第1章 この川辺で暇をつぶすだけの青春があってもええんちゃう?〜①〜
「生きてる間に、何かしら爪痕を残そうと思ってな―――」
自称40代のオッサンは、そう言った。
そのオッサンの語る言葉は、いつも突拍子もないことばかりだった。
大学近くのショッピングモールにある川のそばで、毎日のようにオッサンの戯言に付き合っていた自分が言うんだから間違いない。
かく言う自分は、オッサンが日中の大半を過ごしているという、ショッピングモール「つかしん」の近所にある王手前大学に通う学生、星野信之だ。
「まあ、200歳まで生きることを目標にするほど、もう若くもないし……」
さっきの言葉に続けて、そうつぶやいた、オッサン―――佐藤義徳―――は、ボクが滋賀県在住であることを意識したのか、滋賀を舞台にした、令和の時代でもっとも売れているという小説の主人公のセリフを思わせるようなことを付け加えてニヤリと笑う。
そんな中年男性に、書店でアルバイトをするボクは、思わずツッコミを入れる。
「いや、そんなドヤ顔をして、『成瀬は天下を取りに行く』を意識しなくても良いから……」
「なに言うてんねん? いまや、成瀬あかりは滋賀の誇りやろ? 滋賀みたいなところから、琵琶湖と西川貴教と成瀬あかりを取ったら、なにが残るねん?」
出たよ、関西人お得意の滋賀あおり……正直なところ、中学生のときに静岡から滋賀に引っ越してきた自分にとって、いまの自宅がある場所にさほどの愛着があるわけではないのだが……ここは、調子をこいている兵庫県人をわからせておかないといけない、と考えて反論しておく。
「滋賀には、平和堂があるから! このつかしんにあるスーパー、アル・プラザも平和堂系列だ! これ以上、滋賀をディスったら、琵琶湖の水、止めるぞ」
「あぁ、それ言われたら勝たれへんわ。つかしんの復活は、アルプラが来てくれたおかげやし、淀川の水が無くなったら、尼崎の人間は生きていかれへんからな……」
言葉とは裏腹に、まるで悪びれることなく言い放ったオッサンは、ファンにとっては懐かしいと感じさせる(らしい)プロ野球チームのユニフォームを羽織っている。
自分とは、親子ほども年齢が離れたこの中年男性と大学生の自分が、どうして、ショッピングモール内を流れる川辺のカリヨンガーデンと呼ばれる広場で語り合うようになったのか、まずは、そのことから語らせてもらおう。
★ ★ ★
その男性―――佐藤義徳の存在を初めて認識したのは、動画で配信されている県知事の定例記者会見を見たときのことだ。
メディア社会学を専攻しているため、履修している講義中に、担当の教授が、
「メディア論の教材として、いまの県知事の定例会見は見ておいた方が良いよ。スマホでも閲覧できるからね」
と言っていたので、その言葉に従って、その日、講義が終わったあとのバイトが始まる前の時間を利用していたボクは、定例記者会見の配信動画を視聴することにした。
たぶん、教授の期待とは違って、知事をいじめているようにしか見えない記者の質問や、壊れたラジオのように同じ言葉しか繰り返さない知事本人の姿には、まったく興味を持てなかったのだが―――。
ボクが関心を持ったのは、会見の中身そのものではなく、紛糾する会見場の隅で言葉を発することなく座り続けている変わった服装の人物だった。
ほとんどの取材記者が、大手マスメディアを思わせるスーツ姿や、最低でもジャケットを羽織っている中、その人物は、背中に上下二段に別れた赤い文字でANIMAL 50とプリントされたシャツのようなトップスを着ている。おまけに、パーマをかけたよう髪型で、後ろ姿からは、性別すら良くわからない。
ただ、知事の会見そっちのけでその人物に注目していると、一瞬だけチラリと横を向いた時に口元から顎にかけて、黒いヒゲのようなものが見えたので、かろうじて男性らしい、ということだけはわかった。
(なんなんだ、このオッサンは―――?)
