夢
〈シャツを干す梅雨の晴れ間を尊べり 涙次〉
【ⅰ】
夜中、ふと目を醒ましたテオ、傍らのでゞこと四匹の仔らを見た。文・學・隆・せい、子供たちの成長の早い事。もう仔猫と云ふより、若猫だ。するとだうしても思ひ出してしまふ、この仔らがテオにとつて將來災ひとなる、と云ふ*「孕ませ屋」の言葉。その「將來」が近付いてゐると、心の底流にあり、だうしてもその仔らを作つたでゞこを愛せない。
* 前シリーズ第145・146話參照。
【ⅱ】
莫迦らしいのだ、猫にはそんなシリアスな「愛」と云ふものは、ないんぢやないか。自分に問ふてみても、思ひ出すのは、* 野代ミイの胸の膨らみ、腰の張り。僕も單なる一雄猫として、浮氣放題、やればいゝではないか。違ふか、テオ? 顔の見えない父が云ふ。顔の見えない母が、**「をばさん」とは似ても似つかない姿をしてゐるのは、分かり切つた事だつた...
* 前シリーズ第153話參照。
** 前シリーズ第32話參照。
【ⅲ】
文、が目醒めた。「父ちやん、オシッコ」‐「小便ぐらい迷はずに行け。こゝはお前の家なんだぞ」何を苛ついてゐる、テオ‐ カンテラの聲がしたやうに感じた。
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〈あちと云ひリフレクター地のシート剥ぐそんな付き合ひ我とチャリとは 平手みき〉
【ⅳ】
事實、翌朝遅く、カンテラは寢起きの顔で云つた。「テオ、きみ、あの『孕ませ屋』の云つた事が忘れられないんだらう」‐カンテラは、しつかりと覺えてゐた。「後でいゝもの見せてやる。それ迄少し眠る」‐カンテラ、外殻(=古物のランタン)に戻つて行つた。
「いゝもの」? 一體... 想像も付かない。だが僕を雄猫と踏んで、* 攻撃部隊に加へたのは、カンテラ兄貴だ。彼こそが、僕の心の底流を知つてゐる人なのだ。
* 前シリーズ第194話參照。
【ⅴ】
「南無Flame out!!」カンテラは實體化した。「さて、テオ。約束の時間だよ」
カンテラ拔刀した。何故かテオは、斬られるのは自分だ、と云ふ氣がした。が、文・學・隆・せい、の遊んでゐる、無邪氣な場に、ずぶり、剣を突き刺し、彼は云ひ放つた。「お前らの父ちやん、誰だ!?」子供たちは遊びを已め、靜まり返つた。一番成長の早い隆が答へた。「おいらの父ちやん、カンテラ一味のテオ、だい!」
【ⅵ】
これにはテオ、胸が熱くなり、泣けてしまつた。でゞこ⇔ミイの関係など、だうでも良くなつた。血の繋がり? カンテラ兄貴は、誰とも血流を共にせず(君繪とすら)、一味をこゝ迄切り盛りして來たんだぞ! しつかりしろテオ!
【ⅶ】
「兄貴、いゝ夢だうも有難うございます!」‐「ふむ。流石は天才猫、夢は夢に過ぎぬと、バレちまつたか」
夢でもいゝんだ。ぼくには家族がある‐ 一味と云ふ名の。夢。夢。夢。
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〈部屋干しを罪作るよに夏の雨 涙次〉
「汝氣概あらばこの友を愛せよ。友だ、涙は血よりも濃い」‐贋ラ=ロシュフウコオ
(作者註:これは一種のお伽ばなし。難しい注釈は一切不要かと。)ぢやまた。アデュー!!