第2章 新人お笑い尼崎大賞への道〜④〜
「オッサン、昨日のオファーを受けることにしたよ」
前日の「オレと一緒にお笑いで天下を獲ってみる気はないか?」という急な申し出に対して、念のため、「一晩だけ考えさせて」と、返事をしていたボクは、三時限目の大学の講義が終わったあと、急いでショッピングモールつかしんのいつもの場所に駆けつけて、オッサンにそう告げた。
「おう! その言葉を待ってたで!」
まるで、ボクが、オッサンの唐突な申し出を受け入れるのを当然のこととして想定していたと思われる言葉には一瞬ムッときたが、それでも、嬉しそうにしている目の前の中年男性の表情を見て、このオファーを受けて良かったかもと感じた。
「ところで、コンビを組むのは良いとして、ユニット名はどうするの?」
「ユニット? まあ、最近はそういう言い方もするんか? コンビ名は、もう候補を考えてるんや。漢字と横文字、どっちが良い?」
「候補が二つあるなら、両方、聞かせてよ」
「あぁ、漢字なら世代間、横文字ならダブル・ジェネレーションや」
「どっちも、ジェネレーション・ギャップを意識したってこと?」
「まあ、そう言うことやな」
実際、オッサンとは親と子供ほど年齢が離れているので、その特徴をコンビ名にするのは、真っ当なアイデアだと思った。その上で―――。
「世代間ってのは、これだけじゃ、ちょっと意味がわからないし……ジェネレーションって単語は、どんな世代にも、比較的意味ががわかりやすいと思うから、ダブルジェネレーションの方が良いんじゃないかな?」
ボクが、自分の率直な意見を述べると、オッサンは、またニヤリと笑って答える。
「そうやな。王子くんなら、そう言うと思ってたわ。ほな、コンビ名はダブルジェネレーションにしよ」
「わかったよ。コンビ名は決まったとして、ネタはどうするの? いまから、二人で考えるとか?」
「おいおい、プロの芸人を舐めるなよ? それも、もうたたき台は出来上がってる」
そう言ったオッサンは、「いまから、LINEで送るわ」と言って、以前に連絡先を交換していたメッセージアプリに、マイクロソフトWordかGoogleドキュメントで作ったと思われる横書きの台本を送信してきた。
その台本には、オッサンのセリフには佐藤の「佐」、ボクのセリフには星野の「星」の文字が書かれている。
ただ、さっそく、その台本に目を通したボクは、ある違和感を覚えた。
「ねぇ、いまざっと読んだだけなんだけど―――これって、ボクの方が佐藤役になってない?」
オッサンが書いてきた漫才の台本は、中年男性が一念発起してマラソン大会に出場しようという内容で、挑戦したそのマラソン大会の実況アナウンサーが佐藤倒すところに、市民ランナーのオッサンが星を入れるというものだった。
「あぁ、そうやな。アナウンサー役は、王子くんのキャラにもピッタリやと思ってな」
「ちょっと待ってよ! 昨日は、ボクのこと良い星役だって言ってくれて無かった?」
「なんや、ボケ役は不満か? ボケの方が人気も出るし美味しいで?」
「いや、美味しいとかはどうでも良くて……昨日、ほめてくれたから、ボクはてっきり星役をするものだと思ってたからさ……」
「そうか……それは、ちゃんと説明をしてなかったオレが悪かったな。王子くんの星がいくら面白いと言っても、それは、素人さんのレベルでは……ってことや。いざ、ネタを始めたときの星は、客席の心を掴む間とテンポが重要や。オレらは研修生時代から、舞台に立ってそれを叩き込まれてるけど、キミにそれが出来るか?」
「う〜ん……それを言われると――――――」
オッサンの言葉は、ぐうの音も出ない正論というヤツだった。こうして、ショッピングモール内を流れる川辺でたむろしている現在は、どんな活動をしているのかまったくわからないが、以前は朝の人気番組に出演したことがあるくらい(たった一回でクビになったらしいが……)のキャリアを持つ相手の言うことに、素人のボクが反論できる余地などあるはずも無かった。
「まあ、どうしても、佐藤役がしっくり来んかったら、ネタを練りなおそう。最初は、スマホの画面を見たままでも良いから、いっぺんネタ合わせをしてみようや」
「うん……わかったよ……」
正直なところ、思ってたのとは違う……という想いが無かったわけではないけど、一度、オッサンの申し出を受け入れたのだから、やるしかない! そう決断して、とりあえず、送られたネタの台本に集中する。
「よっしゃ! ほな行くで!」
佐&星「どうも〜、ダブルジェネレーションで〜す」
佐「僕らダブルジェネレーション言いまして、48歳のオッサンと……」
星「20歳のコンビでやらせてもらってま〜す」
佐「ところで、僕も50近い年齢になったんやけど……この年齢になったら、色々と健康に気を使わんとアカンな思い始めてね」
星「あぁ、もうオッチャンになったら、そう言うこと考えないとダメなんですか?」
佐「そうやねん……毎年、健康診断の結果も気になるし―――そこでな、健康のためにマラソン始めようと思ってな。ゆくゆくは、有名なマラソン大会に出たいと考えてるねん」
星「へぇ〜、マラソン大会? それなら、ボクが実況アナウンサーの役やるから、オッチャン、市民ランナーになりきってよ」
佐「おっ、えぇんか? ほな、ちょっとやってみよ!」
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こうして、ボクたちダブルジェネレーションのネタ合わせは始まった。




