第3章 塚口サンサン劇場の逆襲〜⑤〜
『電人ザボーガー』が、塚口サンサン劇場のスタッフの意識と、劇場を取り巻く環境を少しずつ変えた翌年―――。
一本の邦画に、映画ファンの話題が集まっていた。
この年の夏に劇場公開され、ジワジワと口コミで評判を呼んで多くの称賛を集め、最終的には公開の翌年にあたる2013年に発表された第36回日本アカデミー賞で最優秀作品賞を含む、三部門で最優秀賞を受賞したその作品のタイトルは――――――。
『桐島、部活やめるってよ』
男子バレーボール部のキャプテン桐島が部活を辞めるという報せが学校中に広がり、生徒たちの間に動揺が走る。当の桐島は学校を休んでおり、彼が退部することについて、部員はおろか桐島の彼女・梨紗や、親友・宏樹すら相談されていなかったため、誰もその理由がわからなかった―――という物語。
様々な登場人物の視点によって展開されるストーリーに、多くの映画ファンが夢中になった。
この作品が爆発的な人気を呼んだ理由は、こんな風に分析されている。
タイトルにもなっている男子生徒・桐島が登場しないこと。
桐島を話題にする周辺の高校生たちだけで話が進む群像劇であること。
高校のスクールカーストと呼ばれる暗黙の序列を描いた作品であること。
その中で底辺あつかいをされている映画部の人物にスポットが当たっていること。
などなど―――。
そのためか、映画の観賞後にファンの間で、
「作品について語りたい」
「自分の高校生活について話したい」
などの声が、SNSを中心に次々と上がっていった。
しかし、最終的な興行収入2億6900万円という数字が示すように、多くの映画賞を受賞した作品にしては、決して、興行的に大ヒットを収めた作品とは言えない。そのため、8月に始まった劇場公開も、秋になる頃には、日本全国で観賞できる映画館は数えるほどしか無い……そんな状態になっていた。
このような状況の中で、セカンド上映の番組編成を行なっていた塚口サンサン劇場は、『桐島〜』の劇場公開をスタートすることになる。
都村は、この作品を公開初日に観賞し、
「これはやばい映画が来た」
と直感して、すぐに配給元に掛け合い、10月上旬からの上映を実現させていた。
何度も観たくなる映画である、ということを踏まえてリピーター割引などのキャンペーンも実施。上映期間中に、「もう一度観たくなった」人たちが塚口に足しげく通い、さらに人気が拡大することになる。
そんな中、ある一つの企画が持ち上がる。サンサン劇場によく通っている映画ファンの一人であるWebマガジンの編集長から、こんな提案があったのだ。
「『桐島』を見た方はきっとこの想いを誰かと語りたい、分かち合いたいと思っているはずだ」
それは、以前、佐藤が口にした言葉とも共通する内容だった。
「映画ファンは、いつでも映画について語りたい生き物ですしね」
ちょうどその頃、塚口サンサン劇場の地下一階が空きスペースになった。
テナントに入っていたゲームショップが退去し、劇場側もこのスペースをどう使おうか、考えているところだったのだ。
「そうだ、ここを話し合う場にすればいい」
ただ、塚口サンサン劇場では、過去にそのようなトークイベントを開催したことはなかった。
劇場内でのトークイベントと言えば、真っ先に思い浮かぶのは、監督や俳優たちの舞台挨拶だろう。
それは、映画の上映前もしくは後に登壇して、作品の裏話や作った思いを語る形式のもの。
だが今回は勝手が違う。目的はあくまで、『桐島、部活やめるってよ』を観て「語りたい」という人たちの思いにこたえること。語ろうとしていることをくすぶらせている人に来てもらい、一方通行ではない場にしないといけない。
その時、提案者の森田編集長が登壇者を紹介してくれた。―――と言っても、映画関係者ではない。評論家でもない。編集者だったり、コピーライターだったり、古本屋店主だったり、と肩書はそれぞれだが、映画『桐島、部活やめるってよ』の関係者ではない人たちだ。
