第5章 推しを推すにも財力がいる〜①〜
同じゼミに所属する星野信之が、大学近くの書店でのバイトのシフトに入る前、見知らぬ中年の男性と話し込んでいる姿は、もう何度も目にしていた。
去年の秋頃、
「ゼミ生で、『就職活動の決起集会』と言う名の飲み会を開催したらどうや?」
とゼミの教官である上田先生から提案されたあたしは、早速、星野に声をかけることにした。
「なあ、星野。今日、バイトが始まるまで、ちょっと時間ある?」
ただ、声をかけた相手は、話の中身を確認するまでもなく、
「ゴメン! バイト前は、ちょっと外せない用事があるんだ」
と断って、キャンパスを出て行ってしまった。
(なんやの? 感じ悪いな……バイト前にそんな大事な用事って何なん?)
気になったあたしは、カバンを取りに戻ってから、すぐに星野を追いかけることにした。
ただ、男子学生と女子の自分とでは、脚力や体力に差があるからだろう……。
あっという間に引き離されたあたしは、ショッピングモールの中庭のあたりで星野を見失ってしまった。
そして、しばらく、中庭のカリヨン・ガーデンのあたりを探し回っていると、見慣れた背中が石段に腰掛けているのを見つけた。そして、その星野の隣には、見知らぬオジサンがしゃがみ込んでいる。
なにやら話し込んでいる二人の背後から近づくと、こんな会話が聞こえてきた。
「ふ〜ん、まあ、アイドルやってるくらいやから、可愛い娘やとは思うけどな……でも、その年齢で推し活に熱を上げるなんて勿体ないやろ? 『嘘はとびきりの愛なんだよ』なんて天才的なアイドル様の言葉を間に受けてるんか? 大学生といえば、女の子といちばん仲良くなれる時期やん」
「『推しの子』のセリフを引用しなくて良いから! それに、身近な女子と仲良くなるとか、そういうことは、どうでも良いんだよね。オジサンだって、子どもの頃は、阪急ブレーブスを熱心に追ってたんだろう? 『推しは推せるうちに推せ!』ってこと。ボクは、とと香に青春を捧げても良いと思ってるんだよ!」
昔からの知り合いだったのだろうか?
年齢が離れている割に、絶妙な間合いでツッコミを繰り出した星野は、相手を論破して言い負かすことが出来た、と感じたのか興奮状態から一息ついたように、大きく息を吐いた。
ただ、そんな星野の言葉には、まるで堪えていない、と言った感じのあきれ顔でオジサンは返答する。
「まあ、若いうちは何かに情熱を傾けるのも悪くはないと思うけどな……キミの後ろで怖い顔して突っ立てるお姉ちゃんのことも、たまには気に掛けたりや」
オジサンの言葉に振り返った、ゼミの同期生にあたしはこれまで溜め込んだ感情を静かにぶつける。
「ゼミの大事な話があるから声かけたのに……外せない用事っていうのは、こんな冴えないオジサンと推し活について語り合うことやったんや?」
あたしの姿を確認した星野は、
「えっ、石嶺…………」
と絶句したあと、
「いや、これからバイトがあるからさ……」
そう言って、立ち上がり、バイト先の書店が入ってる「にしまち」と名付けられた建物に逃げて行った。
翌日、あたしは二時限目の情報メディア史の講義が終わったあと、星野に就活のための決起集会の重要性をコンコンと語ることになったのは言うまでもない。
その時も、
(あのオジサンは、誰だったんやろう?)
と気になってはいたけど――――――。
しばらくして、秋が深まってきた頃、あたしがSNSの複垢でこっそりチェックしていた、星野の裏アカウントに、こんな内容がポストされた。
reverse-side_hoshino
@reverse-hoshino
今年の新人お笑い尼崎大賞に、ダブルジェネレーションというコンビ名で出場することになりました!
ネタの動画をアップロードしたので、良ければ見てください
【ダブルジェネレーション】マラソン
#新人お笑い尼崎大賞
#ダブルジェネレーション
2025-10-31 15:45:30
投稿を見たとき、あたしは自分の目を疑った。
「星野がコンビを組んでお笑い大賞に出場?」
思わず声を出してしまった自分に驚きつつ、リンク先の動画をタップすると、告知に偽りは無く星野とあのオジサンが、コンビで漫才を演じ始めた。
「どうも〜、ダブルジェネレーションで〜す」
「僕らダブルジェネレーション言いまして、48歳のオジサンと……」
「20歳のコンビでやらせてもらってま〜す」
「まあ、こんな感じで、僕らみたいに親子ほど年齢が離れてるのにコンビを組んでると、色々とジェネレーションギャップを感じることが多いんですよ。たとえば、コギャル、写メ、ソニプラみたいな言葉が通じない」
「それを言うなら、エモい、草、ワンチャンみたいな言葉は、オッチャンたちには通じないよね?」
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「ホンマ、なにしてんねん――――――」
3分ほどで終了したネタを見終わったあと、つぶやくように声が漏れたけど、いま考えても、そこに星野をバカにしたりするニュアンスは無かったと思う。
それは、自分の頬が自然とほころんでいたことからも間違っていなかったと思う。
こんな風に、動画投稿による予選会を通過したダブルジェネレーションの本選会を観覧しに行き、大会の翌日、星野本人にネタの感想をたずねられたあたしは、
「思ってたよりは面白かったんちゃう? 星野が、あんな生き生きした表情で舞台で演じるなんて、意外やった」
と返答した。
そして、あたしは自分の言葉どおり、何事にも醒めた対応を取ることの多かった星野が、ハツラツとした姿で舞台を駆け回るようになった理由を探ってみようと考えた。




