第6話:ナゴモくんとみそぎちゃん(中編)
昼休み。食堂の混雑を避けて、昨日と同じ中庭の木陰に腰を下ろす。
今日も楓は、自分で用意したらしい弁当を広げていた。
「主。こちらを」
そう言って差し出されたのは、整った色とりどりの二段弁当。
手際よく作られた副菜が詰まっていて、見た目も味も文句のつけようがない。
「ありがとな、楓。ほんと助かるわ」
「仕事ですので」
いつも通りの素っ気ない返事。
義務だろうとなんだろうとありがたいものはありがたい。
俺が箸を手に取ろうとしたとき、楓がふと視線を落とし、小さく口を開いた。
「……昨日のこと、謝らせてください」
「え?」
「天羽さんが、あのような提案をしたとき……私は、止めるべきでした。ですが、一定の“理”があると感じてしまった。主のためにあるべき忠義を、一瞬、理屈に預けてしまったのです」
「そんな、大袈裟な……」
「いえ、これは私の問題です。忠義を掲げるなら、たとえ非論理的でも、主に刃を向ける可能性がある行動は拒むべきでした」
真剣な顔の楓に、俺は言葉を詰まらせる。
「……そうかもしれないけど、俺は気にしてないよ」
俺は、ゆっくりと箸を取って、弁当のひと口目を口に運ぶ。
味はやっぱりうまかった。ちゃんと心がこもってるのが伝わってくる。
「俺、今はここでやってくしかないからさ。みんなに負けたくないってのもあるし……。それに……助けてくれる両親とも離れちゃってるし」
ふと、手が止まる。
気づけば、今日で三日目だった。
異世界に来てからの時間なんて、怒涛すぎてろくに振り返れなかったけど――夜、寝る前にふと考える。
「今、何してるんだろうな」って。
俺の親は、もういない。
だからこそ、目の前のことから逃げずに立ち向かうしかない。
そもそも逃げ道がないからしょうがないよね。
「まあだから、やれるだけ頑張るしかないし。だからホント気にしないで」
楓は、しばらく黙っていた。
やがて、ほんの少し口元を緩めて、そっと言葉を重ねてきた。
「……ありがとうございます。これからも精一杯努めさせていただきます」
「それが楓の仕事だから?」
「そうですよ?」
そう言って楓は柔らかく微笑んだ。その笑顔に、なんだか少し――さっきまでの孤独感が少し薄れたような気がした。
弁当を食べ終わってお茶を飲んでいると、昼食を終えて教室に戻る他の生徒たちの声が耳に入ってきた。
「ねえ、今日の論理演算、難しくなかった?」
「あー、難しかったー。けど白川さんが教えてくれたからなんとかいけたよー」
「白川さんって、ほんとすごく頭いいよね。私、ノート見せてもらったことあるけど、めちゃくちゃ分かりやすかったよ」
「落ち着いてるし、優しいし……ほんと“癒し系”って感じだよね~」
……渚の話題だった。しかも“癒し系”。
俺の脳裏に、今朝の特訓の記憶が容赦なく蘇る。
癒し……? どこが? むしろ暴力系だったけど……?
放課後。
モヤモヤが晴れず、俺は希望を廊下で捕まえた。
「なあ希望、白川渚って知ってるか?」
「知ってるよ。何? 先輩、渚さんのこと気になるの?」
「ああ」
朝から棍棒でボコられたのだ。気にならないはずがない。
「めちゃくちゃ美人でスタイルいいからわからなくもないけど。ムリムリムリ、先輩じゃ絶対釣り合わないって」
――こいつめ!
「そういうんじゃなくてだな。今日の朝、渚に論理魔法について教えてもらったんだけど」
「さすが渚さん。先輩みたいな落ちこぼれをほっとかず世話してあげるホント女神様みたいな人だよね~」
「その女神様なんだけどさ。修行と称して“みそぎちゃん”でフルスイングしてきてたんだが?」
「……は? みそぎちゃん?」
「魂のリズムがどうこう言いながら、“理、一閃”って叫んで、棍棒で」
希望は一瞬止まり、その後すぐにニヤリと笑って俺を見つめた。
「はいはい、また先輩の冗談スイッチ入りました~。棍棒とか盛りすぎでしょ」
「いやマジだからな!? 笑ってるけどほんとに叩かれたからな!? 術式も発動してたし!」
「えー、渚さんってこの学園じゃかなり評判いいんだよ? 清楚で理知的で、癒し系で……。わたしが中学生だった頃、アカデミーでの評判、噂で聞くくらいだったんだよ。“アカデミーの天使”って」
「その天使が俺の頭に天罰落としてきたんだよ! お清めが必要です!! って」
「うわぁ……、仮に先輩の話が事実だとしたらそれ絶対先輩が変なことしようとしたんでしょ。幻滅」
「おかしいのは渚の物理攻撃だ!! 俺の記憶はノンフィクションだ!!」
希望は苦笑しながら軽く肩をすくめた。
「あー、でも確かに“清める”って言葉は渚さん言いそうかも。とするとよっぽど先輩の魂が穢れてるのが見えて、何とかしないとって思ったのかな」
「ええ……。俺そんなふうに見えるの?」
「だいじょぶ、だいじょぶ。例え先輩がどれだけ魂汚れてても助けてもらった恩は忘れてないから。わたしは見捨てたりしないからさ」
「穢れてるっての否定する気ないんかい」
「先輩、ちょっと憑かれてるんですよ。ほら、これあげます」
そう言って、小さいぬいぐるみを渡してきた。
手のひらサイズの灰紫色の球体。
ぬるっとした触手がいくつも伸びていて、中央にはひとつだけ、濡れたような瞳があった。
こちらを“見ている”ようで、“見ていない”ようで。
まるで意識があるかのような……。
なんだこれ、呪物?
「なにこれ」
「ナゴモくん。除霊専用ぬいぐるみ。握ると不浄が吸われる仕組みなんだよ」
試しに握ってみた。
柔らかいのに、どこかぬめりがあって、指先が“捕まる”。
「ウゥ……グルゥァ……」
「吸われてる音じゃねぇよ!? うめき声じゃん!」
「大丈夫、慣れるとかわいく見えてくるから」
「いらないよ、これ。むしろ呪われそうだよ!」
「あ、ごめん先輩。今日はクラスの子と約束があるからさ。行かないと。また暇な時に声かけてくれたら相手したげるからね。それじゃバイバイ」
どうすんだよ、これ……。
希望が手を振って去っていくのを、俺は呆然と見送った。
――俺にとっての“真実”は、この世界では“冗談”に変換されてしまうらしい。
どこかでまた、カラララ……と鈴の音が聞こえた気がした。
……俺の幻聴か、それとも“みそぎちゃん”の祟りか。




