第2章 新人お笑い尼崎大賞への道〜⑦〜
新人お笑い尼崎大賞の本選会出場者の発表は、12月上旬。
そして、本選会の本番は、翌年の1月18日(日)―――。
つまり、予選通過者の発表から本番までは、年末年始をまたぐことになる。
ボクがアルバイトをしているショッピングモール内の書店でも、この時期は繁忙期ということもあって、大学の講義が冬休み期間に入っても、元旦の店舗休業日以外は、シフトに入ることにした。
ボクの勤務シフトは、夕方4時からだったので、それより前の時間は、ネタの練習に当てることができる。
そんな訳で、バイトがある日は、お昼すぎからショッピングモール近くのレンタルスペースを借りて、オッサンとネタの練習を行うことに時間を費やした。
そして―――。
年が明け、大学の授業も再開された翌週の週末、いよいよ、第26回新人お笑い尼崎大賞の本選会の日がやってきた。
宣言どおり、本選会を観覧するという母と姉(ついでに父親も)より早く自宅を出発したボクは、昼すぎに会場となる尼崎アルカイックホールに到着した。これまで、市内の南部の方に立ち寄る機会はほとんどなかったのだが、阪神尼崎駅から会場に向かう遊歩道は綺麗に整備されていて、かつて語られていた都市伝説など忘れてしまいそうになるほどだった。
出演者たちの待合室になっているホール8階の宴会室に到着すると、先に来ていたオッサンが、中年男性らしく、「おう!」と声をかけてきた。
「昨日は、ちゃんと寝られたか?」
「緊張したけど、なんとか、日付が変わる頃には……でも、こうして本選会の出演メンバーが集まっていると、やっぱり、緊張するね。ボク以外は、みんなプロの芸人ばかりに見えるし……」
「そうやな。芸歴5年以下に限定されてるとは言え、それなりにキャリアを積んでるヤツらもおるみたいやし」
「そうだ! オッサンが、前に少し話してた豪快キャプテンってコンビもM−1の決勝に出てきてたよね? やっぱり、この大会って、実はものすごくハイレベルなんじゃ……」
オッサンが言ってたように、2020年の新人お笑い尼崎大賞で優秀賞を受賞していた豪快キャプテンは、前月のM−1グランプリ決勝に進出し、惜しくも最終決戦の3組には勝ち上がれなかったものの、審査員からは高い評価を得ていた。
「まあ、M−1グランプリが競馬の最高峰・日本ダービーやとしたら青葉賞とは言わんでも、この大会は、プリンシパルステークスくらいの価値はあるかもな?」
「いや、その例え、まったく意味がわからないんだけど……」
飄々とした表情で、意味のわからない例え話をするオッサンに星を入れつつも、周囲を見渡して緊張感がが解けないボクに気付いたのか、相方は、「まあ、そう固くなるな」と背後に回って両肩を揉んでくる。
「よく見てみ? あそこにおる小学生の女の子たちも今回の本選会出場者らしいわ。あぁ言うチビッ子も出場する大会でもあるし、まあ、気楽に行こうや」
オッサンが、ボクの肩越しに指を差す方向を見ると、その先には、小学3〜4年生と思われる女子がいた。
「地元の子たちかな? なんだか微笑ましいね」
女の子たちが、談笑してる様子に、緊張していたボクの心も少しだけほぐれていく。
「小学生でも本選会に残ってくるくらいやから、尼崎の笑いのレベルの高さを証明してるかも知らんけどな」
冗談めかして語るオッサンの表情に、ボクの気持ちもかなり軽くなってきた。
「まあ、練習は十分に積んでるから……あとは、出番順だけやな。しっかり、後半の順番を引いてや」
合計13組が出演する新人お笑い尼崎大賞の本選会は、前半7組、後半6組の出演者が持ち時間5分で登壇することになっている。オッサンによれば、前説なしで本選が始まるために客席があたたまる前の前半の演者たちは、どうしても不利になる、とのことだった。この辺りは、お笑い賞レースの最高峰・M−1グランプリと変わらないらしい。
待合室を出た8階のロビーで行われた出演順のクジの結果は、11番目だった。
ボクが引いたクジの結果に、「上出来や、エェとこ入ったわ」と、オッサンは満足げにサムズアップで答えてくれた。
「さあ、あとは出番を待つだけや。他の演者のネタも楽しませてもらおう」
そう言って、待合室に設置されたモニターを指差す。正直、経験豊富な相方ほどの心の余裕を持てる訳ではないけど、ボクもなるべく、リラックスするように心がけて、自分たちの出演順に備えることにした。
そうこうするうちに、いつの間にか、開演の午後4時が迫ってきて、ふたたび緊張感が高まってくる。
演者からは、出番の直前まで会場の客席全体の様子をモニターで確認することしか出来ないため見づらいのだが、おそらく、両親と姉もすでに客席に着いているはずだ。
そして、女性司会者による審査員紹介と開会宣言で本選会が始まると、登壇する演者たちの緊迫感が待合室のモニター越しにも伝わってくるようで、ボクは膝の震えを抑えるのが難しくなってきた。
特に前年度の大会で大賞に次ぐ優秀賞を受賞している国道クラリス、地元出身で「阪神尼崎の駅前、いまはキレイになってますけど、ちょっと前まで、あの噴水のところでオッチャンが身体洗ってましたからね〜」というツカミで会場を沸かせたジャマール、舞台を所狭しと動き回るアクション芸を見せたフェアリーのネタを見ると、自分は、あのレベルに達しているのだろうか、と不安になる。
そんなボクの様子を隣で見ていたのか、オッサンは、「マイクの調子が良くないんか? あんまり声が乗ってないなぁ」と独り言のようにつぶやいたあと、ステージを映すモニターに目を向けながら、
「リラックス、リラックス……」
と、横目で微笑みかけてくる。そして、こちらに目を向けながら、こう語る。
「緊張してるとこ悪いけど、ひとつだけ、自分の見立てが甘かったことを先に謝っておくわ。さっきの小学生の女の子たち。地元の素人参加枠かと思ったら、れっきとしたプロや」
「えっ、そうなの?」
思わず、オッサンの方に向き直ってたずねると、
「あぁ、あのネタの作り込み方と立ち回りを見たらわかるわ。これは、オレもちょっと気合い入れんとな」
ニヤリと笑って答える。たしかに、 小学生コンビ、のるかそるかも堂々とした舞台度胸で会場から大きな拍手をもらっていたが……。
冷静に他の演者を観察する相方を頼もしく感じるボクをよそに、オッサンは、さらにこう付け加えた。
「もうひとつイイか。客席のモニターに映ってる大学生風の女の子。キミの知り合いやろ?」
相方が指差した先には、同じゼミに所属する石嶺和子と思われる女子学生が座っていた。
(ウチの家族はともかく、どうして石嶺が……?)
疑問が頭を駆け巡る中、いつの間にか、ボクたちダブルジェネレーションの出番は目前に迫っていた。




