第1章 この川辺で暇をつぶすだけの青春があってもええんちゃう?〜③〜
「そうやなぁ……生きてる間に、何かしら爪痕を残そうと思ってな―――」
そうつぶやいたあと、中年男性は、自分の発言に照れて焦ったのか、取り繕うように、
「いや、まあ、200歳まで生きることを目標にするほど、もう若くもないし……」
と言葉を続ける。
「いや、そんなドヤ顔をして、『成瀬は天下を取りに行く』を意識しなくても良いから……」
その後、お約束の滋賀あおりを軽く論破すると、オッサンは、反省したのかどうか良くわからない微妙な表情を見せたあと、遠い目をしてつぶやいた。
「まあ、ホンマは中身のない会見で置き去りにされてる県民を代表して、『オレらのことを忘れんなよ』ってアピールしたかったんや」
「なるほど……それで、無くなってしまった野球チームのユニフォームを着てたんですね? オッサン……いや、すいません、あなたは、その阪急ブレーブスのファンだったんですか?」
会話がスムーズに進むので、初対面にもかかわらず相手のことをオッサン呼ばわりしてしまったが、気さくなオッサンは、気にした様子もなく笑顔で答える。
「別に、オッサンって呼んでくれて構わへんよ。実際、もう40代後半やし。20代のキミから見たら、十分にオッサンやろうしな。オレは、佐藤義徳。聞かれたとおり、生まれてこの方40年以上の阪急ブレーブスのファンや。あと、こう見えても、お笑い芸人やっててん。ところで、自分の名前は?」
関西では、相手のことを指すとき、「自分」というワードを使うことが多い。静岡から転校してきた当初は、その言葉に戸惑ったものの、引っ越して来て何年も経ったので、もうその表現にも慣れた。ただ、驚いたのは、その直前に発せられたワードだった。
「えぇ、ホントにお笑い芸人だったの!?」
「まあ、意外に思うのも無理はないわな? この知性が溢れ出す見た目からは、銀行員か大学教授にしか見えへんやろ?」
「どこが、知性が溢れ出す見た目だ! どう見ても、お笑い芸人のイキってボケをかます方か、でなけりゃ、尼崎のチンピラにしか見えんわ!」
見え見えのボケに思わずツッコミを入れてしまったが、相手は自称とは言え、プロのお笑い芸人である。そのことに気づいて、身構えると、クックックと可笑しそうに笑いながら、佐藤と名乗ったオッサンは口を開く。
「自分、なかなかキレのあるツッコミするやんか。ほんで、名前は?」
「あっ、そうだ。星野、星野信之って言います。お笑い芸人みたいな見た目だなって思ってたら、ホントに芸人さんなんでビックリしましたよ」
「ほう……ほしののぶゆき……ほな、キミのあだ名は、今日から王子さまやな」
ボクが名前を名乗ると、オッサンは、そう言って、またニカリと笑う。
「星の王子さまって、ベタ過ぎでしょ? 童話じゃあるまいし……いまどき、小学生でもそんなあだ名つけないって」
「いや、阪急ブレーブスに、星野伸之って選手がおってルックスの良さから『星の王子さま』って呼ばれてたんや。そのピッチャーのカーブは超一級品で―――」
「すいません、その話、長くなりそうですか? ボク、そろそろバイトに行かないといけないんですけど……」
話を切り上げようと腰をあげて立ち上がろうとすると、オッサンは焦ったようにボクを引き留めようとする。
「ちょ……こっからが本番やのに!」
「じゃあ、また機会があったら、聞かせて下さい。あっ、そうだ。最後に気なったことを質問させてもらって良いですか?」
「なんや、見た目によらず、マイペースやな、この王子さまは……えぇよ、答えられることなら、なんでも答えるから」
「お笑い芸人やってたって言ってましたけど、なにか有名なテレビ番組とか出たことあるんですか?」
「ん? テレビか? まあ、コンビやってたときは、いくつか出たことあるけど……いちばん大きな仕事は、『おはようサンシャイン』のレポーターかな?」
「えっ、『おはサン』? マジで? 自宅でも、いつも観てるよ!」
『おはようサンシャイン』(通称『おはサン』)は、朝日放送テレビで平日の朝5時〜8時、および土曜日の朝6時〜8時にかけて生放送されている関西ローカルの朝の情報番組で、放送開始から40年以上が経過している長寿番組である。
静岡から滋賀に引っ越す前、我が家では日本全国で放送されている『グッド!モーニング』を観ていたので、地域限定の朝の情報番組が放送されているということ事態が衝撃であった。
それでも、滋賀に移住してきてから5年以上が経過し、すっかり関西ローカルの番組に馴染んだ星野家では、毎朝6チャンネルを選択して、『おはサン』を視聴している。
「まあ、出演したって言っても、もう20年以上も前の話やし……レポーター役として一回出演したきりで、番組を出禁になってしまったんやけどな」
そう言って、オッサンはガハハハハと豪快に笑う。
「はっ? ちょっ、一回で出禁ってマジで、マジで? どう言うこと? 詳しく話を聞かせてよ!」
立ち上がりかけた体勢から、川辺の石段に座り直して問いかけたボクに、オッサンは鬱陶しそうに返答してきた。
「なんや、これからバイトがあるんちゃうんかいな? この話、イチから語ると長くなるで?」
ボクは、小さく舌打ちをして、バイトの開始時間が迫っていることを確認したあと、知り合ったばかりの中年男性にアポイントを取ることにした。
「オッサン、明日もここにいる? ボク、また明日ここに来るから」
「あぁ、えぇよ。用事がないときは、昼から大体ここに居てるから、いつでもおいで」
そう答えたオッサンを残して、ボクはバイト先の書店に向かった。




