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第12話:雷槍の誓い、そして(中編)

「待っていました」

「……ニャル」


無言のまま、彼女は小さく首を傾げて、言った。


「勝ち目は見つかりましたか?」

「……ああ」


たった一つだけのか細い糸だけど、勝ち筋はある。

だけど、それには目の前の少女の力が必要だ。


「ニャル、お願いがある」


俺はニャルの前に立つと、ゆっくりと頭を下げた。


「お前の力を貸してくれ。同期演算をしてほしい。お願いします」


ニャルのオッドアイが鋭く俺を射抜いた。


「――聞きます。あなたは、それで本当によいのですか?」

「………」

「自分が主人公かもしれないと思い始めたモブとして、外部演算の利用、つまりチートを使って勝負することに恥を感じないのですか?」

「……感じるさ。すごく」


あれだけ啖呵切って努力してきて、ここで外部の力を利用して試合に挑まないといけない。

悔しいし、惨めだ。

それでも――

ニャルは感情の伝わらない声で淡々と続けた。


「演算支援は、“脳の深層”をAIに明け渡す行為。依存すると、自我の拡散により)あなたがあなたでなくなる可能性すら、わずかに孕みます」


そこで、一瞬の沈黙が落ちた。

俺は、答える。


「渚に対して手段を選ばずに勝ったのに。それを今さら否定するのは渚に失礼だよ」


ニャルの瞳が、わずかに揺れる。


「楓にも“勝つ”って言ったんだ。主として約束を果たすために最善を尽くさなきゃ」


それに――鈴音の悪意のない笑顔が脳裏をよぎった。


「鈴音はさぁ、本当に天才ってやつなんだろうな。


オレは生まれたときからずっとそうじゃないから、正直うらやましくてしょうがない」


鈴音に限らず希望も渚も楓も、この世界の人はみんな頭の回転が速い。

俺ができないのは、経験不足のせいじゃない。そもそも、この世界の基準で俺は“Fランク”なんだ。才能の差は残酷で、努力だけじゃ超えられない。

……それでも。


「でもだから、凡人の俺は思うんだよ。あいつ挫折とか1回もしたことないからあんなふうなんだ。そんなあいつが自分の流儀捨ててまで勝ちに来たんだ。うまくいえないけど、何が変わりかけてるんだと思う。でもここで俺が負けたら結局元通りになるだけだ」


むしろもっと悪化するかもしれない。

結局誰もついてきてくれないという絶望。

そうして誰も止められなくなった天才がそうやって破滅していく話を、物語やニュースでたくさん見てきた。


「だから、あいつに今現実の厳しさとか、理不尽さをわからせてやれるのは俺しかいない。そのためなら、“安いプライド”くらい捨ててやるさ」


俺は苦笑いを浮かべた。

プライドなんて、諦めることを正当化してるだけだ。

今ならそれがちゃんとわかる。


「……なるほど。あなたの言うそれは、自己保存ではなく、他者指向的意思なのですね」


俺の言葉に、ニャルはふっと唇の端をつり上げて笑った。


「よくできました。演算支援してあげます」


いつもの悪意のこもった笑顔のようでいて、ほんの少しだけ違うように見えた。


「ほんとか!?」

「ええ、この大会のルールに他者の演算力を借りてはいけないというルールはない。恥や外分など神AIたるニャルには考慮に値しない。論理的に否定される理由はありませんから」


「ありがとう、ニャル」


俺は心のからの感謝を込めてニャルに伝えた。

だってその理屈ならニャルにはあえて演算支援を行う理由立ってないはずなのだから。


「ただし、以前にも話しましたが、今のニャルは同期演算実施の権限はありますが、渡せる演算力の設定を変更することはできません。次の試合に関しては35%の同期演算のみとなります」

「……ってことは?」

「計算によると、あなたは次の試合、4語詠唱まで行使可能です」


胸が、どくんと鳴った。


「マジで!? やった、それなら――!」


演算力の拡張は詠唱語数を減らせるだけでなく、より多くの演算を身体強化に回すせるということだ。

これなら鈴音に届く。戦える。同じ土俵に立てる。


「ですが、同じ語数でも、詠唱の質は千差万別。天羽鈴音さんの4語詠唱は、既に“実戦最適構造”。あなたは……組めるようになったばかりの未完成建造物」

「それでもないのと比べりゃ雲泥の差さ」

「……承知致しました。では、今回は近くで観察することとします。大口に見合った結果を見せてくれるのかかどうか、観察のしがいがあります」

「好きにしてくれ」

「好きにします。凡人の悪あがき、見せてもらいますよ」


俺の隣に並んだニャルと共に、競技場の出入り口を抜ける。

まばゆい光が目の前を照らし、観客席から湧き上がる歓声が全身を包んだ。

鈴音、徹底的に足掻いてやるから覚悟しろよ!

競技場の中央。そこには、いつものようにふわふわ笑う天羽鈴音がいた。


「やっほー! ゆーゆー! よろしくねっ!」


――決戦、開始。




「そうだゆーゆー。賭けの話なんだけどさ」


舞台に上がると鈴音がおもむろに口を開いた。


「ボクが勝ったら学校やめるか、卒業までパシりになるかだったけど、学校やめるはナシにするよ」

「え、ほんと?」

「その代わり、ボクに負けたら一生ボクのパシりね」

「よし、わかった!」


――ってあれ? これ条件悪化しただけじゃね?


