第3章 塚口サンサン劇場の逆襲〜②〜
「『英国王のスピーチ』は、お楽しみいただけたでしょうか?」
劇場関係者から不意に声をかけられた男性は、一瞬、おどろいたような表情を見せながらも、笑顔で応じる。
「えぇ、楽しませてもらいまいした。この映画、見逃してたんですよ。DVDレンタルが始まる前に観たいと思ってたんで、めっちゃ嬉しいですわ。ありがとうございます」
「そう言ってもらえると嬉しいです。ちょっと、ウチの劇場のカラーに合うか不安だったので……」
都村が苦笑しながら本音を語ると、相手は、笑顔をさらに崩して答えた。
「あぁ、こう言っては申し訳ないですけど、サンサン劇場で、こんなオシャンティーな映画を観れるなんて思ってなかったから、予想外の喜びがあったんですよ。来月からの上映作品も、是枝裕和監督に、ダニー・ボイル監督の作品って、塚口らしくないラインナップやな〜、と思ってたところで……あっ、こんなこと言ってすんません」
そう言って、くしゃりと表情を崩しながら人懐っこい笑みを見せる青年に対して、都村も笑いながら応じる。
「いえいえ……自分たちでも攻めた番組編成になったな、と思ってますから」
そう返答した都村は、青年と同じくポスターに目を向ける。是枝監督の『奇跡』の隣には、ボイル監督の『127時間』のポスターが貼られている。彼は、この作品と自分たちの劇場の姿を重ねて見ている部分があった。
アーロン・ラルストンというアメリカの登山家の実体験を元にしたこの映画の主人公は、ロッククライミング中の事故で、岩に挟まったまま身動きがとれなくなるという過酷なサバイバルを体験することになる。遭難したまま、救援の手もなく127時間を過ごした主人公は、大切な片腕を切断しながらも身動きが取れない状況から脱出し、見事、生還に成功する。
それは、セカンド上映を行うという決断以外にも、劇場内の売店を廃止し、自動販売機の導入を行うなどしながら生き残りを図ろうとする当時のサンサン劇場の姿と重なって見えたのだ。
そんなことを知ってか知らずか、都村が話しかけた青年は、彼が視線を向けたポスターを指差しながら、こう言った。
「僕、ダニー・ボイル監督作品には、思い入れがあるんで、『127時間』もこうして上映されるの嬉しいんですよ。自分たちの世代には、イギー・ポップが歌う『トレイン・スポッティング』のオープニング曲は、マストアイテムなんで……ただね―――」
劇場を訪れる客の中には、映画と関連して自分語りをする人間が少なくなかったので、都村は、笑顔でうなずきながら、黙って青年の語り口に耳を傾ける。
「イギー・ポップと言えば、僕個人としては、『トレスポ』のオープニング曲『ラスト・フォー・ライフ』よりも思い入れがある曲があるんです」
そう言って、青年はとある洋楽の冒頭の節を口ずさみ始めた。
♪ I'm a real wild one...wild one...wild one...wild one...wild one...
さらに、口笛で楽曲のイントロのメロディーを奏でる目の前の青年に、都村は心を鷲掴みにされた。
世の中には二種類の人間がいる。
イギー・ポップの『リアル・ワイルド・チャイルド』の冒頭部分を聞いて、とあるラジオ番組を思い出す人間と、そうでない人間―――。
幸か不幸か前者の人間である都村は、青年が奏でる口笛にのせて、思わずつぶやく。
「『誠のサイキック青年団』……………」
そう、彼は深夜ラジオ『誠のサイキック青年団』のリスナー、通称サイキッカーとなってしまった一人であった。そして、目の前でダニ―・ボイル作品について語り、口笛で洋楽のハード・ロックを奏でる青年も、また……。
これまでの人懐っこい笑顔とは異なり、ニヤリと不敵に笑った青年は、都村に語りかける。
「係員さんも、サイキッカーだったんですね?」
「はい、もしかしなくても、お客さんも?」
「そうなんです! 番組が終わってしまって、寂しいなぁと思ってたんですけど……ここで、『サイキック〜』のリスナーに遭えるなんて思ってませんでしたわ! 僕、キング・オブ・ドライバーって名前のコンビで芸人やってる佐藤って言います。僕が芸人を目指すようになったんも『サイキック〜』を聞いていたのが、キッカケなんですよ!」
佐藤と名乗る青年が語るように、1988年の春に始まったこのラジオ番組は、放送開始から21回目の春を迎える直前で、突然の番組中止という形で、正式な最終回が放送されないまま、番組終了を迎えていた。
嬉しそうに語る佐藤の表情をあらためて観察すると、都村にとっても、見覚えのある顔のような気がした。
「あぁ、そうなんですね。どこかで見たような気がしてたんですけど……芸人さんだったんですね。テレビにも良く出られてますか?」
「いや〜、最近はめっきりテレビに出ることも無くなったんで……いまは、劇場と営業とラジオが仕事のメインなんです」
苦笑しながら答える佐藤に、都村もどのような表情で返答したものかわからず、「そうなんですか……」と、曖昧な言葉を返す。ただ、彼には、せっかくなので、この機会に目の前のお笑い芸人と、もう少し突っ込んで話をしてみようという気持ちが湧いてきた。
「そうだ、佐藤さん! いまの佐藤さんのお話で、セカンド上映に対する自身が少し持てました。映画もお好きみたいだし、サイキッカーのよしみで、ちょっと意見を聞かせてくれません?」
「ん、なんですか? 僕みたいな人間で良ければ、聞かせてもらおうと思いますけど……ココだけの話ってことなら、他言しないようにしますよ」
「そうしてもらえると、助かります。実は、このあと、『ジュリエットからの手紙』、『うさぎドロップ』、『再会の食卓』と上映していって、セカンド上映の規模も拡大しようと思ってるんですけど……もう一つ、もしかしたら、目玉になるかも知れない作品について、相談されてるところなんです。ウチの上司が、その映画を観たいって言って……その作品のチラシを持ってくるんで、ちょっと待っててもらえませんか?」
そう言い残した都村は、急いで劇場の事務所に戻り、ふたたび、佐藤の元に戻ってきた。
「いま、公開しようかどうか悩んでる作品は、これです」
都村は、佐藤の前でこっそりとチラシを広げる。
「あきらめるな! 立ち上がれ!」
そんなキャッチコピーが書かれた、そのチラシの下部分には、赤枠の銀色の文字で、
『電人ザボーガー』
というタイトルが踊っていた。




