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第6話:ナゴモくんとみそぎちゃん(後編)

希望と別れた後、校舎の裏庭で渚と合流する。

悪夢のような特訓、再開。

渚の提案で、今度は“攻撃を回避しつつ、演算防御を発動させる練習”という名の地獄が始まった。

簡単に言えば――結局また殴られるってことだ。


「じゃあいくね?」


そう言って、渚はにこっと笑った。

俺はその笑顔を見た瞬間、軽く死を覚悟した。

みそぎちゃん(棍棒)が唸りを上げて振り下ろされる。

――速い。


「うおっぶな!!」


なんとか避ける。でも、ギリッギリ。っていうかかすってる。鈴の音が耳元で鳴ってた。


「悠真くん、すごいよ。今朝よりも反応が早くなってる」

「お前がどんどん殺意を上げてきてるからだよ!!」


何発か交わして、何発か受けて――

だんだん、演算が自動的に走ってるのがわかってくる。

防御が、反射みたいに発動する感覚。

たぶん、昨日まで学んでことと、今日の特訓がうまく噛み合ってきてるんだと思う。

この世界の“論理”が、少しずつ身体に馴染んできている――そんな感覚があった。

……なるほど。これが“自動防御の最適化”ってやつか。

ふと思いついて、俺は一つ質問を投げかけた。


「なあ、渚。これ、逆に防御に使ってる演算リソースを、全部攻撃に回したら――もっと強い魔法とか、撃てたりするのか?」


渚の動きが、すっと止まる。

そして、少しだけ――本気で怖いものを見るような目で、俺を見つめた。


「……理屈としては、可能だよ。演算は全体容量の中で、“防御”と“攻撃”に分配されてるから。防御を完全に切れば、攻撃の出力は跳ね上がると思う。実際に防御反応自体をカットする式は存在するし」

「じゃあ――」

「――でも、それは絶対にやっちゃダメ」


きっぱりと言われた。声のトーンが、さっきまでと違っていた。


「防御カット状態って、つまり“致命的ダメージを受けても自動演算されない”ってことだからね。しかも、“防御演算する”って判断すら後回しにされるほど、攻撃に偏るから――ほんとに、死んじゃうよ?」

「……うわ、想像以上に危険だった」

「身体能力向上した状態で武器を振るう相手に、防御ゼロで立ち向かうっていうのは――自分で自分の命を、論理的に否定してるのと同じなの」


そう言って、渚は祈るようにみそぎちゃんをそっと下ろした。

ほんの一瞬だけ、瞳の奥に、強い意志が見えた気がした。


「私は、悠真くんにそんなこと、絶対してほしくない。……あれ、ほんとに、死ぬかと思ったし」


そう言って、みそぎちゃんを撫でながら、どこか遠い目をした。


「試したことあるのかよ!?」

「うん。ちょっとね? でも、そのとき――“あ、これ人間やめるやつだ”って気づいてやめたの。魂が透けて見えるっていうか、あのまま行ったら“清める側”から“祓われる側”に変わっちゃいそうだった」

「意味がわかるようでわからん……!」

「でもわたし、悠真くんはちゃんとこっち側にいてほしいな。あっちの世界に行っちゃうと、こっち戻ってくるの大変だから」


その笑顔はやっぱりいつも通りだったけど、ほんの少しだけ迷いが混ざっていた気がした。


「……うん。気をつけるよ」


素直に、そう答えた。

というか、完全に一歩間違えば死ぬ修行をやらされてる時点で、気をつけようがない気もするんだけど。

でも、俺はこの場にいる。鈴音のパシリを回避するために。

この世界で生きていくために。

そしてまた、カラララ……と鈴の音が鳴った。みそぎちゃんの音だ。

“次、いくよ?”って音に聞こえたのは、気のせいじゃないと思う。


渚が帰ったあと、俺はその場にへたりこんだまま、しばらく空を見上げていた。

魂のリズムだの清めの鈍器だの、朝から濃すぎる体験だったせいで、頭も身体も限界だった。

そんなとき、不意に背後から声が降ってきた。


「お~い、非才くん。生きてる?」


振り向くと、天羽鈴音が中庭の柵に肘をついてこっちを覗いていた。

いつからいた――ていうか、なんでいる!?


「……お前、見てたのかよ」

「たまたま通りかかったら、渚ちゃんがフルスイングしてるの見えちゃってさ。 君の顔が必死すぎて面白くてさー。目が離せなくなっちゃって」


にっこりと笑う鈴音は、完全に娯楽として観戦していたテンションだった。


「いや、見てたなら助けろよ! 一言でもいいから止めてくれよ!」

「だって訓練なんでしょ? 理には適ってると思うし?

