第5章 推しを推すにも財力がいる〜②〜
ゼミや普段の大学の講義では、頼まれた仕事や課題は問題なくこなしているものの、周囲から見ると、何事に対してもクールで醒めているように感じられる同期生の星野が、新人お笑い大賞という似つかわしくない賞レースに出場し、生き生きとした表情で漫才を披露するようになった理由を探るために、あたしは行動を始めた。
それには、やっぱり、星野のそばにいる当の本人に話を聞くのが一番良いだろうと思うので、あたしは、ダブルジェネレーションの片割れに会ってみることにした。
もちろん、星野が居ないときを狙って――――――。
星野のアルバイトが午後4時から始まることは把握済みだったので、その時間を狙って、ショッピングモールに向かう。
年明けから寒さが厳しくなってきたためか、いつも星野と一緒にいたオジサンは屋外にはおらず、屋内の飲食店街や無印良品、カルディなどの店舗を回ったあと、フードコートに行ってみると、二人の姿を見つけた。
星野に気づかれないよう、慎重に行動しながら、あたしは彼らの近くに席を確保する。
「子どもの頃は気づかんかったけど、大人になってから気づくことってあるよな?」
「なんだよ急に? 『人間ドック』を『人間ドッグ』と勘違いしたり、『東名高速』を『透明高速』、『埼京線』を『最強線』 と勘違いしてたってヤツ?」
「そうそう! そう言うのが欲しかったんや! オッチャンが子どもの頃は、夜に両親が電話を掛けるとき、『夜分、遅くにすいません』って言うのを『親分、遅くにすいません』と言ってると思い込んでて、ウチは暴力団関係の仕事をしてるんや……って思ってたわ」
「いや、怖すぎるだろ、その勘違い」
「あと、大人になってから知ったんやけど、日本のごく一部の地域では、ゲームの『ファイナルファンタジー』を『エフエフ』とかスカした略し方をするらしいな……普通は、『ファイファン』って略すやろ?」
「スカしてないから! 『ファイナルファンタジー』の略し方は、全国的に『エフエフ』一択だろ!」
「いや、それはおかしい! オッチャンが小学生のときには、『エフエフ』なんて言ってるやつ、おらんかったで? 『ファイナルファンタジー』のどこに、『エフエフ』の要素があるねん?」
「それは、英語表記のスペルを見れば……」
「そんなん、小学生にはわからへんやろ? いまは、スカして『エフエフ』って読んでるオッサンたちは、小学生時代、間違いなく『ファイファン』って言うてたハズや」
「そう言う、しょうもない話はイイから! ボクは、もうバイトに行くよ?」
そう言って、ゼミの同窓生は席を立つ。狙いどおり、星野はバイト先に向かうようで、オジサンは一人きりだ。
チャンスだと感じたあたしは、その中年男性に声をかけることにした。
「あの、すいません」
あたしの声に反応したオジサンは、ん? という感じで怪訝な表情をしたあと、
「あぁ、キミか? 久々に若い女の子に声をかけられたから、『オレもまだまだ捨てたもんやないな』と、一瞬、喜びかけたわ」
と、おどけた表情で応じた。そして、オジサンはさらに続ける。
「そんで、オレになんの用なん、ツンデレちゃん。王子くんなら、もうバイトに行ってしまったで」
その言葉にあたしの表情は険しくなる。
「ツンデレちゃん……? 王子くん……?」
「あぁ、王子くんって言うのは、星野くんのことな。オレが勝手にそう呼んでるだけやけど……」
「それじゃ、ツンデレちゃんって言うのは―――?」
「ん? キミ、新人お笑い尼崎大賞を観に来てくれてたやんな? ありがとう! ほんで、王子くんから聞いたんやけど、大会を観に来てくれたみたいやから感想を聞こうと思ったら、『「べ、別にあんた達を観に行ったわけじゃないんだからね!』って言われったて……いまどき、そんなテンプレートなツンデレっぷりを見せてくれるなんて、貴重な存在やなと思って、キミのことはツンデレちゃんって認識してたんやけど……」
「はあ? なに言うてんの!? 気持ち悪い!」
「いや、オレらの世代的には宮村優子か釘宮理恵の声で言ってもらえたら、満点やったんやけどな」
表情を変えずに語るオジサンの一言には、背筋が凍るほどの寒気がした。
「キモッ! 寒イボが立つわ! あたしの名前は、石嶺和子! 今度、変な名前で呼んだら、『不審者がおる!』って、警察に通報するで!」
正直、両親には申し訳ないけど、あたしは自分の『和子』という古臭さをかんじさせる名前が好きではなかった。それでも、このオジサンに変な呼び名で呼ばれるよりは、和子という名前のほうが遥かにマシだ。
フードコートに声が響き渡ることも気にせず、あたしが反論すると、オジサンはヘラヘラと笑いながら言葉を返す。
「はいはい、ゴメンゴメン。けど、キミも王子くんに負けんくらいのツッコミを見せてくれるな」
反省の色も見せず、どうでもいいことを言っているオジサンに対して、ため息をつきながら、あたしは、目の前にいる中年に対して聞いてみようと考えていた本題に入る。
「今日は、星野と話をしに来たんじゃないねん。どっちかと言うと、あなたと話をしに来たんです」
「へっ? オレと話するために来たん? キミもコンビを結成したいとか? それとも、オレの相方になりたいん?」
「なんでやねん! 別に漫才とかコントをするつもりは無いわ! しかも、オジサンの相方になるとか地球が滅びるって脅されても勘弁やわ」
ふたたび、声を張って返答すると、オジサンは、「わかってるがな」と言った感じで苦笑しながら、図星を突いてきた。
「そしたら、何や? 王子くんのことか?」
「うっ……まあ、そうやけど……大学に入って、一回生の頃から星野のことを知ってるけど、なんで、あんなに生き生きとした表情で漫才をしてたんかなって、思って……」
あたしが、言葉につまりながらそう答えると、オジサンは、不思議そうな顔をして、さらに質問を畳みかけてくる。
「王子くん自身のことやったら、本人に聞くのが一番良いんちゃう? オレは、王子くんと1日30分くらい無駄話をしてるだけの関係でしかないで?」
もちろん、そう返答されることは想定していたけど―――。
「そ、それは相方から見た星野のこととか、漫才で気合いが入るコツとか、色々と聞けるかなと思ったから……」
またも、語尾が小さくなりながら答えるあたしに、オジサンは、「ふ〜ん」とつぶやくように相づちを打つ。
そして、おもむろにあたしが星野以外には気付いてほしくないことを指摘して来た。
「そしたら、オレも気になることがあるから、その質問に答えてくれたら、何でも聞いてもらって良いよ」
「なによ、気になることって?」
「うん、キミのその前髪やけど、どっかで見たことあると思ってん。前に王子くんに推しのアイドルの顔写真を見せてもらったんやけど……もしかして、その前髪、あの都月とお香って娘を意識してたりするん?」
オジサンの言葉に、あたしは、自分の顔がドンドン紅くなっていくのを感じた。




