第10話:論理魔法戦のはじまり(後編)
控室からのまでの足取りは、さっきまでの試合のときよりずっと重かった。
……渚に勝つ。昼食のときは張り切っていたのに、今は正直――気が重い。
ニャルが言っていた通り、差がありすぎるんだよな……。
彼女の戦いを観た今ならわかる。
レベルがまるで違う。
正攻法では勝てない。
それなのに、1回戦と2回戦で手の内はほとんど晒してしまった。
でも今日の渚の武器は細いロッドだった。
あの自称儀式具のみそぎちゃんではなかった。
少なくとも恐怖心に飲まれずに戦える。
そう思って競技場の中央に立ったのに。
そこにいた白川渚は細いロッドではなく、全てを打ち砕く棍棒、みそぎちゃんを構えて俺を待っていた。
「待って! なんでみそぎちゃん持ってんの!? 午前中使ってなかったじゃん」
渚はちょっと困ったように微笑んだ。
「さすがにクラスメートをこれで攻撃するのは気が引けるっていうか……」
「俺もクラスメートなんですけど!?」
「悠真君はほら、なんていうか、異世界人だし?」
「うわー! このレイシスト、異世界差別反対!」
「悠真君だって! 私怒ってるんだからね! この前、ようやく“7語詠唱できた”って言ってたのに……。さっきの試合、6語詠唱してたでしょ。――嘘ついたんだ」
「あれは!」
あの時点じゃ嘘偽りの無い真実だったんだよぉ。
あれから会う機会なかったから、いちいち報告に行くのも不自然かなって思ってただけだし。
「まだ魂の整え方が足りなかった。ここでもう一度性根をたたき直して、2度と私にウソなんかつけないようにします」
くっ、なんでこの世界の女どもはどいつもこいつも人の話しを聞かないで縛り付けようとするんだ!
「位置について!」
審判係の教師が合図を出す。
俺は雷切を構えて渚の方を向いた。
渚もみそぎちゃんを構えて俺の方を向く。
棍棒というより、神罰の杭って感じなんだよな……。
こえー。
「始めッ!」
審判の号令と同時に、起動式を唱える。
『論理展開、閾域拡張』
闘技場にお互いの声が重なり合った。
詠唱が終わると同時に、渚はまっすぐこちらに向かって駆けてきた。
一瞬で間合いを詰められ、からんっと鈴の音を響かせながら、みそぎちゃんが俺に向かって振り下ろされる。
なんとか雷切で受け止めるのも、両腕に強い衝撃が走った。
重っ!
危うく刀ごと押し潰されそうになる圧倒的な破壊力。
特訓のときはなんだかんだ相当手加減してくれていたらしい。
俺は渚の圧力にとっさに後ろに飛んで距離をとる。その瞬間、渚は構え直すと同時に詠唱を始めた。
「圧縮起動、水域集中、射線確定、噴流収束――水牙弾!」
渚の手元に水の渦が集まり、細く鋭い水流が青白く光りながら収束していく。
発射と同時に空気が裂け、銃声に似た水音が響いた。
「ぐっ!」
高圧の水流が俺の肩をかする。
咄嗟に身を捻ってなければ直撃だった。
特訓を重ねて渚の呼吸というかリズムがわかっているからかろうじて避けられたけど、そうでなければ今ので終わってたぞ。
俺も反撃に転じようと、避けると同時に雷閃の詠唱を始める。
「空間把握――」
だが渚は俺の行動を見透かしたかのように既に距離を詰めていた。
みそぎちゃんが俺に向かって振り下ろされる。
俺は詠唱を止め、全力でみそぎちゃんを雷切で受け止めた。
やっぱり強い。見切りも早いし、俺の癖もバレてる。
詠唱を組んでも潰される。
かといって踏み込んで仕掛けても巧みに止められる。
このままじゃジリ貧だ。
覚悟を決めるしかない。
そして――
渚が構えを変えた。
来る! 決定打を狙ってる。
「――防御術式解除」
呟いた瞬間、演算が自動防御を切り離す。同時に、場の演算安定値が乱れる。
こうすれば渚は絶対に俺にみそぎちゃんを当てない。
絶対にだ。
「馬鹿なのですか!」
観客席の最前列から、ニャルの声が飛ぶ。
小さな体から出るとは思えないほど、クリアに響いた。
なんで今に限って、そんな声が通るんだよ。
渚の攻撃を前に、胸の奥で、どくん――と、心臓が一際大きく跳ねた。
「――っ!」
渚の目が見開かれた。
「悠真くん!?」
俺に向かってまっすぐに降ろされていた
みそぎちゃんの軌道が揺れる。
俺の命を奪わないよう、渚の腕がわずかにそれた。
ごめん、渚。
一瞬だけ、胸が痛んだ。
こんなのずるいってわかってる。
でも俺は――
「勝ちたいんだ、渚に」
俺の太刀が、割って入る。
棍の動きを抑え込むように斬撃を流し、そのまま柄で押し込み、動きを封じる。
「空間把握、座標収束、電荷展開、熱量圧縮、導線貫流、雷閃!」
雷の奔流が、渚の体を走る。
「きゃっ……!」
雷が弾け、渚の棍から火花が散る。衝撃でバランスを崩した彼女が、膝をついた。
棍棒を地面について立ち上がろうとするが、途中で崩れ落ち――
「……まいりました」
渚は教官の方を向いて、はっきりとギブアップを宣言した。
その瞬間、観衆から大きな声が上がった。