「わー!やっぱり、わからない。今のなし、ホントなしで」

「もうダメー。手遅れです」

「クーリング・オフ、クーリング・オフを!」

「クーリングオフ? なにそれ。ケーキかなんか?」

「くそー、この未開文明人どもめっ!」


毒づきながら、俺は雷切を鞘から抜く。

たった一日だけど、俺はこの刀に既に昔からの戦友のような頼もしさを覚えていた。


「それでは両選手、位置について」


審判の先生の声が場内に響いた。


「決勝戦――天羽鈴音 vs 桐原悠真、始めッ!」


鈴音はいつもの調子で笑いながらステップを踏む。


『論理展開、閾域拡張』


鈴音が起動式を唱える。

楓の時のふわっと詠唱ではない。

最初から、定型の論理。


「じゃ、いこっか! ぴゅんっとね♪」


風が巻き起こる。鈴音の姿が一瞬で揺らぎ、消えた。


「乱流生成、気圧操作、刃状展開――風裂爪」


軽快すぎる詠唱。だが、その直後――風刃が正面から襲って来た。

俺は咄嗟に体を捻り、紙一重でかわす。

だが鈴音の詠唱はそれだけで終わらなかった。


「風域展開、射角固定、圧縮加速、連続射出――烈風連牙れっぷうれんが!」


その直後、上下左右から次々と風の矢が飛び交ってくる。

見た目は乱雑、だが動きには一分の無駄もない。

鈴音の魔法は、“当てる”のではなく“狩る”ために組まれていた。

一発ごとに軌道が違う。

こっちは“試合”してるつもりなのに、あいつだけ“狩り”をしてるみたいだ。

動きがマジで読めねぇ……。

手数が多いだけでなく、変幻自在。

でも、全体としては“緻密に構築された速射砲”。

詠唱速度の優位を活かしてアウトレンジで削り切るつもりらしい。

いつもの自由奔放さは影を潜め、勝つための合理的な戦術に徹している。

このままじゃジリ貧だ。


「座標確定、電位展開、熱量圧縮、導線貫流、雷閃!」


風の刃を受け流しながら、5語詠唱に進化した雷閃を放つ。

だが攻撃範囲の広いそれを、鈴音は宙に浮いてあっさりとかわした。


「やっぱりずるいってそれ」

「ゆーゆーだっていつの間にか5語詠唱になってるじゃん」


そこで、競技場の少し離れたところから観戦しているニャルに視線を送った。


「ははーん、なんかズルしてるな?」


うわ、なんでこいつこんなに鋭いんだよ。


「悪いかよ」


気まずくなってそんな言葉が口をついてでる。

鈴音は戦闘中にも関わらず、からからと笑った。


「いいよいいよー。そういうこだわりないの、どっちかというと好きかな」

「余裕だな!」

「本当に嬉しいんだよ……。ボクにそこまで本気で向き合ってくれることが」


言葉はいつも通りなのに、その声には、どこか――救われたような響きがあった。

俺は再度雷閃の詠唱を始めた。

今度は、鈴音は上空から一気に距離を詰めてきた。

間近でみると、観戦してた時よりも数段早く感じる。

振り下ろされた鈴音の刃を雷切で受け止める。

攻撃を止めるのに必死で既に詠唱は止まっていた。

しかしもう片方の剣が、今度は横薙ぎで襲いかかった。


「うわっ!」


かろうじてしゃがんで交わす。しゃがんだまま後ろに跳躍。

先ほどまで俺がいた位置を、鈴音の剣が通り過ぎた。

速すぎる。

楓、こんな奴と接近戦してたのかよ!

魔法と剣がぶつかり、視界が風で裂かれる。

体が追いつかない。だが止まった時点で敗北だ。


「風散展開、視界収束、乱気流形成――乱視結界らんしかっけい!」


鈴音の軽快な詠唱が響いた瞬間、俺の視界が――ぐにゃりと歪んだ。


「なっ!」


空気の流れを捻じ曲げることで、実際の光景と認識にわずかなズレを生じさせる結界。

目に見えないはずの“風”を、視界ジャックで錯覚させる応用魔法――!

やべっ……どっちが本物だ!?

刹那、前方に走る影。右か左か、判断が追いつかない。

直感を信じて身を投げ出す――と、俺の背後を風刃がかすめた。

クソ、勘が外れてたら終わってた!

だがまぐれは2度続かなかった。

視界が戻った直後、正面にいた鈴音の切っ先が俺を捉える。


「……!」


下がりながら咄嗟に差し出した俺の太刀と、鈴音の双刀のうち一振りが、同時に弾かれ宙を舞った。

まずい……!

鈴音は隙を逃さず、残った短刀で即座に間合いを詰めてくる。


「これで!」


鈴音の刃が迫る。俺は一歩踏み込むと、両手を突き出した。


「ぐっ……!」


刃が当たり、腕に衝撃が走る。けど、まだ耐えられる。まだ――!

鈴音が、距離ゼロで詠唱を始めた。


「風域展開、双断形成、加速制御――斬双牙ざんそうが!」


俺の両側から、風の刃が襲いかかる。

蓄えていた演算リソースを全て防御に。

その瞬間、俺の身体に凄まじい負荷がかかった。

飛びそうになる意識を必死につなぎとめる。

鈴音の動きが止まっている、ここがラストチャンスだ。

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