疑問に感じたボクは、まったく頭に入ってこない記者の質問と知事の受け答えに見切りをつけて、配信動画の停止ボタンをタップする。
(もしかして、このオッサンは他の日の会見にも参加してるんだろうか?)
なんとなく、そんな興味が湧いたので、過去のアーカイブ動画を再生してみると……。
やっぱり、いた!
かすかに期待したとおり、一週間前の定例記者会見の会場にも、ANIMAL 50のバックプリントのシャツ(?)を着たそのオッサンは参加していた。さらに、前週、前々週と動画をさかのぼって再生すると、やはり、その人物は同じ服装で映像に映り込んでいる。どうやら、このオッサンは毎週のように会見場に通い、動画配信されているライブ中継に映り続けているようだ。
この発見に、にわかに興奮を覚えたボクは、さっそく、SNSでパプリックサーチ(エゴサの反対語。世間一般の話題やトレンド、他者の評判を検索して調べること)を行う。だが、こちらは期待に反して、その異様な姿に言及している投稿は発見できなかった。
その検索結果に、少しガッカリする一方で、この事実に気付いているのが、自分一人だけだということに興奮を覚える。
そこで、ボクは、この画期的な発見を少しだけ世の中に知らしめるべく、自身のSNSアカウントの裏垢で投稿することにした。
reverse-side_hoshino
@reverse-hoshino
県知事の定例記者会見で、変なオッサン発見
背中に謎のANIMAL 50の文字!
なんだ、この人w
#知事定例記者会見
#ANIMAL 50
その日から、毎週水曜日に行われる記者会見の配信動画で、オッサンの姿を確認することが、バイト前のボクの密かな楽しみになった。
※
だが、しかし――――――。
こうして、自分自身のささやかな発見を世間に広めようとしたボクの目論見は、残念ながら実を結ばなかった。
数週間が経過しても、最初の投稿がリポスト数1、いいねの数2という、世間でバズっている投稿と比べれば、測定限界値以下の結果には苦笑せざるを得ない結果だ。その後、二週間に渡って、経過報告のポストを行ったが、どの投稿も結果は変わらないままだった。
まあ、バイト先や大学生活で感じた理不尽な出来事に対する不満のはけ口に使っているだけのフォロワー数1ケタの愚痴垢では、仕方が無いのかもしれない。
(注目が集まっているなんて言われる会見でも、所詮『キラりん滋賀』以下か……)
自宅のある滋賀県唯一の県域ローカルテレビ局、びわこ放送で夕方に放送している番組と比べても注目度が低いことを嘆きつつ、かと言って、大学や高校の友人や知人に公開している表のアカウントでつぶやくような内容でもないと判断して、気を取り直したボクは、この日も午後3時から始まる会見で、オッサンの姿を確認することを楽しむことにする。
(今日もオッサンを発見したら、バイトが始まる前にポストしておこう)
すでに、この数週間の間で、毎週水曜日のルーティンのようになった作業をこなすように、時間に合わせてスマホのブラウザで記者会見のようすをチェックしたのだが―――。
「あれ? いない?」
思わず声に出してしまったボクは、学部棟二階のエントランスホールのソファに座りながらスマホの画面で会見場の様子を確認したボクは、その場所に、見慣れていた後ろ姿が存在しないことに気付く。
reverse-side_hoshino
@reverse-hoshino
背中にANIMAL 50のオッサン
今日も発見!
