第4話:神の理論と狂える子羊たち(前編)
教室を出て廊下を歩くと、渚がふっと振り返った。
「このあと購買寄ってもいいかな? お昼、持ってないんだ」
「俺も。何の用意してなかったし」
「じゃあ一緒に行こ」
渚に促されて向かった購買は、昼休み直後だからか人はまだ少なかった。
この世界はチャイムと同時に購買にダッシュする文化はないらしい。
「……これと、あとこっちも。うん、たぶん足りるかな」
渚はそんなことを呟きながら、サンドイッチを二人分手に取った。
「悠真くん、中庭に行かない? 外、風が気持ちよさそうだし」
「……いいけど。てか、それ俺の分も入ってない?」
そうだったらありがたいけど……。
よく考えたらポケットに突っ込んである日本円使えないだろうから無一文だし。
「うん。よかったら一緒にどう? あとで“魂の巡環”の話もしたいし」
「まさかの勉強セット!?」
「だって、元々そういう話だったでしょ?」
なんかヤバい宗教セミナーみたいなフレーズが聞こえたんだけど……。
しかし他にご飯の宛もない。
結局、渚に促されるまま、昼下がりの風が吹く中庭へ向かった。
購買から出て、二人で中庭へ向かう途中、渚がふと足を止めた。
「ねえ、ちょっとだけ待ってもらっていい?」
そう言って彼女は買ったばかりのサンドイッチを取り出し――その包みに、指先でそっと触れた。
「水分感知、湿度選別、微風操作、仕上整流――清乾掌」
短く詠唱すると、淡い風が包みを撫で、水滴だけが浮かび上がって消える。
「これで、余計な湿気は除けたよ。少しは美味しくなるはず」
「今の、魔法?」
「うん。“表面の水分だけを除去する”っていう、水の論理魔法の基礎式だよ。意志のある存在には使えないけどね」
すげぇ!
論理魔法、なんて便利なんだ
「魔法ってこんな日常的に使えるもんなんだな」
「むしろ、こういうところから発展してきたの。
戦闘だけじゃなくて、建築、調理、医療、家事……全部、論理の応用系」
そんな話をしていると、あっという間に中庭についた。
木陰のベンチで並んで腰掛け、サンドイッチを頬張る。
魔法のおかげか、とても美味しかった。
「サンキュ。助かった」
「ふふっ、どういたしまして」
「ってかさっきの、“魂の巡環”ってマジで話すの?」
「もちろん。大切なことだからね」
渚がノートを広げる。
「見て、ここがさっきの“論理変換式”のキーになる部分だよ」
丁寧な筆致で書かれたノートには、魔術記号と属性記号が綺麗に整理されている。
しかも解説がめっちゃわかりやすい。
中庭の風が揺れる中、渚はふと、ノートを見つめながら口を開いた。
「……ねえ悠真くん。私ね、こう考えてるの」
「ん?」
「論理魔法ってね、“神に触れる術”だって」
「……またすごいの来たな」
渚は、静かに笑った。でも、その瞳はまっすぐだった。
「属性って、自然の意志だよね。火も、水も、風も。
それらがどう“在るか”を、わたしたちは式にする。定義する」
「自然の意志……」
歴史の授業で習ったっけな。
万物は火であるとか水であるとか。
「でもね、定義って、本来は“名前を与える”ことなんだよ。名づけって、“世界に居場所を与える”ってこと。
つまり――論理とは、祝詞。存在に意味を与える“祈り”なんだよ」
その瞬間、なぜか胸がちくりと痛んだ。
名前――ニャルに無理やり名付けたときの感覚が、ふとよみがえる。
「私ね、論理魔法の本質って、“意味を繋ぐ行為”だと思ってる。“世界はこうであってほしい”っていう心の在り方を、形にすること」
「……それってさ。魔法っていうより、願いなんじゃないの?」
「うん、そうだよ。論理って、“祈り”なの」
淡々と、でも確信を込めて。
「……すごいな、ヤバさしかないはずなのに、なんか説得力あるわ」
渚はくすっと笑ったあと、ノートを開いて見せた。
「この式、見て。“加護のエーテル軌道”になってるの。気の循環が起きて、場の論理が整うようにできてる。こうやってリズムを与えるとね、空間が“揃って”くるの」
彼女の指が記号をなぞる。流れるような動き。
「つまり、これは――“お祓い棒”と同じなの」
「飛躍しすぎじゃね!?」
「だって教理会の初期教義にもあるよ。“理の原型は信仰と重なり、論理とは聖なる念動である”って」
「オカルトっぽい教義来たね」
「違うよ。論理魔法って、“意味を揃える技術”だからね。混乱してる空間に秩序を与える、そういう祈りなんだよ」
渚は、“それが当然”という顔で微笑んだ。完全な善意、完全な本気。
「論理を詠唱するってことは、自分の中にある“こうであってほしい世界”を外に示すこと。属性は、“気の流れ”であり、“魂の在り方”だから。つまり、魂の在り方を、言葉にして世界に伝える。……ね、祈りでしょ?」
「つまり、ポエムってこと?」
「い・の・り!」
風が一瞬止み、ふわりと彼女の髪が揺れた。
「だからこの循環式は、“魂を揃えるためのリズム”なの。このリズムが波動律なんだよ」
「論理魔法って波動とか使うの!?」
「うん。“神理の定在波”が見える人なら普通に扱ってるよ?」
「もう意味わかんねぇよ……」
うん……この子、ひょっとしなくても今まで会った子たちの中で一番ヤバい。
渚はこのあとも 、“魂の振幅”だの“波の干渉”だのを語り続けていたけど……。
正直、俺の脳はもう限界だった。
結局、渚の講義は昼放課の予鈴がなるまで続いた。
――そして午後の授業。俺は再び、現実(という名の魔法学)と向き合うことになる。
「では午後からは、論理詠唱の実技に入る!」
おおっ、ついにそれっぽい魔法の授業か!? と、俺が期待を込めて前のめりになった、その瞬間――
「論理の審美性を、声に乗せて表現せよ!」
教室内のテンションが、突如として謎の演劇空間に変貌する。
前列の男子が立ち上がり、拳を天に突き上げる。
「我、雷霆を制す者なり! 我が理光、此処に示す――演算開始ッ!!」
教師「はい演劇乙。失格」
生徒「ちょ、早くないですか!? 詠唱美だったはずでは!?」
教師「論理の審美とポエムは違う」
いや、どっちも同じにしか見えんが!?
そして――鈴音の番が来た。
「あーい、じゃあいっくよ?? ふわっと、くるっと、まわしてポン☆ 風よ舞えっ!論理拡散!」
ぱあっと風が吹き、彼女のスカートがひらり。
教師「……成功。合格」
全員「なんで!?!?」
教師「……式に嘘がない。それだけで充分だ」
いよいよ俺の番だ。
よし……ちゃんとやろう。
習ったことを思い出して。
シンプルに、丁寧に!
「……論理展開、属性指定、演算開始……雷、出てくれ?」
シーン。
「桐原。君には基礎演算の復習プリント100枚を出しておく」
容赦のない宣告。
魔法って、もっとこう……夢のあるもんじゃなかったのかよ……。




