第2章 新人お笑い尼崎大賞への道〜②〜
一連のネタを終えると、オッサンは、ニヤリと笑って語りかけてくる。
「即興で、ここまで出来れば十分やわ。どや、ネタに乗っかる快感は得られたか?」
まるで、怪しいネット広告で宣伝されるマンガにしか出てこない催眠アプリを使われたように、まんまと相手の思惑に乗せられたようで癪に障るところが無いわけではなかったが……オッサンの言うように、しゃべくり漫才のネタに乗る快感と言うものはたしかにあった。
いや、この漫才のカタを編み出したミルクボーイには、本当に申し訳ないけれど……。
「ま、まあ、オッサンとこうして佐藤と星を入れあってるのは楽しいと思ってるけどさ……やっぱり、プロとしてテレビに出てた人とコンビを組むなんて、ボクには無理だよ」
謙遜ではなく、自分自身の実感を伝えたのだが、オッサンは笑みを絶やさずに、「そこは、心配せんでもえぇ」と、ボクの懸念を振り払うかのように首を振る。
「バルボンさんも言うてたけど、王子くんには、天性の星の才能があるわ。その声は、舞台映えする声やで? お笑い芸人に必要なのは、一にも二にもキャラクター性やけど、キミの声は一つの才能や。たとえば、ブラックマヨネーズの小杉の声を思い浮かべてみ?」
「えっ? あの『ヒーハー』ってやつ?」
「まあ、『ヒーハー』もそうやし、小杉の『なんでやねん!』の一言は、他の芸人がどんだけ同じ声量、同じスピードで言っても、アイツには勝たれへん。『なんでやねん!』の一語にあんな攻撃力を持ってる人間はおらん。それだけ、希少価値が高いからこそ、テレビに出続けられるんやな。星で言えば、我が街のレジェンド・ダウンタウンの浜田さんもそうやし、東京に進出したダイアンの津田もそうやな」
「やっぱり、関西芸人ばっかりなんだな」
「いや、言葉選びのセンスで言えば、エバースの町田にもオレは注目してる。2024年のM1決勝で笑いをかっさらった『さすがに末締め…』だろの星は、観客の予想を越えたフレーズやったからな。ここ一番は、自分の主観で星を入れる。これが、いちばん大事なんや。『なんでやねん』『そうはならんやろう』のお約束を越えたフレーズを用意できるたら、それだけで強みになる。ここ何年かのM1の優勝者を思い浮かべてみ? ミルクボーイ以降は、関西芸人が優勝してないやろ? いまはもう、星もお約束のフレーズだけじゃなくワードセンスで勝負する時代や」
たしかに、オッサンの言うように、コロナ禍以降の年末のお笑いグランプリを振り返ってみると、ボクらがネタを借用したコンビ以降は、関西のベタなしゃべくり漫才で優勝したコンビはいなかった(2025年10月現在)。
「いや、でも、ボクにそんなセンスがあるとは……」
「なに言うてんねん? さっきの『ほな、滋賀と違うか〜? 塩水のベタつきが無い琵琶湖の湖水浴が無くなったら〜』の下りはなかなか良かったで? あれは、滋賀県民からしか出て来ないフレーズやろ? あぁ言うのが欲しいんよ」
「そ、そうかな〜」
いつもは、暇つぶしのくだらない会話を交わすだけの相手としか感じていないが、プロの芸人さんにお笑いのセンスを誉められるのは、悪い気はしない。
「まあ、欲を言えば、もうちょっと、センテンスを短くして観客に聞きやすくまとめることが出来たらベストやけどな」
しっかりと指摘することを忘れないオッサンの一言に、早くも鼻をへし折られたものの、ボクの気持ちは、すっかり目の前の中年男性の言葉を聞き入るモードに入っていた。
漫才の舞台に立っている自分の姿を想像してみる。ステージの上から見る観客は、ボクたちの繰り出すフレーズを期待に満ちた表情で受け止め、渾身の佐藤と星に、大声で笑い出す。
そんなシーンを夢想するだけで、すでにココロは揺らぎ始めていた。
「漫才で、天下を獲ってみるって、オッサン、まさかM−1グランプリに出場しようと考えてるのか?」
ただ、念を押すようにたずねるボクの一言に、オッサンは、ため息まじりに苦笑しながら返答する。
「いや、いくらなんでも、それは大きく出すぎや。それに、今年のM−1のエントリーや1回戦は、とっくに終わってるわ」
「あっ、そっか……」
ボクは、年末にテレビで放送される決勝くらいしか見ないからピンと来なかったが、国内最高峰(と言っても、海外でのお笑いの頂点を決めるような大会があるのかは知らないけど……)の漫才グランプリは、夏頃から大会が開催されているはずだった。
その暑い盛りの時期を過ぎて、いまはもう10月。そもそも、M−1のエントリーを本気で考える季節なら、猛暑を通り越した酷暑の影響で、こうして屋外で、オッサンと駄弁っていること自体が無かったかも知れない。
「まあ、王子くんが、本気でM−1を目指したいって言うなら、今から、準備をしても早すぎるってことは無いけどな……オレがエントリーしようと考えてる大会は、コレや」
そう言って、オッサンは、ボクに一枚のチラシを手渡してきた。
そこには、赤い背景に白いフォントで『第26回 新人お笑い尼崎大賞』という文字が書かれている。
チラシを受け取り、初めて目にするその大会名について、眉間にシワを寄せるボクにオッサンは、少しだけ心配そうに声をかけてきた。
「どうした? なんか気に入らんことでもあるんか?」
「いや、そうじゃなくて、ちょっと気になったことがあるんだ」
「なんや、気になったことって?」
「グリーンランドの人たちは、自分たちの住んでる場所を馬鹿にされたら、『うるさい、氷床で溶けた水を止めるぞ!』って言うのかな、って……」
「――――――そんな、滋賀県民やあるまいし……あそこで溶けた氷は、そのまま大西洋に流れて地球全体の海面上昇に影響してるらしいから……そんなことが可能なら、太平洋の島々に住んでる人たちのためにも止めてもらう方がエェやろ?」




