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第1章 この川辺で暇をつぶすだけの青春があってもええんちゃう?〜②〜

「あの、ちょっと良いですか?」


 ボクが、たずねると、目の前の中年男性は、「ん?」という感じで、こちらを振り返る。


「なんか用?」


 振り向きながら返答した男が着ているシャツの胸元には、Bravesというアルファベットの文字が書かれていた。その様子を確認しながら、鋭い目つきに濃い眉毛、ネタを披露するときにイキリ顔を見せるお笑い芸人のような顔立ちの相手が歳上だろうということもあり、不審に思われないよう、なるべく丁寧な言葉になるよう心掛けて語りかける。


「あっ、すみません。いきなり声をかけてしまって……ちょっと、その……野球チームのユニフォームですか? 着てらっしゃる服が気になったもので」


「ん? なんや、兄ちゃんもブレーブスのファンなんか?」


「ブレーブス? アメリカかどこかの野球チームですか?」


 相手の頭部には、アルファベットのBの文字に見えるマークがあしらわれた野球帽が目に入ったので、そうたずねると、ニコリと笑った相手は、


「そうそう、ナショナルリーグのアトランタ・ブレーブスな」


と、言ったあと、表情を一変させ、右手で野球帽のツバを掴み、そのまま、大きく開いた左手に叩きつける。


「って、なんでやねん!? 関西でブレーブス言うたら阪急ブレーブスやろ!」


「はんきゅう? 電車や百貨店の阪急ですか?」


 ボク自身の通う大学の最寄り駅と言えば、阪急稲野駅になるのだが、残念ながら、自宅からJRで大学に通い、地元での買い物は近所の近鉄百貨店やロフト、アル・プラザで済ませる自分にとって、阪急グループは、鉄道としても百貨店としても、あまり馴染みがなかった。

 そんなボクの返答に戸惑いを感じ取ったのか、相手はため息をつきながら、たずねてくる。


「兄ちゃん、王手前(おうてまえ)の学生か? 年齢(トシ)はいくつや?」


「はい……えっと……年齢は、今年で20になりました」


 キャンバスがショッピングモールの近くにあるとは言え、自分が通う大学を言い当てられたことに戸惑いを覚えつつも、相手の勢いに乗せられて、つい実年齢を答えてしまった。ただ、オッサンは、こちらの動揺を気にした様子もなく、ふたたび、浅くため息をつく。


二十歳(はたち)か……まあ、それなら仕方ないわな……球団名が変わってから、もう40年近くなるし……」


「そうなんですか? じゃあ、背中のアニマルって文字は、そのキャラクターの名前なんですか?」


 オッサンの着ているユニフォームの左肩についているワッペンには、「Hankyu」という文字の上に白いトサカが付いた黄色の鳥のようなキャラクターが刺繍されていた。鳥のように見えるキャラクターに、「アニマル」と名付けるのも少し変だと感じたが、自分にとって、謎の存在だった「ANIMAL」 = 「キャラクター名」という解釈が、一番しっくりきたからだ。


 ただ、若者のストレートな解釈を目の前の中年男性は、三度目のため息とともに即座に否定した。


「このキャラクターの名前は、ブレービー。球団マスコットの草分け的存在やで。ほんで、背中のアニマルは、ブレーブスで活躍した外国人選手の名前や。まあ、活躍した言うても、実質的に戦力になったのは一年だけやったけどな……」


「はぁ〜、なるほど……アニマルって名前の選手がいたんですねぇ。その選手のユニフォームってことですか? ここ一ヶ月くらいの疑問が解消されました。ありがとうございます」


「いや、アニマル言うのは登録名で、本名はブラッドリー・レスリーかブラッド・レスリーか、そんな名前やったんちゃうかな? ブーマーもバースも、本名とは違うからな。プロ野球では良くあることや」


「はあ……ブーマー……ですか?」


「なんや、その……『バースは聞いたことあるけど、ブーマーって誰やねん?』って顔は? まあ、えぇわ、それより、このユニフォームのことが気になってたんか?」


 またしても、ボクの「ブーマーって誰なんだよ?」という疑問を見抜いたオッサンの言葉に動揺しつつも、続けて投げかけれた質問に返答する。


「えぇ、そうです! 失礼ですけど、そのユニフォームを着て、知事の記者会見に参加してませんでしたか?」


 配信されていた会見の中継で見覚えのあるモジャモジャ頭とユニフォーム姿を根拠にそう問い返すと、相手は、話をし始めてから、初めて心の底から嬉しそうな表情を浮かべて答えた。


「おぉ、気づいてくれてる人がおったんか……そうや、毎週この格好で、県庁まで行ってたんや。いや〜、見てくれてる人がおったんやな〜」


 オッサンは、なぜか、顔をほころばせて一人で語っているが、こちらの疑問には、まだ解消されていないものがある。それは……。


「えぇ、一ヶ月くらい前から知事の会見を見ていたんですけど、今日は会見場に行ってないんですね? なにか、事情があったんですか?」


「そうやねん、いままでは取材記者を名乗ったら、割と自由に会見場に入れたんやけどなぁ……今日から、県庁が認める記者以外は出入り禁止やって……それで、やることも無くなったから帰ってきたんや。まあ、推し活と勘違いした知事推しのマダムたちが議場に押しかけたり、県庁の外では会見のたびに反対派がシュプレヒコールを挙げてるし、遅かれ早かれ、こうなる流れやったんやろうけどな……」


 肩を落として、無念そうに語るその姿には、哀愁のようなものを感じた。毎週の会見場にあらわれる謎のユニフォーム(ということが今日はじめてわかった)姿の人物を確認することを楽しみにしていた自分でも、ちょっと残念に感じているのだから……


 ただ、記者会見場よりは、漫才のステージの方が似合いそうな政治とは無縁そうに見えるこのオッサン自身が、あの会見にこだわる理由はなんなんだろう?


「それは残念でしたね。でも、どうして、そんな格好で定例会見を見に行ってたんですか?」


 自分自身が抱いた最大の疑問を投げかけると、オッサンは、少し考えるような仕草をしたあと、おもむろに口を開いた。

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