第3章 塚口サンサン劇場の逆襲〜⑩〜
「都村さん、ご無沙汰してます。最近は、なかなか、ここまで来れなくて、すいません」
1階の受付窓口で声をかけてきた中年男性に、都村はすぐに反応する。
「お久しぶりです、佐藤さん! わざわざ、お越しくださってありがとうございます。でも、思い出話なら、他の場所でも良いのに」
笑いながら返答すると、佐藤も同じような笑顔で応えた。
「いや、推しの映画館には、ちゃんとお金を落とさんとね」
そして、こう付け加える。
「そのついでに、と言うと申し訳ないんですけど……一緒に来たこの子に、ちょっと、サンサン劇場の栄光の歴史を聞かせてもらえたら、と思って―――」
「劇場の歴史ですか? そんな大げさなものでも無いと思うんですけど……」
頭をかきながら謙遜する都村に、佐藤は「いやいや、なにをおっしゃいますやら……」と言って、ニヤリと笑う。
「最近、この星野くんと、近所のモールで話込むことが多いんですけど……僕の推しを語ったら、もう終わってしまった『本物のオワコンばっかりじゃないか』って言われるんですよ」
佐藤の一言に、星野と呼ばれた若い男がすぐに反応する。
「そりゃ、そうだろ? 阪急ブレーブスに……なんだっけ? なんとか青年団? そんな昔のラジオ番組の思い出話ばかり聞かされても、なにも共感できないって!」
そんな風に中年男性に苦言を呈したあと、都村の方を向き直った星野は、ハッと我に返ったような表情をしたあと、
「あっ! 申し遅れました王手前大学3年の星野といいます」
と言って、ペコリと頭を下げた。
「はじめまして、このサンサン劇場で企画や営業の仕事を担当している都村です。佐藤さん、『サイキック〜』の話をしてたんですか? ダメですよ、こんな若い人をあんな道に引きずり込もうとしたら……」
苦笑しながら語る劇場の営業部員の紹介を待って、佐藤がふたたび、口を開く。
「まあ、そう言うこともあって、いまも現役でバリバリ成果を出してるサンサン劇場さんのことを話そうと思ってたんですけど……そしたら、都村さん本人に語ってもらうのが一番やなと思って、彼を連れてきたんですわ」
佐藤の言葉に、星野も続いた。
「はい、尼崎に元気のある映画館がある、と聞いたので……これから、就職活動をするにあたって、実際に色々な経験をされている社会人の方のお話は貴重な機会だと思っているので、よろしくお願いします」
そう言って、今度は深々と頭を下げる星野に、都村は恐縮する。
「いや、就活生の方に、参考になるようなお話なんて出来るかわからないんですけど……それじゃ、お二人がご覧になる映画が始まるまでの時間で良ければ――――――」
そう謙遜しながら、都村は、佐藤と出会った頃に起きた塚口サンサン劇場の文字どおり劇的な変遷を語りだした。
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「なんだか、学園祭みたいな雰囲気で本当に楽しそうですね」
都村の話を聞き終えた星野は、感心したような表情で、感想を述べた。
「学生さんにそう言ってもらえると、嬉しいですね。自分自身は、塚口サンサン劇場の活動は、お客さんと一緒に盛り上がる『大人の文化祭』だと思ってるんです」
笑いながら応える劇場の営業部員に対して、星野は深く納得したようにうなずきながら、
「大人の文化祭ですか。いい言葉ですね」
と、つぶやき、フッと表情を崩して、さらに言葉を続ける。
「この映画館のお話を聞かせてもらったら、なんだか元気になれた気がします。ありがとうございました!」
「そうですか、それは、良かった。では、このあと映画を観て、さらに元気になって下さい」
「はい! そう言えば、お話のなかで、上映している映画を盛り上げるために、手作りで装飾をしていると言われてましたよね? 映画が始まるまでもう少し時間があるみたいなんで、そのディスプレイを見に行っても良いですか?」
「もちろんです! 劇場に来ていただくお客様のためにスタッフ一同で制作しているので。ぜひ、ご覧ください」
その言葉に、笑顔で「はい!」と、うなずいた星野は、地下の劇場で展示しているダンボール製のジオラマを見学しに行った。若い学生の活気ある後ろ姿を眺めながら、都村は佐藤に語りかける。
「星野さんは、就職活動を控えていると言ってましたけど、ホントに自分たち劇場の話で良かったんでしょうか? これから、お仕事をされる人なら、小林書店さんのお話の方が参考になると思うんですけど―――」
彼は、そう言って、数年前まで尼崎市内で営業をしていた商店街の小さな書店の名前をあげる。
すると、佐藤は、その言葉を肯定するように、うなずきつつ、こう言った。
「ああ、『仕事で大切なことはすべて尼崎の小さな本屋で学んだ』ですね? 僕もあの本を読ませてもらったし、実際に子供の頃は、小林書店さんでマンガを買ってたので、思い入れは深いんです……それに、彼は近くの蔦屋書店でアルバイトをしてるから、たしかに小林書店さんのお話は参考になることが多いと思います。でもね―――」
「でも?」
「小林書店さんは、お店を閉じられたし、そこにお邪魔するのは申し訳ないな、と……それに、僕としては、やっぱり、現役バリバリで元気な姿を見せ続けてくれているサンサン劇場さんの生の話を聞いてもらいたいな、と思ったんですよ」
「そうですか」
照れながら返答する都村に、佐藤はさらに言葉を続ける。
「いま、本屋さんや映画館だけじゃなく、この国全体に元気が無いなって思うことが多いんですよ。けど、サンサン劇場さんは、色んな試みをして、映画ファンの心を掴んで、街の中の規模の大きくない劇場でも、これだけの活気を生むことができるという『物語』を見せてくれた。僕だけじゃなく、サンサン劇場を推してる映画ファンは、そういう物語の一員になれたような気持ちなんじゃないですかね? そして、いまの時代に必要なのは、そういう元気をもらえる、元気になれる『物語』やなって思うんです」
「う〜ん、『物語』ですか。自分たちは、映画の中でそれをたくさん見てもらってきたつもりなんですけどねぇ。そう言えば、いまの話で思い出しました。佐藤さん、『潜在的アナーキーを有機化する』ってフレーズ覚えてます?」
「えぇ、『サイキック青年団』の番組コンセプトですよね? たしか、キング・クリムゾンのロバート・フリップの言葉」
「このフレーズを僕に話してくれたのは佐藤さんですよ? そして、ウチの劇場に来てくれているお客様が、マサラ上映や応援上映がきっかけで元気になって、他のお客様にもそのパワーを分けるように繋がってくれるなら…そんな場所を提供できるなら…こんなに嬉しいことはないって考えています」
都村の一言に、「僕、都村さんにそんなこと言いましたっけ?」と、怪訝な表情をしながらも、懐かしそうに言葉を続けた。
「なんにせよ、僕もサンサン劇場で映画を観て、元気をもらったうちの一人ですからね。あの日、『電人ザボーガー』のチラシに書いてあった『あきらめるな! 立ち上がれ』のキャッチコピーには、心が救われましたから」
その表情に、都村は、この劇場で『電人ザボーガー』を上映したことに間違いはなかった、と心の底から感じるのだった。




