第2章 新人お笑い尼崎大賞への道〜⑩〜
第26回新人お笑い尼崎大賞の審査結果は――――――。
大賞:国道クラリス
優秀賞:ジャマール
奨励賞:フェアリー
観客賞:のるかそるか
という結果となった。
ボク自身は、舞台上で舞い上がっていたこともあって、自分たちのネタの出来具合を客観視する余裕は無かったのだが―――。
それでも、自分たちがどの賞にも選ばれなかったことは悔しかった。涙こそ出なかったものの、ボクがあきらかに気落ちしていることがわかったのか、結果発表後、
「王子くんは初舞台でやれるだけのことはやったし、落ち込むことはないで。明日も、いつもの場所で待ってるで」
と言って慰めてくれた。
本選会が終わった翌日、大学の講義が終わったあと、同じ教室に居た石嶺に声をかける。
「昨日は、本選会を観に来てくれたんだな。来るなら、そう言ってくれれば良かったのに……」
「べ、別にあんた達を観に行ったわけじゃないし!」
「そっか……でも、ボクたちのネタを見てくれてありがとう。石嶺の目から見て、ダブルジェネレーションのネタは、どうだった?」
「ま、まあ、思ってたよりは面白かったんちゃう? 星野が、あんな生き生きした表情で舞台で演じるなんて、意外やった」
「そうか……実は、姉さんにも同じようなことを言われたんだよね。感想を聞かせてくれてありがとう」
ボクが、あらためてお礼の言葉を伝えると、なぜか、ほおを紅潮させた彼女は、怒ったように、
「もう、わかったから! 今日もバイトがあるんやろ。早く本屋に行き!」
と言ってきた。
なぜ、怒り出したのかわからない彼女の言葉に従った訳じゃないけど、いつものように、そのままショッピングモールに向かい、小川のほとりのカリヨンガーデンに足を運ぶと、約束どおり、オッサンが石段に腰を下ろしていた。
「おう! 王子くん、待ってたで。今日は冷えるな。ちょっと、フードコートにでも行こか?」
年末までは、厚着を外でも過ごせるような気温だったが、年が明けてからは、さすがに屋外で長時間を過ごすのがツラくなってきたので、オッサンの言葉に同意して、すぐそばのフードコートに向かう。
「賞金を取れたら、漫才に付き合ってもらったお礼に全額、王子くんに渡そうと思ってたんやけどな。それが叶わんかったから、せめてものお詫びや」
そう言って、フードコートのそばにあるサーティワンに来たオッサンは、「どれでも、好きなのを選び」と言って、アイスを奢ってくれた。
ちなみに、新人お笑い尼崎大賞は、各賞の特典として、大賞:10万円、優秀賞:5万円、奨励賞:2万円の賞金の他に、地元FMラジオ局の年間レギュラー番組出演権が与えられるそうだ。
ボクの庶民的感覚として、2万円程度ならありがたく全額をいただいたかも知れないが、ラジオ局の年間レギュラー番組の出演権はもちろん、5万円や10万円の賞金を全額いただくのは忍びない気持ちでいっぱいになっただろう。
平日ということもあり、空席の多い昼下がりのフードコートで、奢ってもらったラムレーズンとキャラメルリボンのアイスをつつきながら、ボクは冗談めかした口調でオッサンに語りかける。
「賞金がもらえなかったのは残念だったけど、ボクは楽しかったよ。アイスが賞金代わりってことなら、追加オーダーで、オッサンがお笑い芸人を目指した理由を聞かせてくれない?」
「ああ、昨日そんな話もしてたな……まあ、ファーストフードのスマイルと芸人の自分語りは無料やし、エェやろ」
そう返答して、オッサンは過去のことを語り出した。
★ ★ ★
オレが、人前で笑いを取る喜びに目覚めたのは、ブレーブスの本拠地、西宮球場でのことやった。
ブレーブスの応援団には、今坂喜好さんて言う面白いヤジを飛ばす団長さんが居てな……。
西宮スタジアムで、その団長さんの調子に合わせて、
「山田~、しっかりせ~」
「門田~、もうオッサンやから無理すんな~」
なんて、声を出してたら、他のお客さんが笑ってくれてな……嬉しかったな~。
まあ、いまはもうプロ野球の応援でヤジ合戦なんて、「教育上良くない」とか、「コンプライアンスが~」とか言われて炎上するだけやろうけどな。
ただ、職業としてのお笑い芸人を意識したのは、小学5年の頃やった。応援してた阪急ブレーブスが、オリックスに球団を身売りしたことは、前にも言ったかもしらんけど、その年の秋、贔屓チームが無くなった寂しさを埋めるために、日曜日の深夜にラジオを聞いてたら、ある番組に出会ったんや。
『誠のサイキック青年団』って言う番組名でな。芸人の北野誠、作家の竹内義和、番組ディレクターの板井昭浩の三人がパーソナリティとして出演する伝説の番組や。オレが、その番組を聞き始めた頃は、超有名芸能事務所を怒らせて、番組開始半年にしていきなり存亡の危機にあった時期やったらしい。
えっ、その超有名事務所はどこかって?
若いキミでも知ってる、いまは無き、あの大手男性アイドル事務所や。
週刊文春もイギリスのBBCもあの問題を追いかけていない昭和の末期に、ローカル放送とは言え、ラジオ局が、あのネタを語ってるという事実だけでも、この番組の特異性がわかるんちゃうか?
取り上げるネタの特異性もさることながら、オレが引き込まれたのは、三人のパーソナリティの絶妙なトークやった。誠さんが芸人らしい切り口で政治や芸能ネタを斬る。作家の竹内さんが自身の妄想力と独特すぎる推論で物事を決め打ちする。本来なら二人を制止するはずのディレクターの板井さんが火に油を注ぐどころか火炎放射器でさらに焚き付ける……。
そんな三人の掛け合いを聞いている間に、
「ラジオって、いいな。大人になったら、こんな仕事が出来たら良いな」
と漠然と感じてたわ。
そう、オレの芸人としての原点は、ステージよりも、ラジオ番組にあったと思うわ。
阪急ブレーブスという名前が無くなった寂しさは、そのことで少しだけ埋めることができた。
ただ、当たり前やけど、こんな風に自分たちの番組を「毒電波」「有害放送」と名付けてるラジオなんて聞いている小学生や中学生なんて、周りに居てなかった。
オレが、この番組の面白さを同級生と共有できるようになるのは、高校に入学して、相方に出会ってからになるんやけど……。
ここから、まだ話は続くで……けど、そろそろ、王子くんのバイトの時間ちゃうか?
それじゃ、この話の続きは、また今度な。
★ ★ ★
そう語ったオッサンは、少年マンガのような絶妙な幕引きで、次回への期待をあおって、ボクを書店のアルバイトに送り出すのだった。




