第3章 塚口サンサン劇場の逆襲〜⑥〜
2012年秋に開催された『桐島、部活やめるってよ』のトークイベントを皮切りに、サンサン劇場では様々なトーク企画が、この地下1階の待ち合いスペースを活用して実施されていくこととなる。
都村は、それを「語る映画館」と名付けた。彼は、そこに、
「映画館が、人同士の語り合う場所、きっかけになるように」
という意味を込めた。
ある日、劇場を訪れていた佐藤にそのことを告げると、
「それは、ファンにとってありがたいですね〜。映画館が、ファンの熱と制作者の熱がぶつかり合う場所になるって、スゴいことじゃないですか!」
と感心したあと、「けどねぇ……」とニヤニヤした顔で続ける。
「オタクが集まって語り合うだけの場所になってしまうと、僕には喫茶『れい』の悲劇が真っ先に思い浮かぶんですよ。最近、竹内さんや大森望さんが、この件についてツイートしてたんですよね……おまけに、ウィキペディアの大久保怜さんのページも、こんな風に更新されてたり……この加筆部分、絶対、サイキッカーの仕業でしょ?」
佐藤は、そう言ってスマホを操作し、都村にウィキペディアのページをかざした。
◆ ◆ ◆
大久保怜 人物・エピソード
1980年代、大阪市内で喫茶店「れい」を経営していた。やがて自然発生的に、映画・アニメ・アイドルなどに偏執的な知識と熱狂的な興味を持つ若者集団(※当時はまだオタクという概念はなかった)の溜まり場となった。彼ら常連客はコーヒー1杯で何時間も居座るなど回転が非常に悪かったため、大久保は店から締め出すことを決意、カラオケ機器を導入し、話すことをできなくする実力行使に出るも、批判を浴び、あえなく店を畳むことになったという。このときの常連客に竹内義和や大森望がいた。
◆ ◆ ◆
佐藤が差し示すページに目を落とした都村は思わず苦笑する。それは、都村や佐藤たち『サイキック青年団』のリスナーにとって、おなじみのエピソードだった。
そのことを意識しながら、彼は答える。
「ウチのイベントは、常時開店してるわけではないので……でも、そうならないように気をつけます」
そして、こう続けた。
「『電人ザボーガー』や『桐島、部活やめるってよ』を上映して、お客さんと交流を持って気付いたことがあるんです。作品には、必ず作り手が込めた思いがあって、こだわりがあって、届けたい相手がいます。それを、ちゃんと熱量を失うことなく届けるのが僕たちの仕事です。これからも、そのことを忘れたくないな、と……」
劇場スタッフとしての想いを語る都村の言葉に感じることがあったのか、佐藤は感心するようにうなずきながら返答する。
「劇場の人が、そんな風に熱い思いを持ってくれてるなら、サンサン劇場には、これからも大勢お客さんが来てくれるんちゃうかな〜。そんで、『語る映画館』の次は、『踊る映画館』ですね?」
「う〜ん、映画館で踊るって言うと……マサラ上映ですか?」
「たしかに、パッと思いつくのは、インド映画のマサラ上映ですね。けど、僕は高校生のときに経験した体験型上映が忘れられないんですよ」
「佐藤さんが高校生の頃って言うと、15年前くらいですか? その頃は、まだインド映画もブームになる前だったし……佐藤さんが体験した踊る映画ってなんですか?」
「はい、『ロッキー・ホラー・ショー』ですわ。大槻ケンヂの『グミ・チョコレート・パイン』っていう小説に主人公が、この映画のオールナイト体験型上映に参加するエピソードがあって憧れてたんですけど……実際に、自分も参加してみたら、クラッカーは鳴るわ、甲子園球場でおなじみのジェット風船は飛ぶわ、楽曲に合わせてみんなで踊りだすわで、ホンマに楽しくて―――でも、日本って映画を観賞するときだけは、マナーにうるさいでしょ?」
「まあ、当館でも他のお客様に迷惑になるような行為は控えてもらうように呼び掛けていますね」
都村は苦笑しながら答える。そんな劇場スタッフの言葉に対して、佐藤は持論を展開した。
「もちろん、観賞中のマナーは大事だと思うんですけど……僕の職業がお笑い芸人のせいか、ちょっと、寂しいと感じるのも事実なんですよね。欧米なら、コメディ映画は本当に客席から爆笑が起きます。日本でも、僕らの仕事場である演芸の舞台はネタが受けたら客席は爆笑の渦ですし、アイドルのコンサートとかスポーツ観戦では声を出して応援するのが普通ですよね?」
「えぇ、そうですね」
「僕、芸人の仕事が少なくなってから、大学に通い始めたんですけど……一般教養の日本文化の講義で、担当の講師が、アイドルや野球の応援でファンがこぞって声を出す文化は、江戸時代の歌舞伎の観劇スタイルが発祥だろう、って言ってたんですよね。たしかに、歌舞伎の重要なシーンで『〇〇屋!』って声が掛かるでしょ? これは、いまで言えばアイドルのコンサートのコールそのものかもしれない。それなら、日本人のDNAにも、声を出して観劇する文化は残ってるんやろうな、って―――」
「なるほど、言われてみれば、そうかもしれないですね」
「それに、喫茶『れい』の事例を持ち出すまでもなく、昭和のオタクは知識を語り合うことがアイデンティーでしたけど、いまや21世紀のオタクは、ヲタ芸をうって対象を応援するが、流行りみたいじゃないですか? それなら、『ロッキー・ホラー・ショー』みたいな体験型上映も受ける下地があるんじゃないかと思うんですよ」
都村が、佐藤とそんな会話を交わして、しばらく経った頃――――――。
その年の春に神戸の元町映画館で開催された『恋する輪廻オーム・シャンティ・オーム』のマサラ上映を観賞したサンサン劇場の女性スタッフが、その楽しさと興奮を、すぐに都村をはじめとする他のスタッフに伝えた。
そして彼女は、「サンサン劇場でもマサラ上映をやりたい!」と提案する。
都村は、その申し出をすぐに採用した。
2013年6月1日(土)マサラ上映実施――――――。
こうして、塚口サンサン劇場で初めてのマサラ上映が実現することになった。