ただ、今回のイベントは、その方が断然よかった。関係者や評論家のトークだと参加者はそれを聞くだけという形になるが、それでは、今回のイベントの趣旨と異なってしまう。みんなの「『桐島〜』について話したい!」という気持ちの行き場を失ってしまうのだ。
だからこそ、あえて無関係な人たちに登壇してもらい、観客の方々のトークのきっかけを作る。
登壇側が関係者じゃないからこそ、一観客の意見として話され、それに対して賛同や反対が出てくることで、皆さんが話すきっかけが生まれていく。
都村は、この企画に乗った。
SNSで語るのとは異なる、同じ場を共有しているからこその強みを出したい、と考えたのだ。
2012年10月13日に開催された、トークイベント『桐島に、一言物申~す!』は、こうして生まれた。
なお、イベントのタイトルは、お笑い芸人の江頭2:50が、口にする「お前らに一言物申〜す」というフレーズからインスパイアされたものだ。
その江頭2:50は、世間に注目される前から、都村と佐藤がリスナーだったラジオ番組『サイキック青年団』の出演者たちと親交が深く、番組にもゲストで登場することが多かった。
劇場のブログには、
「桐島に振り回されっぱなしでいいのか! 桐島に一言言いたい! こんなに熱くさせた桐島について語りたい!」
という文字が躍った。
そして迎えた当日―――。
会場となった劇場地下一階のスペースは、70名に迫る参加者で満席となった。
イベントの開始前、都村には、「本当に皆様、人前でお話しされるのかな?」という不安があった。
だが、イベントが始まると、そんな不安は一瞬で払拭される。
「私に話をさせてくれ!」
と言わんばかりに勢いよく上がるたくさんの手に都村は驚いた。
彼には、「日本人は自己主張が控えめ」という勝手な思い込みがあったが、それは、思い込みに過ぎなかったのかも知れない。参加者たちの熱量はすさまじく、彼らのクロストークが白熱しすぎた熱気で、その場にいるだけで汗が出るほどだった、と振り返る。
イベントが終了してから、何日か経ったあと、都村は『桐島、部活やめるってよ』を観賞しに劇場を訪れた佐藤に声をかけた。イベントの模様を伝える都村に、佐藤は苦笑しながら、「あぁ〜、悔しいなぁ。そのイベント参加したかったわ〜」と言ったあと、こう続けた。
「これって、『潜在的アナーキーを有機化する』ってやつですね。普段は大人しい日本人が、それだけ熱くなるって、そういうことやと思いますよ」
「その『潜在的アナーキーを―――』って言葉、どっかで聞いたことあるなぁ」
都村がつぶやくように言うと、佐藤はうなずきながら答えた。
「えぇ、キング・クリムゾンのギタリスト、ロバート・フリップの言葉らしいですね。これ、『サイキック青年団』のディレクターの板井さんが、企画書を提出するときに、番組コンセプトとして使ったフレーズらしいですよ」
佐藤が、このように決め打ち(分析)したファンと劇場の熱意は、作品の制作者にも伝わった。その盛況ぶりを聞きつけた映画『桐島〜』のプロデューサーが、月末に劇場を訪れ、2回目のトークイベントが開催されることになったのだ。
これまで単なる「まちの映画館」に過ぎなかった場所で、映画ファンが集い、激論を交わす。
そして業界人が注目しはじめる。
それは、都村や劇場スタッフの映画作品を選ぶ眼と、即断即決、ファンの気運をつかむアンテナのたまものだった。
これ以降、旧Twitterでは、
#塚口
#サンサン
という文字が、頻繁にあらわれようになっていく。
ボクシングやサッカーなどのスポーツでよく使われる言い回し(「キンシャサの奇跡」「カンプ・ノウの奇跡」など)になぞらえて、『塚口の奇跡』と呼ぶファンもあらわれ始めた。
これまで、「セカンド上映をする二番館」としてしか知られていなかった映画館。
関西での上映も、大阪・京都・神戸でのロードショーが終わった後に、ようやく上映が実現していた、まさに「地方の映画館」。
そんな塚口サンサン劇場の名が、東京の映画業界にまで、少しずつ少しずつ、とどろきはじめていた。
そして、塚口サンサン劇場は、ここからさらに大きな飛躍を見せる――――――。