ホント、なんなんだよ、この人w
#知事定例記者会見
#ANIMAL 50
そんなポストを投稿しようとしていた予定が狂ってしまい、知らず知らずのうちに憮然としたになっていたようだ。
「どうしたん、星野? なんか難しい顔して」
偶然、廊下を通りかかった同じ学部の田口が声をかけてきたが、
「いや、なんでもないよ。ちょっと、バイトまでの時間をどうやって潰そうか考えてだけ」
と、言葉を返す。
「そっか、じゃあ、オレはこのまま、あっちのキャンパスに向かうわ。また明日な!」
「うん、また明日」
田口が言う、あっちのキャンパスとは、いま自分がいる猪名野キャンパスから西に10kmほど離れた夙川キャンパスのことだ。そして、今年度で閉鎖されることが決まっている、この猪名野キャンパスの統合先でもある。
別に誰かの責任というわけではないが、週一回の密かな楽しみを奪われたボクは、その不満のはけ口をぶつけることが出来ない宙ぶらりんな心境のまま、バイト先であるキャンバスの近所のショッピングモールに移動することにした。
せっかく見出した自分だけの発見に起きた変化を報告する相手がおらず、モヤモヤした気分を抱えたまま、徒歩数分の場所にあるショッピングモールつかしんに向かう。
reverse-side_hoshino
@reverse-hoshino
背中にANIMAL 50のオッサン
今日も発見できず・・・
結局、なんだったんだよ、あの人・・・
#知事定例記者会見
#ANIMAL 50
本来ポストするはずだった内容に少し変更して投稿したあと、午後4時から始まる書店でのバイトまで、どうやって時間を潰し、不満のはけ口をぶつけることが出来ない、このやり場のない気持ちを解消したものか……と考えながら、ボクは東西に別れたショッピングモールの建物の真ん中を流れる屋外の川辺にある遊歩道を歩く。
自分の中の感情は、短い言葉でポストして吐き出したものの、やはり、それだけで心の中のモヤモヤが晴れるわけではない。
(だいたい、あの謎の文字と数字はなんだったんだ?)
(あのシャツの表側は、どんなデザインだったんだ?)
屋外を流れる小川のそばのカリヨンガーデンの階段状になった場所に腰掛けながら、自分の疑問を解消するため、ためしに、スマホのAIモードを起動し、
「ANIMAL 50に関連することについて教えて」
と入力する。
優秀なる人工知能が寄越した返答は、
「ANIMAL 50は、一般的に世界で最も強力、あるいは最も危険とされる動物をランク付けしたリストやドキュメンタリー番組などで使われる呼称です。現在、最新の野生生物データに基づく「世界で最も危険な動物」の代表的な顔ぶれ(順不同)は以下の通りです」
1.蚊 (Mosquito): 感染症(マラリア、デング熱など)を媒介し、年間で最も多くの人間を死に至らしめる動物です。
2.ヒト (Human): 戦争や犯罪による犠牲者数が非常に多いため、リストの上位に入ります。
3.ヘビ (Snake): ブラックマンバやインランドタイパンなど、強力な毒を持つ種が世界中に存在します。
4.イヌ (Dog): 主に狂犬病の媒介によって多くの被害を出しています。
5.ツェツェバエ (Tsetse Fly): アフリカ睡眠病を媒介します。
と言った内容で、一目で、自分が知りたかった事柄とは違うものだと判断できる。
「結局、ANIMAL 50ってなんなんだよ……」
ため息をつきながら、少し早いもののバイト先に向かおうかと腰を上げようとした瞬間、今度は自分の目を疑うような光景が飛び込んできた。
自分が腰掛けていた階段状の場所の数段下、右斜め前の位置に、二段に別れた赤い文字でANIMAL 50と書かれたシャツを着ている人物が座っているじゃないか!
しかも、その人物は、いつも見ていた会見場での様子とは異なり、ベースボールキャップらしきものを被っているものの、帽子からはみ出しているモジャモジャ髪の後ろ姿は、間違いなく、あのオッサンだ。
配信動画を確認し終わってから抱え続けているモヤモヤを振り払うためにも、この機会を逃してはならない!
そう思ったボクは、思い切って、数メートル先の石段に腰を下ろしている中年男性らしき人物に声をかけることにした。
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