第3章 塚口サンサン劇場の逆襲〜①〜
「あぁ、久しぶりですね、佐藤さん。はい? 学生の知人にこの映画館の歴史を語ってほしい? 自分なんかの話で良いんですか? わかりました。今日は午後なら時間を取れるんで待ってます。劇場に来たら、声をかけてください。それじゃあ」
知り合って10年以上になる馴染み客との電話を終えた塚口サンサン劇場営業部の都村史彦は、事務所の電話に受話器を置いたあと、久々に聞いた声を懐かしく感じながら、相手と出会った頃のことをふと思い出す。
(そう言えば、佐藤さんに声を掛けてから、もう15年近くになるのか……あの頃が一番キツイ時期やったなぁ)
阪急電車塚口駅のそばにある塚口サンサン劇場は、商業施設の中にある、まちの映画館だ。前身の「塚口劇場」時代を含め半世紀以上にわたって営業を続けており、阪神間では数少ない大手映画興行チェーンに属しない独立系ミニシアターのひとつでもある。
合計4スクリーンの総座席数は484席と、大型ショッピングモールやターミナル駅に併設された映画館と比べると決して大きくない規模だ。
都村は、この劇場を担当する前に会社の系列劇場であった二つの映画館の閉館に立ち会ってきた。
塚口駅から西に15キロほど離れた場所にある阪急王子公園駅そばの水道筋商店街の一角にあった西灘劇場。地元住民や多くの学生で賑わった劇場は、2004年に閉館。
兵庫県の中央部に位置する西脇市で営業していた西脇大劇も、洪水による被害から復興を果たすも同じく2007年に劇場を閉鎖することになった。
都村には、馴染み客が語った忘れられない一言がある。
それは、西脇大劇が閉館する数日前のこと―――。
水害から劇場を復旧させたあと、毎週のように映画館に足を運んでくれたおばあさんが、帰り際につぶやいた。
「映画館で映画を見るのは、私の人生で今日が最後」
そのつぶやきに、都村は優しくアドバイスする。
「いえ、三田にも映画館はあるし、ちょっと時間がかかりますが神戸にはたくさん映画館ありますよ」
「知っているけど、田舎に住んでるとそう簡単には行けないんよ。だから今日が最後やわ。はぁ~、でも今まで面白かった!」
その一言で、彼は頭をガツーンと殴られたような気分になった。街から映画館がなくなるということは、地域の方にとって、とても大きなことなんだ……と、その時初めて自覚した。その後も、同じような思いをされている観賞客がたくさんいることを知ることになる。
「映画館で映画を見る」
そのことが決して日常の当たり前ではないことに、もっと早く気づけなかった自分を悔やんだ。
西脇の街が水害に見舞われたあとも劇場を営業再開できたことは、映画館という場所を自分たち劇場関係者以上に、大切に思ってくれる人がたくさんいてくれるおかげだということに、ようやく気がつくことができた。
だが――――――。
西灘大劇の閉館から数年が経過した、2011年。
会社が運営する最後の劇場映画館である塚口サンサン劇場もまた、劇場経営に苦しんでいた。
この頃、塚口駅から電車で15分程で到着する大阪梅田や神戸三宮の大型映画館に加えて、近隣の伊丹市や西宮市に大型ショッピングモールが建設され、そこには、大手映画会社の巨大なシネコンが併設されたからだ。
大都市の駅前だけでなく、若者や家族連れが集まるショッピングモールは、それだけで、多くの集客が見込めることもあり、そこに多数のスクリーンを持つ映画館の複合施設(通称:シネコン)が併設されることが多い。
こうした施設が近隣に複数建設された場合、街中の規模の小さな映画館が影響を受けることは、説明するまでもないだろう。ここで、塚口サンサン劇場も大きな決断を迫られる。
その決断は、日本の映画興行のこんなシステムが関係している。
かつて、映画のチラシや新聞広告には、「○○系でロードショー」という文字が多く見られた。「◯◯系」という系列に入れば、その劇場では定期的に新作映画が供給される仕組みになっていたのだ。しかし、時代の変化とともに、2010年台に入った頃から徐々に、この仕組みも様変わりしていき、各地の劇場上映作品にも影響を及ぼすようになってきた。塚口サンサン劇場は、この時期にセカンド上映の検討を始める。
映画興行では、ロードショー公開をファーストと言い、セカンド上映とは、そのロードショー期間が終わった後の上映のことを言う。つまり、大手のメイン館での「封切り(初公開)」期間が終わった後に、少し遅れて、その作品を上映することだ。
このセカンド上映には、ファースト上映の際に見逃してしまった名作を近隣のファンに提供したり、特集上映や二本立て上映を行って、映画ファンの注目を集められるというメリットがある。
塚口サンサン劇場では、東日本大震災が発生したこの年、セカンド上映として、6月に『英国王のスピーチ』を上映することになった。
ただ、第83回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞を受賞したこの映画は、下町の雰囲気が色濃く残る当時の塚口サンサン劇場にとっては、違和感を持って迎えられる作品でもあった。
(セカンド上映をすることにはなったけど、この番組編成は受け入れられるんかな……?)
都村をはじめとするサンサン劇場の関係者が、そんな不安を抱えながら『英国王のスピーチ』を上映していた頃―――。
映画が終わったあとのロビーで、次回以降の上映告知ポスターを熱心に眺めている青年が、都村の目に止まった。日頃、劇場館内やロビーで、観客に対して積極的な声かけをおこなうことをモットーとしている彼は、阪急ブレーブスの野球帽をかぶったその男に話しかけてみた。




