第3章 塚口サンサン劇場の逆襲〜⑦〜
サンサン劇場で初のマサラ上映―――。
その開催直前のときの心境を都村はこう振り返る。
(自分はまだマサラを体験していないし、正直どこまでお客さんが来てくれるかわからない……)
(毎月1日の映画サービスデーの日に開催すれば、料金も安いし、少しはお客さんが増えるかな?)
そんな心境で、恐る恐る始まったマサラ上映だったが、劇場が熱狂の場となるまで、さほど時間はかからなかった。
都村が不安を覚えていたように、集客に自信があったわけではないが、やれるだけのことはやろう―――と、劇場周辺の店舗と協力してコラボ企画を行ったことも成功の要因だった。
劇場から歩いてすぐにあるインド料理店のタージマハル・エベレスト塚口店と協力し、サンサンスペシャルカレーや雑貨を販売。インドのビールなども仕入れた。
『塚口印度化計画』
と題して、観客にインド気分を楽しんでもらうように準備を進めた。
なお、このイベント名称は、大槻ケンヂが結成したロックバンド筋肉少女帯の『日本印度化計画』という楽曲にインスパイアされた、と都村はのちに告白している(ちなみに、大槻ケンヂもまた、ラジオ番組『サイキック青年団』にゲストとして何度も登場し、本職の音楽だけでなく、サブカルチャーの方面でも、リスナーに大きな影響を与えた一人だ)。
この初回のマサラ上映では、もう一つ、その後の塚口サンサン劇場のスタンスとなるような場面が見られた。
それは、「劇場に足を運んでくれた観客を巻き込む」ということだ。
サンサン劇場は、公式ブログのマサラ上映当日にインドの衣装のサリーを着てきてくれる観客に、こんなお願いをした。
「きれいなサリーを身に纏い、ラクシュミー神のようなお姿で、当劇場のチラシを30分間配ってください」
そのお礼に、劇場の招待券をプレゼントするという呼びかけだ。
そのメッセージがファンに伝わり、当日は映画上映開始前に、予想以上の数のサリー姿の人たちが劇場を訪れた。劇場では、インド料理店のカレーが売られ、スパイスの香りが漂う空間となった。
このように、上映前の段階で「塚口印度化計画」は現実のものになろうとしていた。
そのマサラの本場、インドでは、映画が長らくエンターテイメントの頂点に君臨していた。特に富裕層でない人々の多いインド南部では、日々のつらい労働を忘れさせてくれる最上の娯楽として親しまれていた。
インド映画にダンスシーンが用いられているのも、それが理由だ。
かつての低予算映画の中には、通常のドラマシーンは白黒で撮影し、ダンスシーンだけフルカラーになる作品も見受けられた。
そして、ダンスの場面になると、観ているインド人たちは、歌い、叫び、踊りだして、熱狂し、お祭り気分になるのだ。それだけ、インド人にとって、映画のダンスシーンは重要だと言える。
はたして、塚口サンサン劇場初のマサラ上映の試みは、どうなるのか――――――?
迎えた上映本番。
場内はほとんど満席になり、都村たち劇場スタッフは、まずは、ホッとする。
サリーを着て、チラシの配布に協力してくれた観客も無事に着席し、まるで場内が本当にインドの映画館になったようで、その光景には驚かされた。
ここまでは何とかなった……。
(映画が始まれば、もう後はお客様のものだ)
そう考えていた都村も、
(一体どうなるのか?)
(本当に盛り上がるのか?)
(クラッカーと紙吹雪は大丈夫?)
様々な不安で頭が一杯になっていた。
だが、場内が暗くなってスクリーンに、『恋する輪廻オーム・シャンティ・オーム』のタイトルが、映し出された瞬間――――――。
劇場内では、一斉にクラッカーが鳴り、紙吹雪が舞い、大歓声が飛び交う。
都村は、上映開始15秒で、このイベントが成功したことを確信した。
本当にこの時から、塚口サンサン劇場は生まれ変わったと言っても過言ではないと都村は振り返る。
今の塚口サンサン劇場は、ここから始まった――――――。
都村は、そう確信している。
塚口サンサン劇場ではこれ以降、
「観客が自らアクションを起こし、他の観客の楽しみ方を手伝う」
という場面が定着していく。
マサラでは、紙吹雪やクラッカー、手作りのフラッグを配る、ということが、いわば「恒例の風景」となっていった。
それは、サンサン劇場がある意味、マサラの後発映画館だったこともプラスに働いたのかも知れない。ほかの劇場でその楽しさを知った人たちが、「その良さを伝えたい」「楽しさを共有したい」と動いてくれた結果だった。
地方の映画館や都心のアート系ミニシアターの閉館が相次ぐなか、塚口サンサン劇場は、現在も日本全国から映画ファンが集う場となっている。
劇場のスタッフは、現在約20人。
これまで「どうすればお客様に喜んでもらえるか」という一心で、やれることはなんでもやってきたと言う都村の思いはスタッフにも共通している。
柔軟に企画のアイデアを出したり、工作の得意なスタッフが、イベント上映に合わせて巨大な段ボールアートを制作したりしながら、各自が得意分野で力を発揮している。
「映画館を、みんなで遊ぶ場所に」
そう考えて始めた様々な企画が実を結び、映画館としての一つの理想形が少しずつ形づくられていくことになる。このマサラ上映は、塚口サンサン劇場の大きな転機となった。




