くんと話してるイメージがあるしさ〜」
ニヤニヤ笑いながら友人はそんなことを言ってたけど、あたしの中の知識は、こんな風に元グループアイドルだったタレントがグループを脱退したことと、そのアイドルを星野が推しているということくらいだ。
まあ、アイドルにのめり込んだところで報われる訳でもないのに……とは思うけど、自分たちの世代の共通点として、他人の趣味を悪く言わない……という不文律があるし、あたしもその例外ではない。
そんな訳で、推しのアイドルを応援するくらいのことで心配されるようなことでも無いと思うけど……。
「いまどき、推し活なんてだれでもやってることやん? そんな心配することでも無いんちゃうの?」
あたしが、そう返答すると、オジサンは、「まあ、オレの取り越し苦労なら、それに越したことは無いねんけどな……」と、つぶやいた上で、こんなことを言ってきた。
「王子くんの推しのアイドルについて、元いた事務所とかを調べてたら、ちょっと気になったことがあってな。これでも、長いこと芸能界におるから、怪しい運営とか事務所のウワサは、なんぼでも情報が入ってくるから……」
「でも、遠藤ルナじゃなくて……都月なんとかって名前のアイドルは、もうその事務所から離れてるんやろ? そしたら、問題ないやん」
「まあ、それなら良いんやけどな。王子くんの真面目すぎる性格が悪い方向に向かわんと良いけど……推し活は、その活動そのものが盲目的になることがあるからな。誰でもそうなる訳やないけど、ある性格の傾向にある人たちは、宗教の信者みたいに対象を崇拝して惜しみなく金を使ってしまう傾向があるし、いまは、アイドル業界に限らず、そう言うタイプのファンを狙い撃ちするようなビジネスばっかりやから―――」
なにやら、深刻そうな表情で語るオジサンに対して、あたしは、「それは、わかるけど、オジサンの考えはちょっと大げさやろう……」と、呆れ気味に答えたんだけど――――――。
「まあ、そう言われるのは覚悟のうえやけど、オレは身近で推し活の負の側面を目の当たりにしてるからなぁ……王子くんの推し活については、二つの面で懸念してるところがあるねん。ところで、石嶺さんやったっけ? 明日の講義が終わったあと、ちょっと時間ある?」
「えっ? まあ、明日の夕方はサークル活動もないけど――――――」
「もし良かったら、ちょっと神戸まで付き合ってくれへんか? 明日は、金曜日で王子くんのアルバイトもないし、彼がココに来ることもないと思うから」
なんだか良くわからないけど、オジサンは、あたしになにか伝えたいことがあるようだ。
正直、今日まで、ほとんど面識のなかった中年男性と貴重な時間をともにする義理は無いんだけど……。
ただ、本当に星野のことと関係があるなら、無下に断るのも良くないかと感じた。
「どこに行くのかはわからへんけど、星野のことに関係あるなら……」
そう返事をしてしまい、あたしは、翌日の講義が終わったあと、星野が漫才コンビを組んだ相方のオジサンと出掛けることになってしまった。




