第5章 推しを推すにも財力がいる〜③〜
「なんで、オッサンにそんなこと言われなアカンねん!」
これまで、目の前の相手のことをオジサンと呼んでいたけど、あたしの中で、その呼び方すら敬称に当たるんじゃないかと思えた。
咄嗟に出た反論の言葉とは言え、いきなり失礼なことを言ってくるような、こんな相手はオッサン呼びで十分だと思う。
「あぁ、ゴメンゴメン。気に障ったんなら謝るわ。その反応で、聞きたかった答えも十分にわかったしな。話が長くなるかもしらんから、飲み物でも飲みながら話そうや」
そう言ってから、中年男性は、ディッパーダンで買ってきたドリンクを持って、フードコートに戻ってきた。
「で、なんやの? 聞きたかった答えって……」
キャラメルミルクのドリンクを受け取って問い返したあたしのつぶやきは無視して、オジサンは、話題を変えるように話を振ってくる。
「それより、王子くんのこと聞きたいんやろ? あのコのことをあんまり詳しく知ってる訳やないけど……この前のお笑い大賞に関することなら、少しは答えられるで?」
自分の意志をスルーされたことに少し腹は立ったけど、星野があのお笑い大賞に出場した理由を聞けるなら、それに越したことはない。
「じゃあ、聞くけど……オジサンは、なんで星野をお笑い大賞に誘ったん? まさか、星野が自分で出場したいって言い出したとは考えられへんし―――」
「まあ、そうやな。王子くんをこの前の大会に誘ったのは、オレや。理由のひとつ目は、ここで彼と駄弁ってて、ボケとツッコミの間にセンスを感じたからやな」
「ふ〜ん、まあ、あたしも星野が時々、独り言のようにつぶやいているツッコミは、センスあるやん……と思ってたけど……」
「そう、センスやな。王子くんには、一瞬で面白いワードを掴み取って発言できるセンスがあるな。それに、もうひとつ―――」
「もうひとつ?」
「ユニフォーム姿で知事の会見に参加してたオレを見つけ出したことや」
「オジサンを見つけたこと?」
「そう。オッチャンは、去年の秋くらいまで自由に参加できた知事の記者会見の現場に阪急ブレーブスのユニフォームを着て行ってたんやけど……」
「あぁ、それは知ってるよ」
「なんや、キミも知ってたん? 王子くんに聞いたんか?」
「……まあ、そんなとこ」
あたしは、素っ気なくそう答えたけど……。
本当の理由は、本人から聞いたからではなく、星野が裏垢に投稿していた内容を目にしていたからだ。
なんなら、その投稿のリポスト数1、いいねの数2のうちの1つは、あたしのアカウントのものだ。
だけど、いまはそのことは関係ないので、あたしがオジサンのユニフォーム姿について知っていた理由は触れないでおく。
「毎回、ネット配信されてる動画に映ってることは、録画で確認してたんやけど、そのことについて、誰も触れてくれへんかったから……王子くんに突然、『そのユニフォームを着て、知事の記者会見に参加してませんでしたか?』って聞かれたときは、驚いたのと同時に嬉しかったな〜」
「なんなん? その自己満足を認めてもらったみたいな気持ち悪さは……」
「まあ、そこはキミの言うとおりやけど……」
オジサンは、照れくさそうに頭をかく。
そして、さらに言葉を続ける。
「その時からやな、王子くんの他の人間とは違う観察眼に注目しとったのは……ボケるにしても、ツッコミを入れるにしても、他人と少しだけ違う着眼点を持ってると、お笑いの武器になる。なんにしても、オッチャンの今は亡き阪急ブレーブスのユニフォーム姿で記者会見に参加するというボケに、唯一、ツッコミを入れてくれたのが王子くんやったからな」
「それが、星野をお笑い大賞に誘った理由なん?」
「ま、そんなところやな」
オジサンは、あたしの言葉にうなずく。
なんとなく、釈然としないものを感じたものの、聞きたいことをひとつ聞くことが出来たので、良しとする。
そこで、あたしは、次の質問に移った。
「じゃあ、星野があの舞台であんなに生き生きとした表情で漫才を披露してたのは、なんでなん?」
この問いかけに、オジサンは苦笑して答える。
「いや、それはさすがに本人に聞いてくれ。王子くんが、どれだけ舞台を楽しんでいたかは、本人にしかわからへんことやん?」
「そんなことは、わかってるけど……でも、星野を誘ったからには、なにか変化に気づかなかったん?」
「う〜ん……まあ、たしかにそう言うことなら、オレが考えていた以上に、積極的にネタの練習に取り組んでくれたってのはあるかな? オレと飽きずに話してるくらいやから、ある程度お笑いに興味はあったんやろうけど……学生の素人にしては、ツッコミの筋もなかなか良かったし、舞台に立つのが自分に向いてると感じたんと違うかな?」
「舞台に立つのが自分に向いてる……?」
「そうや。舞台に立つ芸人にとって、舞台に立つ自分を信じることが出来るかどうかが、いちばん大事なことやからな。その自信をなくしてしまった人間がどうなるか、オレはそばでたくさん見てきたから――――――」
これまでと違って、少し表情を曇らせたオジサンは、そうつぶやいたあと、さらに言葉を続けた。
「そうや……これだけ、王子くんのことを気にしてくれるキミに頼みたいんやけど……彼について、オレが気になってることを聞いてくれへんか?」
突然、出されたオファーに驚いたあたしは、「え? まあ、話を聞くだけなら……」と曖昧にうなずくしかなかった。




