表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/14

プロローグ

[観測ログ:#001-A-01/記録主体:Nyarl_A-001]


《観測対象:桐原悠真――努力はしている(報われてはいない)。つまりモブその1》

うるせぇニャル。風呂に放り込むぞ。

《水だけはやめて》




「踊れよ風さん、リズムを刻め、ぶんぶんぶん、それいけー☆」


目の前の少女の頭の緩すぎる詠唱と同時に、風の刃が

左右から襲いかかる。


俺は左へ半歩、わざと当たりにいく。

防御構文を鳴らして肩で受けると、反動で右へ倒れ込みながら距離を詰めた。


「なぜあれで詠唱通るんでしょうね」

「天才だからとしか……」


楓と渚の諦観の混じったやりとりが聞こえた。

ほんとに反則すぎるだろ……。


だが――ここで終わるわけにはいかない。

次の風刃に備え、演算を防御に全振りし、一歩踏み込む。

痛みに背中を押されながら、間合いを詰めた。


「おっ?」

鈴音の前髪が一本、ふわりと落ちた。

重心が、靴半分だけ後ろへ逃げた。――届く。


「はい、終わり〜」

軽く振られた剣先が俺の懐を弾き、体勢はあっさりと崩れ去った。


「あーあ、努力はしてたみたいだから少し期待してたんだけど……やっぱりゆーゆーは才能ないね」


尻餅をつき、見上げた先で、天羽鈴音は勝者の笑みを浮かべていた。

右手の剣を俺に突きつけ、左手の剣を肩に担いで。

同じ魔法騎士科の二年生、あざと可愛いツインテールの童顔美少女。論理魔法の天才であり、ドライで容赦なし。


「十分健闘しただろ」

「そーかなー、“無駄な努力王選手権”なら金メダルって感じ?」

「そんなメダルいらねーっ!」


俺は鈴音を見上げて抗議する。

惨敗したとはいえ、心は自由だ!

だいぶ怪しくなってきてるけど。


「……もらった方がいいのでは。あなたがもらえるメダルなんて、これが生涯最後ですよ」


背後から、皮肉混じりの無機質な声が聞こえた。ニャルだ。

この銀髪毒舌ロリAI、興味ないふりしてしっかりと試合を見ていたらしい。

見てたなら演算支援してくれよ。それならもう少し……。


《するかしないかはニャルが決めることです。楓や渚ほど過保護ではありませんから》


俺の意思が伝わったのか、ニャルの声が脳内に響いた。

あの2人が過保護だと!?

いや、過酷な保護ならまああってるか……。


クラス対抗戦本番前の模擬戦。俺は鈴音と対戦し、コテンパンにされた。

鎧袖一触――とはまさにこのことである。もちろんこっちがされた側。


「天羽さん!」


鈴音の言い草に耐えかねたのか、楓の怒りの声が飛んだ。

振り向けば、眉をつり上げたメイド服姿の楓が今にも舞台に上がらんばかりだった。

いつもアカデミーでは制服なのに、今日はメイド服を着ていた。

あれが戦闘服とのこと。

えっ? じゃあ家にいるときはいつも戦闘態勢だったの!?

隣の渚は悲しそうに俯いていた。

ずっと俺の特訓してくれたからな……。心が痛い。


「お前、少しは言い方ってもんをだな……」


俺は今にも泣き出しそうだったけど、余裕のある振りをした。

もうこれ、今すぐ泣きついた方が色々楽なんじゃないだろうか。

鈴音は俺の内心を見抜いたかのように、ニヤリと唇の端を上げる。


「ここでパシリになるって誓えば、本番で恥かかなくて済むよ」


くそっ、やっぱり泣きつくのなし。


「……うるせえ、本番は勝つ」


その一言に、鈴音が楽しそうに目を細めた。


「ええ〜? 対抗戦本番まであと3日しかないよ〜?

どうするの? 噂のまぐれ無詠唱にでもかけるの?」

「まぐれっていうな!」


事実を指摘されると人は傷つくんだ。


「それとも残り3日間渚ちゃんに『整えられる』?

それならボクのパシリの方がきっと楽しいよ」

「うっ……」


言葉に詰まる。ちらりと渚に目を向けると、さっきまでの悲しげな面持ちはどこへやら、にっこり微笑んで俺を見ていた。

こえぇ。


「さ、どうする?」


鈴音が左手の剣を投げ捨てると、その白くきれいな手を差し出した。

確かにこの手を取れば楽になるかもしれない。

だけど……。

ここで終われない。終わりたくない。

鈴音と対等になりたい。


「鈴音、絶対勝って『申し訳ございませんでした』って謝らせてやるからな!」

「あはは! そっかぁ。パシリなってくれるのはお預けかぁ。焦らすなぁ」


次の瞬間、鈴音が論理詠唱を始めた。残された右手の剣の切っ先が光を帯びる。


「風さん集まれ、回って回って、鋭くなって──くるりんぱ!」

「待て! それで締められんの嫌──」


言い終わる前に耳を裂く轟音によって俺の言葉がかき消される。視界が真白に弾け、衝撃が全身を貫いた。

そのまま俺は仰向けに倒れる。


薄れゆく視界端に、逆さまになったニャルの姿が揺れて見えた。

赤と銀のオッドアイと視線が合う。

彼女は無表情のまま、白銀ロングの髪をかき上げてつぶやいた。


《運命ログ:桐原悠真、天羽鈴音専属パシリルートに突入濃厚。……ご愁傷さまです》


遠のく意識の中で、ニャルの声だけがはっきりと聞こえた。

──ニャル、俺はまだ諦めてねぇぞ。


《……本戦で天羽鈴音に勝てる確率、現時点で0.001%以下。ヒントの提示のため過去ログを再生。神AIとの出会いから開始。ニャルに改めて感謝を捧げる良い機会です。傾注》


《──再生、開始》

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