第13話:烏丸焔理の憂鬱(中編)
静まり返ったアカデミーの廊下を歩きながら、俺はぼんやりと昨日の対抗戦の余韻に浸っていた。
優勝、という結果だけ見れば、間違いなく“勝者”だった。
でも、心の中は晴れやかどころか――なんかこう、妙にモヤッとしていた。
……なんか俺、浮いてない?
校門から教室に入るまで、すれ違った女子たちのリアクションはきわめて微妙だった。
はっきり言おう。以前にもまして、むしろ距離を取られている気がする。
視線が冷たい。いや、冷たいというより――刺さる。
「……人として終わってるよね」
「無理。マジ無理」
「土下座させた上に“ご主人様”呼ばせるとか、倫理詠唱違反じゃない?」
ヒソヒソと、容赦ない言葉が飛び交う。
廊下で、階段で、教室で。
俺の耳に入ってくるのは、どれもこれも“公開処刑”じみた評価ばかりだった。
原因はわかっている。
「申し訳ございませんでした、ご主人様。ボクが間違っておりました――」
……アレだ。完全にアレ。
鈴音のあのひと言で、大金星の価値は木っ端微塵。
特に、教室で同じ女子たちから浴びせられる冷ややかな視線ときたら……。
いや、違うんだ。俺が言わせたわけじゃないんだ、な? な!?
しかし、そんな俺の内なる叫びは届くはずもなく。
さらにたちが悪いのは、一部のクラスの男子たちが、なぜか感動していることだ。
「くっ……男の夢を体現した漢……」
「まさかあの天羽をわからせるなんて……」
「俺たちの代表、ここにあり……」
別にあれ、俺の夢とかじゃないし!
そんな代表になりたくないから!
そんな微妙な温度差の中で、なんとも言えない“勝者の孤独”を味わっていた。
評価が変わったのは、生徒たちだけではない。
試合直後、審判の先生は少し驚いたような顔をしながらも、
「桐原の技、見事だったよ。特にあの雷槍の一点突破……戦術判断も鮮やかだった」
と声をかけてくれた。
それは素直に嬉しかった。けれど――
「それはそれとして、話があるからあとで職員室に来るように」
「はい……」
話というのは、防御カットを使用した件だった。
終わるまではお目こぼししてくれていたらしい。
表彰式終了後、職員室に向かうと複数の先生にこってり絞られた。あの日、夜遅くまで学校にいたのはそのせいだ。
「おはよー、ゆーゆー!」
教室に漂う空気を無視して話しかけてきたのは、諸悪の根源である鈴音だった。
「ボクのおかげで一躍有名人だね♪」
「勘弁してくれよ、マジで」
「いーじゃん、いーじゃん。噂されるのは勝者の特権だよ?」
「悪い噂されても嬉しくねーよ!」
俺の返しに、鈴音は楽しそうにからからと笑って、自分の席につく。
この空気でよく俺に話しかけられるよな、当事者なのに。
鈴音が離れたあと、自分の席で針のむしろに耐えていると、どこかに姿を消していたニャルが隣の席に戻ってきた。
「今朝の観測では、“最低”という評価が七件、“わからせハラスメント”が四件、さらに“ご主人様(嘲笑)”が三件となっております。ご参考までに」
「わざわざ調べに行ってたのかよ!」
「大変有意義な観察結果が得られました」
無意味だろ……。
そんな話をしていると、にぎやかだった教室が突如静まり返った。
何事かと思って入り口に視線を向けた、その先には――
まるで炎そのものが、少女の形をとって現れたかのようだった。
褐色の肌。長い銀髪のポニーテール。そして、強く美しい瞳。
彼女が一歩進むたびに、空気が熱に歪み、周囲の気流がわずかに逆巻く。ポニーテールが揺れるたび、きらきらと光の粒が跳ねるように舞い、彼女の全身から言葉では言い表せない“気”が溢れ出していた。
教室の空気が張り詰める。
圧倒的な威圧感。
その少女は足早に教室を進み――あれ、こっちに向かってきてる?
「あれぇ? えりえり?」
少女に気づいた鈴音が声を上げる。
どうやら鈴音の知り合いらしい。
ポニーテールの少女は俺の席の前で足を止め、席に座る俺を見下ろした。
すげー美人。だけど、なんか……怒ってる?
「おい、お前!」
銀髪ポニテ少女はキッと俺を睨みつけた。
「よくも大勢の前で鈴音を辱めてくれたな。絶対に許さない」
鈴音?
この子、まさか鈴音の友達なのか?
あいつ友達いたんだ……。
才能だけじゃなく、ボッチレベルでさえ負けた気がしてなんかショック。
「お前、今度の学内対抗戦に出てこい。そこで私が鈴音に代わって、お前のことをギッタンギッタンにしてやるからな! いいな! 絶対に出てこいよ! 必ずだぞ」
それだけ言い捨てると、少女は踵を返して立ち去っていった。
何だったんだ、いったい。
俺は後ろに座っている鈴音の方を振り返った。
「鈴音、あの子誰? 知り合いなのか?」
「あー、そっか。ゆーゆーは知らないんだ。えりえりは有名なんだけどなー。あの子は烏丸焔理。とってもかわいくて、とっても強いんだ」
烏丸……。なんか聞き覚えあるような……。
そうだ、試合を見てたあの時、希望が言ってた特別な先輩。つまり俺と同学年ということか。
それにしても鈴音、今とんでもないことを口にしたな。
「とっても強い? まさかお前よりも?」
「うん。戦闘の強さだけだったらボクより上だよ。今、この学園で名実共に最強なのがえりえりなんだ」
鈴音ははっきりと言い切った。
鈴音より強い? この鈴音より? マジかよ……。
そして俺は今、その鈴音より強い相手に喧嘩を売られたということ?
ヤバくね?
一難去ってまた一難。
俺はこれから先の学園生活を想像して、がっくりと肩を落とした。
昼休み。
騒がしい教室を抜けて、中庭のベンチで、俺は楓と並んで昼食をとっていた。
ニャルは「もう一度、あなたの評判をリサーチしてきます」と姿を消した。もうそのまま家に帰ってほしい。
楓が作ってくれた弁当は、いつもながら旅館レベルのクオリティだ。
蓋を開けた瞬間、ふわりと広がる湯気と出汁の香りが、空気まで柔らかくしていく。
「……主、箸が止まっております。冷めますよ」
「あ、ごめん。ちょっと考えごとをしてて」
「今朝の件でしょうか」
さすが楓。察しが早い。
「うん。楓、学内対抗戦ってなんなんだ?」
「学内対抗戦は、有志四人でチームを組んで戦うトーナメント戦です。この学園の一学期最大のイベントですね」
「クラス対抗戦の学校全体版か。そしてチーム戦」
「はい。そして烏丸さんは、昨年の学内対抗戦の優勝者です」
「昨年って、彼女、見たところ……」
「同学年ですね。つまり彼女は一年生の時点で優勝したということです」
「へぇ~。一年生でね。本当に強いんだな」
と感心したところで、ふと疑問が浮かんだ。
さっき楓は学内対抗戦はチーム戦って言ってたよな?
しかし、今までの楓の口ぶりだと――。
楓は俺の疑問を察したのか、恐るべき事実を告げた。
「はい、察せられたであろうとおりです。烏丸さんは昨年、一人で学内対抗戦を優勝しました」
「……嘘だろ?」
「事実です。この件は王国中に知れ渡っております。将来は陽翔様すら超えるかもしれないともっぱらの評判です」
俺、そんな子に喧嘩売られたの?
いやだ、考えたくねえ。
俺は首を振って烏丸焔理のことを強引に頭から追いやった。
空っぽになった頭に、別の疑問が思い浮かぶ。
「ところで楓、俺と一緒にいて大丈夫なのか?」
女の敵扱いされてる俺とご飯なんか食べてたら、他の女子たちから浮いてしまうのでは。
「お気遣いありがとうございます。ですが、主の健康管理は最優先事項です」
「そっか、ありがとう」
「仕事ですので」
楓はほんの一瞬だけ目を伏せると、小さく息を吐いた。
それから、ほんのわずかに――でも確かに、微笑んだように見えた。
そのとき――