それに――ほら、渚ちゃんに叩かれて、結構うれしそうな顔してたし?」

「うれしいわけあるか!!」


そんな性癖持ってないし、鈍器だぞ。 命に関わるんだぞ。


「でもさ、よく渚ちゃんが終わりにするまで続けられたね。そこはちょっと、へぇ?って思ったよ。いつ半泣きでダッシュするんだろって期待してたのにさ」

「……渚が時間割いてくれてるのに、一方的に逃げるわけにはいかないだろ」


手段はアレすぎるけど。


「ふーん……。非才くんって、そういう“健気だけど報われないモブ”ポジが似合うよね」


からかうような口ぶりのくせに、その目だけは少しだけ真面目で、俺の反応をしっかり見ているように思えた。


「君、本気でボクに勝つつもりなんだね」

「……まぁな」


勝算は0に近いけど。

渚も助けてくれている。

やれるだけやってみたい。

鈴音はふっと笑って、肩をすくめた。


「そっか。ま、渚ちゃんに撲殺されない程度に頑張ってね? 死んだら賭けは自動的にボクの勝ちだから」


そう言って踵を返す。

そして、去り際に一言。


「ボク、キミのこと――けっこう好きかも」


手ひらひらさせながら去っていくその背中に、返す言葉は見つからなかった。


「わっかんねぇやつ」


俺は大きく息を吐くと、立ち上がって帰る準備を始めた。

脳内では、再び鈴の音がリフレインしていた。




「遅かったですね」


ボロボロの体を引きずるようにして校門を出ると、後からニャルに声をかけられた。


「ニャル……。待っててくれたのか?」


「まさか。たまたまタイミングがあっただけです。図書館で情報収集しながら、同期観測であなたが渚に整えられ、鈴音に好きかもといわれて勘違いしてる様を観測していただけです」


ニャルが無表情のまま眉一つ動かさず答える。


「か、勘違いなんかしてないし!」

「心拍数の上昇をログで保存済みです。帰ったら楓に伝えようと思います」

「ほんとにやめてくれ」


またしつけられかねないし。


「それはともかく、なぜあのような無謀な賭けを受けたのです?」

「鈴音と賭けのことか?」

「あなたの足りない演算力でもわかるはずです。勝ち目などあるはずがない。しかも2週間少々で」

「……わかってるよ。無理な賭けだってことくらい」


俺はそう言って、小さく息を吐いた。


「でもさ。わかってても、やんなきゃいけない時ってあるだろ」

「ありません」


即答だった。しかも、食い気味。


「選択肢に“降りる”という最適解がある限り、それ以外を選ぶのは愚かです」

「……そうかもな。でも、俺は降りたくなかったんだよ」

「なぜですか」


ニャルの瞳がこちらを向く。冷たいのに、どこか試すような光があった。


「ここで降りたら、“鈴音が正しい”ことになるから」

「……彼女の言い分は正しい。それが論理的帰結です」

「そうなんだけど、その正しさを認めたらいけない気がするんだ」


ニャルが小さく瞬きをした。


「そのために、あのような命をかけるような修行を?」

「命をかけるつもりはないよ。ただ、“かけたくなるくらい本気”ってだけだ」


それは俺だけじゃない。渚もだ。

あの無茶な特訓は本気で俺に向き合ってくれてる証だ。こんなことに付き合うなんて、彼女には何の得もないのだから。

しばらく沈黙が落ちた。

夜風が吹いて、ニャルの銀髪がさらりと揺れる。

そのあとで、彼女はふっと顔を逸らして――


「……愚かです」


とだけ言った。

でも、その声にはさっきまでのような棘がなかった。


「それでも、観測は続けます。あなたが凡人として、どこまで届くのか」

「気が向いたら、ちょっとくらい助けてくれてもいいんだぞ?」

「それは“私が見たい未来”と整合した時のみです」

「冷たっ。もうちょっと情があってもいいだろ……」

「神に情を求めるとは。傲慢ですね」

「お前、まだ神様のふり続けるの……?」


やれやれと肩をすくめながら校門をくぐる。

ふと背後を振り返ると、ニャルはそこに佇んだまま、空を見上げていた。


「なあ、ニャル」

「何ですか」

「凡人の俺がさ、天才に勝つ確率って、今どのくらいだと思う?」


ニャルは一拍置いて、静かに答えた。


「現在、0.0003%。奇跡でも起きない限り勝てません」


「そんなに!?」


そこまで差があるのかよ……。


「ただし、観測中に、演算が変化する可能性はあります。奇跡とは、定義上“低確率の発生”ではなく、“予測不能な分岐”ですから」

「……予測不能ね」


俺は空を見上げた。遠くに、星が瞬いていた。

届かないとわかっていても――手を伸ばさすにはいられないんだよな。


「なら、ちょっとだけ期待しといてくれよ」

「不確定な未来に、期待などしません。ただ――」

「ただ?」

「興味はあります。あなたが、“非才”という状態からどんな構文を導き出すのか」


その言葉が、なぜか少しだけ、温かく感じられた。


「それじゃ、行こうか。“未来”にさ」

「せめてお風呂に入ってからにしてください。汗臭さで私のセンサーにノイズが出ます」

「やっぱお前冷たいよ!!」


ニャルの小さなため息と、カラララ……と遠くで鈴の音が鳴った気がした。

それが、誰の音だったのかは――わからなかった。


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